明くる日(1)
翌朝、といっても時間という概念が存在しなくなったので朝なのか昼なのかは分からなかったが、ぼくは目を覚ました。目を開けるとそこには見慣れた天井があった。
「あれ……」
何か大きな違和感を覚える。この久しぶりのすっきりとした目覚め……そうか、僕は久ぶりにベッドで寝ていたのだ。
だがおかしい。昨夜は作業に没頭して時間を忘れていたのは覚えているが、そこからは……。
出てこない記憶を探り出そうとした時、誰かがドアを開けた。
「おはようございます」
そこにはどこから持ってきたのか、ぶかぶかの白衣をきた少女が立っていた。
「デ、ディーゼロサン……だよな?」
「はい」
彼女は元気よく返事をした。僕がベッドにいる理由、それは……。
「君が僕をここまで運んだのか?」
「はい?そうですよ」
当たり前のように彼女は答える。
「重くなかった?」
「いえ、全然」
「そうか……」
「五トンくらいまでなら余裕ですからね」
「君を作った人はどんな環境を想定して君を作ったのか、さらに気になってきたよ」
こんな十六、七くらいの少女にそんな機能を付けるとは相当な変態だなんて思いながら、掛けてあった白衣に袖を通す。すると彼女は僕の前に歩み出ると、髭剃りとバスタオルを手渡してきた。
「南野さん、大変失礼ですけど初めて会った時からとても不衛生なオーラが出ていたので身だしなみを整えてきて下さい」
「いいよ別に、僕と君しかいないんだから」
僕は彼女をスルーしようとすると、右腕をものすごい力で押さえつけられる。
「お風呂に入ってきてください」
五トンを余裕で持ち上げられる腕力にあらがえるわけもなく、彼女は僕を担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと……」
必死に抵抗してみるが、その差はプロレスラーと赤子ぐらい歴然としており、あっという間に浴室前に連れていかれた。
「お風呂なんてしばらく使ってないし、そもそも貴重な水の無駄……」
「お風呂は洗っておきました。それに不衛生なままでいると、水が尽きる前に病気で命が先に尽きてしまうかもしれませんよ?」
ぶつぶつと文句を言う僕をよそに、彼女は僕を浴室に放り投げた。
「さすがのロボットでも浴場でのお世話はできませんので……」
彼女はそう言って戸を強く締めた。僕はいそいで戸を開けようとするがびくともしない。どうやら裏で彼女が押さえつけているらしい。
「洗い終わるまで出れませんので……」
向こう側から聞こえる彼女の声にさすがに折れてしまい、仕方なく僕は何か月ぶりか分からない入浴をすることとなった。
振り返ってみると一般家庭よりも少し大きな浴槽には既にお湯が張られており、蒸気があたりを包んでいた。
僕は乾ききった石鹸にお湯をかけ泡立てると、それをあごの周りに塗り、渡された髭剃りで丁寧に剃っていった。それで泡を流した後、僕は湯船に浸かった。
もともとそれなりに研究員がいたため湯船は広く作られており、人一人が使うには十分過ぎるほどのスペースがあった。
「そういや、この浴場に来るのって初めてなんだよな……」
ゆっくりと足を伸ばしながら、そんなことを考えていた。
もちろんそれは僕が風呂にあまり入らなかったこともあるが、入浴自体を研究室近くの個別の小さな浴室を使っていたからである。
そんなことを考え始めてしまったあまり、久しぶりの入浴による気持ちよさはたった一人でこの浴場を使用している虚しさに打ち消されてしまった。
「…………出るか」
ほんのり汗ばんできたところで僕は浴場を後にした。あごのあたりは刃が悪かったのか、しばらくひりひりしたままだった。
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