テルティーナ

生徒の名前はテルティーナと言うらしい。


ポリキヤースが庭で小鳥達と雑談している間

テルティーナは、なぜ学校からの帰宅がこんなに早かったのか、なぜ2人が一緒にいるのか、細かく母へ説明していました。


そして、涙を流しながらお礼と謝罪を繰り返すものだから、ポリキヤースの母はいたたまれない気持になりました。


「テルティーナ、あなたとっても傷付いてる。

あなたを見てると辛いわ。

あなたはあなたでいいのよ。

自信を持つの。

いい?」


ポリキヤースの母の言葉を聞いて、テルティーナは余計に泣き出しました


「私には無理なんです。」



そう言ったまま、彼女はいつまでも泣いていました。



ポリキヤースがいつも学校から帰宅してくる時間になったとき、玄関のドアが元気よく開いて、ヤクターが「ただいま」と入ってきました。


ほとんど毎日来るものだから、いつの間にかヤクターも「おじゃまします」ではなく「ただいま」と言うようになっていたのです。


「ヤクターおかえりなさい」



ポリキヤースの母が返事をしたのにヤクターは泣いているテルティーナを見ると、ため息を一つ吐いて、「おれ、帰る。」とだけ言い残して帰ってしまいました。


ポリキヤースは慌ててヤクターを追いかけました。


「ヤ!ヤク!ター!ヤ、ヤ、ヤクター!!」


ポリキヤースが何度も何度もヤクターの名を叫ぶものだから、ヤクターは観念してポリキヤースの元まで戻ってきてくれました。


ポリキヤースの歩幅に合わせて、ヤクターはゆっくりゆっくり歩きました。


「一体、どう、したの?」



「どうしたの?って??

どうもしないさ!」


明るく振舞おうと頑張ってみたものの、ポリキヤースが心配そうに見つめるので、ヤクターは観念したように話し始めました。


「テルティーナ、嫌なんだ。

なんていうか、嫌いなんだ。

あいつ、自分を傷付けているから。」


自分を傷付けること。

それはポリキヤースが最も見たくない行為でした。


「彼女が?まさか!」


ポリキヤースは恐ろしくなりました。


「おれ、わかるんだよ。」


ヤクターの声はとても悲しそうで苦しそうでもありました。




ポリキヤースが天の学校に通っていた頃、たくさんのことを学びました。


魂の世界で、我々の魂は元はたった一つの光であったこと。

その光がいくつもわかれ、その一つ一つが魂となりました。

名前さえ知らない道行く人も、庭の木も、そこに住む小鳥も、そして、全知全能の神も、元を辿れば同じもの。


我々は神であり、神は我々なのです。

自分を傷付けるということは、つまり、神を傷付けるのと同じことだと教わりました。


もちろん、他人や動物に対して傷付けることも同じことです。

しかし、自分を傷付けるものは、自動的に他者をも傷つけていることになるのです。


そして魂を傷付ける者には暗闇がやってきます。


暗闇に心を取られると、魂はもがき苦しみ恐怖の中でますます魂を傷付けるようになっていくのです。

暗闇が最も好むのが、自分自身を傷付けている者でした。



暗闇に完全に支配された魂は悪魔を求めてしまいます。

悪魔の世界は恐ろしい世界です。


恐らくは人間達の考える地獄に最も近い世界かもしれません。


傷付け、騙し、奪い、虐げ合う世界です。

悪魔は魂の悲しみ、苦しみ、恐れや怒りがなければ消滅してしまいます。


餌となる人間を悪魔の世界へ落とすため、苦痛や不幸を材料に作った暗闇達を毎日人間界へ送り込んでいるのです。


しかし天の学校では悪魔達ですら”悪”だとは教わりませんでした。


宇宙の法則には善悪は存在しないのです。


あるのは、それぞれの魂が何を求め、何を感じていたいのか、ただそれだけなのだと教わりました。


しかし、人間になったポリキヤースは強烈な恐怖を感じていました。


暗闇は魂から魂へ、強力に伝染していくことが多いのです。


ポリキヤースはもつれる脚を懸命に動かして家に向かって走っていました。

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