明くる日(2)
パジャマ、ではなく普段の仕事着に着替え終わると何やらいい匂いがしてきた。僕は髪もそこそこに乾かすと、においのもとを探って歩き始めた。
更衣室から出た途端、においはよりはっきりとした。おそらくこれは……。
「ん?」
何か違和感を覚えて下を見ると、メモが一枚落ちていた。
『入浴後はすぐ部屋に来てください。朝食あります』
「そういうことか」
先ほどからのにおい、それはメモにある朝食のことだろう。そしてそんなことをするのは……。
「あの娘はいったい何を考えているんだ?」
ここまで世話焼きだということは、戦争が始まる前は家事代行ロボットでもやっていたのだろうか。僕はポケットにメモをしまうと自室へと向かった。
部屋のドアを開けた途端、香辛料の独特な香りが広がっていた。
「あ、けっこう遅かったですね」
彼女がおたま片手に振り返る。どこから持ってきたか分からないエプロンもしている。
「何してんの?」
僕は彼女の後ろに立ち、その調理風景を眺めた。
「何って……料理ですけど?」
少しツンとした感じで彼女が答えた。
「そりゃ見れば分かるよ」
そんな彼女に不満を覚えつつも、僕は先ほどよりもより一層強くなった香辛料の匂いに気を取られていた。どこかで嗅いだこの匂いは……。
「もしかしてそれカレー?」
おそるおそる彼女に尋ねる。すると彼女は「あれ、好きなんですか?」なんて言いながら少しうれしそうにこちらをむいた。よく見るとエプロンにも茶色いシミができている。
「嘘だろ?せっかく取っておいた最後のカレーだったんだぞ?死ぬ前に食べるって決めてたんだぞ?」
大が百個付くほどのカレー好きの僕にとっては一大事だった。
風呂上がりだというのに冷や汗をかきながら、彼女に詰め寄った。そこには空になったルーの箱があった。
「ごめんなさい、でも他に何も見当たらなくて……」
申し訳なさそうにこちらを見る彼女にはこれ以上何も言えなかった。それに先に食材の場所を教えていなかったという点ではこちらに非がある。
かなりのショックだったが、もう調理してしまった以上はどうしようもない。
「分かった、今度から気を付けてくれ」
僕は気を取り直して彼女にそう言った。彼女も反省しているわけだし、このまま気まずい思いで食べるカレーは不味いだろう。
「それで、調理はどこまで進んだんだ?」
仕切り直しに僕はおたまを使ってカレー鍋を掻きまわした。しかし何か違和感があった。この何にも引っかからない感じは……。
「待てよ、このカレー……」
僕が目を見開いて彼女を見ると、彼女は目を泳がせて言った。
「言ったじゃないですか、他に何も見当たらなかったって……」
どうやら人生最後のカレーには具材がないらしい。もはや何も言えなかった。
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