下準備(2)

 コーヒーの香ばしい香りに鼻孔をくすぐられて目を覚ました。

「やっと目を覚ましたみたいですね」

 椅子に腰かけた彼女がコップを持ってこちらを見ている。

 重たい体をゆっくり動かしながら、向かいの椅子に腰かけた。ところどころの関節が音を鳴らす。

「こんな生活リズムじゃ早死にしそうだな」

 そんなことをぼやきながら、目の前にあったコップに手を伸ばした。

 中に入った黒い熱湯を一口飲むと、眠気が少しだけだが和らいだような気がして、意識も鮮明としてきた。

 気分が良くなったのでそのまま目の前にいる彼女にゲルシーについての研究結果について、判明したことのすべてを話した。奴が人だったこと。そしてそれには未知の物質が関わっていたことも。

 かなり衝撃的な内容であるにも関わらず、彼女は特別驚くことなく最後まで聞いてくれた。

「あんまり驚いていないようだけど……」

「その、戦ってると時に何となく人のような感じがしたので……」

 そう言うと彼女はテーブルの端に置いてあった書類を持ち上げてこちらに見せた。

「ということで今度はこちらから頼まれていた第六シェルターについて報告しますね」

「頼むよ」

 彼女は書類の中から地図を一枚取り出して見せた。

「これはあのノートに描かれていた地図を参考に作ったものなんですけど……」

 地図には八個の円がそれぞれ八角形の角になるように描かれており、隣り合う円は互いに線で結ばれていた。

「この円はそれぞれシェルターを表しているんですよ」

 そう言うと彼女は一つの円に「2」と印を付けた。

「これがこの前私たちが行った第二シェルターなんですよ。で、このシェルターの配置を八角形に見た場合の対角に存在するシェルターが第六シェルターになります」

 すると今度は「2」から一番遠い円に「6」と書いた。

「まさか一番遠いシェルターとはな……」

 おそらく爆発から生き残るのに運を全て使い果たしてしまったのだろう。

「それで、行き方なんですけど……」

 彼女は三色のペンを取り出すとそれぞれ「2」から「6」へ、左側のシェルターを経由する線、対角線にあたる線、そして右側のシェルターを経由する線と三本を引いた。

「三つルートがあります。けどそれぞれ一長一短なんですよ」

 そう言うと彼女は左側の青い線を指差した。

「まずこの反時計回りルート。これは全くの未知であると書いてありました」

「というと?」

「それがこのルートを使う人自体存在しなかったみたいなんですよね。何故かはわかりませんが……」

 つまり安全と保障されているわけでもないが、危険であるとも限らない。行ってみてからのお楽しみというわけだ。実際そんな楽しいものではないが。

「次に対角線ルートです。これは最短距離であることから時間は一番掛からないでしょうけど夜も地上を移動することになります。そうなると危険なのが温度差ですね」

「やはりそうなるか……」

 かつてはここも過ごしやすい気候であったが、今では砂漠。下手すりゃ昼夜で三十度以上の差が出ることもある。それに屋根の下で夜を過ごせるとも限らない。

「最後に時計回りルートですが、これに関しては利用するのは不可能でしょう。途中の第五シェルターが倒壊しているそうなので」

 彼女が黒ペンで第五シェルターにあたる場所にバツをつけた。

「つまり実質反時計回りか対角線か……」

 一長一短と言う割に最後のルートは短所しかなかったのはさておき、かなり困ったことになった。

「未知であるがシェルターであるが故に補給や寝食の場所には困らないか、最短だが天候に左右されやすく、安全度は低いルートか……」

 冷めきったコーヒーを口に流し込みながら少し考える。どちらも選択肢としてはノーなのだが……。

「そういや君はどっちがいいと思う?」

 目の前の少女にそう聞くと、そちらもしばらく考え込んだ後に「どちらでもいいです」と言った。

「何か希望とかないの?」

「別に私はどちらであっても睡眠はなくても最悪動けますし、食料だってなくてもしばらくは動けますので……ただ生身の人間である南野さんにとっては時間が掛かっても途中シェルターという拠点のある反時計回りルートがいいんじゃないかなって思います」

 まさか人間であることに配慮される日が来るとは、なんて思ったが彼女なりの配慮なのだろう。

「分かった。じゃあ反時計回りルートにしよう」

 そう彼女に伝えると、地図上に大きく「採用!」と書いていた。

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