まるで聖書を読むように

 シゲルは拳銃をそっとアインのそばに置くと、手帳を持ってマミの元へと戻った。

「持ってきた。これでいいんだな?」

 彼が手帳を差し出すと、マミは右手でそれを受け取った。

「うん、ありがとう」

 そうして彼女は一ページずつ丁寧にめくっていく。そこにはゲルマニアの言語が所狭しと書かれている。

「それが一体どうしたんだ?」

 彼が尋ねると、彼女は手帳を見開いて見せた。

「ここには私たち機械人形を制御するための軍の暗号が書かれているんです。彼女たちは確か特別指令によって動かされていた。けれど私にはその指令が届かなかった。ということは彼女たちも再起動すれば指令が解除されるんじゃないかなって」

「つまり、再起動するための暗号を見るために……」

「そう」

 わざわざそのために殺さなかったのか?だとしたら――

「そういえばさっき何か銃声のような音がしたような……」

「ああ、僕が撃った」

 彼女の質問に彼は淡々と、まるで何の問題もないように答えた。

「それって何のために……」

「アインを撃った。彼女が撃ってくれと頼んだからな」

「それじゃあ彼女は……」

「大丈夫、当てていない。ただ天井を撃っただけだったんだが、彼女はそのまま気を失ってた」

「そう、よかった」

 マミはそれを聞いて安堵していた。

 南野シゲルが殺したのはあくまでゲルマニア軍大尉。それ以上でもそれ以下でもない。だからあそこに横たわっているのは軍の命令で動く機械ではなく、ただの金髪碧眼の少女である。彼はそう思って引き金を引いたのだ。

 彼女は再びページをめくると、「あった」と小声で言った。

「じゃあ詠唱しますので……」

 彼女はそう言うと、息を整えて唱え始めた。

 その様子はアインがマミに行った時と同じように、厳かで穢れのない。まるで信仰心の厚い少女が教会で聖書を読むような光景を彷彿とさせた。

 透き通った声のみが聴こえる。これは彼女たちに届いているのだろうか?だとしたら彼女たちはどうなる?もとの少女に戻れるのか?そもそも彼女たちにとって普通の少女とは?

 様々な思考が巡る中、マミの詠唱は終わった。残ったのは静寂と、かすかに残る硝煙の香りだけである。

「じゃあ、行こうか」

 マミがふらつきながら立ち上がる。その足取りもまだおぼつかないものである。

「……そうだな」

 シゲルは彼女を見てそう言った。

 またマミに助けられた。今度こそ自分が彼女を救わなくてはならない。そんな勢いだけの、しかしはっきりとした思いを胸に彼は彼女に肩を貸した。

 そうして去り際、再びアインを見た。

 彼女は生きていた。ならもう一度会えるだろうか。その時には……。

「どうかしたんですか?」

 左側からマミが不思議そうに話しかけてきた。そういや彼女の左腕の手当てもしなくてはならない。

「いや、なんでもない」

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、次の扉を目指した。

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