自分を傷付けるということ

「た、た、た、ただいま!」


ポリキヤースは大慌てでテルティーナを探しました。


彼女はまだ、母の隣で泣いていました。


ポリキヤースは母に向かって言いました。


「た、大変、なんだ!

か、彼女は、自分を、傷付けて、いる!」


母は、悲しそうに頷きました。

母も気付いていたようです。


「そ、それじゃ、なぜ、キミは、自分を、傷付けて、いるのか、理由を、聞かせて、もらおうじゃ、な、いか!」


ポリキヤースが叫ぶと、テルティーナは驚いて顔を上げました。


「なぜ私が自分を傷付けるのか、ですって?

そんなの当たり前よ!

私のせいで妹が死んでしまったのよ!!」


そしてまたテルティーナは大声で泣き出してしまいました。


「ちゃ、ちゃんと、話を、聞かせて、くれよ!」


ポリキヤースがまた大声を出したので、母はポリキヤースを目で叱りました。


「ポリキヤース、落ち着きましょう。

テルティーナ、あなたもよ。

一体何があったのか、良かったら聞かせてちょうだいよ。

話すと楽になることってあるでしょう?」


母の柔らかい声はテルティーナをふんわり包んで、テルティーナは少し落ち着いたように見えました。



そして、ぽつり、ぽつりと話し始めました。


テルティーナには妹がいました。

妹と毎日よく遊びました。

ある日川で遊んでいたとき、テルティーナの帽子が風にさらわれました。

テルティーナは帽子を追いかけて、ずいぶん妹から離れてしまったのです。

ようやく帽子に追いついて、妹の元へ戻ったとき、妹はどこにもいませんでした。

テルティーナはすぐ家に帰って両親に知らせました。

両親も近所の人もみんなで一生懸命に妹を探しました。

妹は冷たくなった状態で発見されたのです。

両親も近所の人も誰もテルティーナのせいだとは言いませんでした。


だけど、テルティーナはあの日から毎日毎日自分を責めていたのです。


「なぜ、あのとき帽子なんか追いかけたの

なぜ、妹を1人にしたの

妹を殺したのは私よ

ああ、いっそのこと、みんなから責められて両親からもお前のせいだと言われたら良かったのよ!

私なんかが生きていて許されるの?


妹は歌がとても好きだったの。

お姉ちゃん歌って!と、妹にいつもねだられたわ。


だからあのとき声が出なかった。

妹が死んでから一度だって歌っていないから。」


そう言っていつまでもいつまでも泣いていました。



ポリキヤースはテルティーナの話が終わるまで、なんにも言わずに聞いていました。


人間とは、なんと弱く愚かなものかと改めて考えていました。


テルティーナの涙がようやく止まった頃、ポリキヤースは静かに、しかし力強く言いました。


「妹はさぞ幸せだったろう。

毎日大好きな姉と遊べて。

大好きな家族と暮らせて。


人はみな死ぬさ。

僕も君も死ぬのは明日か、5年後か、80年後か、分からない。

それを決めるのは誰か知っているかい?

妹の死期を君が決めたと思っているらしいが、それはあまりにも傲慢な考えだ。


君の妹は生まれてから死までの瞬間、精一杯生きたんじゃないのかい?

毎日笑い、時に泣き、姉を、家族を愛していた。

それは不幸だろうか?

君は妹に早く死が訪れたというだけで、君の妹は不幸だと勝手に決め付けているが、僕はちっともそうは思わないんだ。

生から死への年月の長さだけが幸せの物差しになるものか。

そんな考えは君の妹に対してあまりに失礼だ。


そして君は自分自身を傷付けて、それに夢中になっているね。

君はそれで満足かもしれないが、家族はどうなる。友達はどうなる。

愛する娘が、大好きな友達が毎日自分を責める姿を見せられて、彼等がどんな気分か想像したことはあるのかい?


考えてごらん。君が君を傷付けることを望んでいる人がいるかい?

妹は今の君を見て、一体どう思うだろうね?

君が君自身を傷付けることは、君を想う全ての人を傷付け、裏切る行為だってことに、早く気がつかなければならない。

自分だから自分の勝手にしていいなんて、そんな勝手な道理はないのだよ。


僕の言いたいことはそれだけだ。

それでも君がその邪悪な思考をやめないのなら、もう好きにしたらいいけれど、僕の家には二度と来ないでもらいたい。


自分を傷付ける姿を見せつけられるのはとても不快なんだ。」


ポリキヤースはまた別人のようにスラスラと言葉を口から吐き出すと、そのまま部屋を出て行ってしまいました。



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