瞬間魔術

 シゲルが扉に入ったのを確認して、マミはアインの方へと向き直った。

「やはり、お前の瞬間魔術はやっかいだな」

 そう言いながら彼女は次発を装填している。

「私の攻撃魔術。ツヴァイの防御魔術。どちらも強力だが、瞬間的にスピードを向上させる瞬間魔術。それも他の魔術と比較しても劣らない強力な魔術だ。だが、一つ欠点を挙げるとするならば、勝負を決める決定打に欠ける、と言ったところか」

 そこでマミは刀を構えた。刀身が光を受けてぎらりと光る。

「果たして、そんなもので決定打を補えるか」

「試してみれば分かる!」

 そう言うとマミは腰を低くし上目遣いで眼前の相手を見据える。

 次の瞬間、一陣の風が辺りに吹き渡る。そうして遅れて風を切った音が響いた。

「……何?」

 傍から見ていたツヴァイは状況が理解できていなかったが、マミを見てようやく理解が追いついた。

 つい先ほどまでアインの前にいた彼女が今はアインの後ろにいる。それに刀を前に大きく突き出している。つまりこの一瞬にして音よりも速く、まさに一閃のごとくにして移動してみせたのだ。

「……なるほど、な」

 当のアインは冷静に分析し、後ろを振り返った。今のところ体に変化は感じない。

「素晴らしい。だが今のでは……」

 彼女はあくまで冷静に振る舞っているつもりだった。しかしその話し途中にライフルが落ちた音がした時には言葉が詰まってしまった。

彼女は見た目こそ少女であったが、戦場で武器から手を離すことがどんなにまずいことかは分かっている。即ちそれが死を意味することはこれまでの経験から分かっているはずなのに、それなのに手放してしまうことがあるのか。

とりあえずこれ以上の隙は作れない。急ぎ拾うべくライフルに目をやるが、彼女は結局ライフルから手を離してはいなかった。しかしライフルは間違いなく落ちてはいたのだ。そう、右手ごと。

「これで分かった?」

 得意げにマミがアインに言う。

 右腕の断面からは赤い液体がこぼれ出している。血ではないので失血死などはありえない。しかしアインは今、初めてその軍人らしくあった冷静さを欠きつつあった。

「やるじゃあないかあ?ドライ?」

 右手を拾い上げて断面にくっ付ける。自動修復機能のおかげで元通りにくっつくが、赤いしみが修復部分の周りに痛々しく残っていた。

「どうやら私は君を見くびっていたようだ。だから……」

 瞳孔の開ききった獣のような目。そして全身から溢れ出す魔力。そうして奇妙な笑みを浮かべてアインはマミに突っ込んでいった。

「お礼にミンチにしてやろう!」


 扉に入ったのはいいものの、南野シゲルは困惑していた。

「僕に何か、力になれることは……」

 息を整えて考える。今自分が何をなすべきかを。

 そういや小銃があった。あれで応戦するか?いや、違う。あんなものはアインの魔術の前では豆鉄砲同然だ。ならどうする?自分が真正面から戦って勝てるような相手ではないのは明白だ。ならばここは学者らしく頭を使った作戦を考えるべきか。できるだけマミが有利になるような状況を作りだせるように。

 しかし一体どうすれば?間違いなく今のままではマミはアインとツヴァイには勝てないであろう。ツヴァイがどのような魔術を使うのかについては確認していないが、アインと同等と考えよう。

 どうにかして同士討ちさせるか。それは難しいか。なら、魔術を封じることは?ダメだ。そもそも魔術が何なのかを知らないので手の施しようがないのだ。

 考えれば考えるほど勝てないような気がしてきた。暗闇の中だと思考まで暗い方向に行ってしまう。せめてさっきのホール並みの明るさなら……

「……暗闇?」

 そういや、と南野シゲルはあることに気が付いた。何故彼女たちは僕らに会うたびに照明を使うのだろうか。機械人形なら暗視機能があるのでは?なら必要ないはずだが。

 いや、おそらく必要なのだろう。わざわざ照明をつけるということには理由があるのだろう。それをどうにかして考えなくてはならない。南野シゲルは暫し、考え込むこととした。

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