死に場所

「大丈夫か、マミ!」

 急いでシゲルが駆け寄る。満身創痍になってはいたものの、まだ意識は残っていた。

「とりあえずここから……」

 そう言ってマミを抱き抱えようとした時、彼女の唇が微かに動いた。

「いや……まだ終わってない」

「え?」

 即座に周囲を警戒するが特に物音はしない。しかしマミは崩れた壁、そこにいるアインを指差して言った。

「お願い。私を彼女のところまで持っていって」

 今にも消えてしまいそうなか細い声で頼む彼女。真意は分からないものの、とりあえず彼女を抱き上げてアインのもとへと向かった。


「ここでいいんだな?」

「うん、ありがとう」

 マミをそっと地面に降ろす。改めて見ると無数の小さな傷や血痕が目に付く。見ているだけで痛々しく感じる。

 そこで彼女は震える右手でアインの胸元を指差す。

「そこにある、手帳を取り出して」

 「手帳?」と思ったが、そういえばアインがマミに対して詠唱する際、懐から手帳を取り出していたのを思い出した。

 少女の懐に手を突っ込むのには少し抵抗があるが、頼まれたのなら仕方がない。ゆっくり物音を立てないようにアインに近づいた。

 彼女は床に座り込んだまま動かないでいた。頭部からは出血もしており、ツヴァイと同じく生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

(しかし改めて見ると、やっぱり見た目は普通の少女なんだよな……)

 同じ研究者ながら、少女モデルの戦闘マシーンを作るのは悪趣味としか思えない。きっとロリコンなのだろう。自分ならもっと筋骨隆々とした大男で作るのだが。

(とりあえず今は手帳を取り出さなければ……)

 彼は本来の目的を思い出し、ゆっくりとこがね色の髪の少女の胸元に手を近づける。傍から見たら、おそらく自分もロリコンとみなされることだろう。

 だがこれはあくまで頼まれごとなのだ。彼の手は躊躇うことなく、少女の胸ポケットに入っている手帳を取り出した。

「よし……」

 とりあえずこれをマミに届けなければならない。また音を立てずにゆっくりと歩き始めたその時だった。

「…………頼む。待ってくれ」

 掠れた声が背後から聞こえた。声質からマミではないことは明白であった。

 変な汗をかきながらもゆっくりと振り向く。すると金髪の中から青い瞳がこちらを見ていた。

「待ってくれ」

 彼女のくちびるが動く。間違いなく彼女が喋っているのだ。

 だがその姿に先ほどまでの勢いはない。そこには一人の軍人ではなく、ただの一人の少女としての儚さのようなものがあった。

「……どうしたんだ?」

 無意識に声を掛けてしまった。すると彼女は少し微笑んで、腰のホルスターを触りながら言った。

「頼む。この拳銃で私を殺してはくれないか?」

「はぁ?」

 静かなホールに自分の声だけが響く。彼女はさらに続けた。

「私は……最後の最後で驕り、それがために敗北した。軍人としてあるまじき失態である。ならせめて、君の手で殺してはくれないか?」

 彼女は拳銃を取り出し、自らに銃口を向けこちらに差し出してきた。

「…………」

 沈黙の時間が流れる。ここで彼女の頼みを聞き入れるべきか、それとも……。

 そうして少し悩んだ後、彼は拳銃を受け取った。

「分かった。ここで軍人であるお前を殺せばいいんだな?」

「そうだ。せめて戦いの中で死にたかったのだが……」

 彼女は「すまない」と続けると、深くうなだれた。

 南野シゲルは銃器こそ触ったことはあるものの、それを人に向けるのは初めてであった。

 前に持った時よりも重く感じる。疲労からか。いや、それは銃口の先に人間の、それも少女がいるからであろう。

 しかしもとより決意は固まっていた。彼は深呼吸すると、確実に当たるように狙いを定めた。

 軽い銃声が響く。ここにゲルマニア軍大尉「01」は戦死した。

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