大好きなふわふわの部屋



柔らかくて暖かくて、まるでその部屋全体が上質なベッドのようでした。


ポリキヤースはうつらうつら、いつも眠っているような、でも起きているような、安らかで幸せなときを過ごしていました。


時折ふわふわの部屋は喋ります。

その柔らかな声はポリキヤースを更に心地良くさせてくれました。



ポリキヤースはふと、なんだかお腹が変な感じになったことに気が付きました。

ぐうっと締め付けられるみたいな、嫌な感じ。

天に居た頃には経験したことのない感覚でした。


しばらくすると、温かくて、甘くて、なんとも言えない感覚がやってきました。


-おいしい!!-


そうだ、これは”美味しい”という感覚でした。


天に居たときには体がなくて、お腹が空くことも、食べ物を食べることもなかったので忘れてしまっていたのです。


-美味しいって、こんなにも素晴らしい感覚だったんだ!!-


しばらくポリキヤースは、美味しい、そして満腹、という幸せな感覚に酔いしれていました。



ふわふわの部屋には仲間もいなかったし、小鳥も動物達もいないひとりぼっちでした。


だけどちっとも寂しくなかったのは、いつだってふわふわの部屋が優しく語りかけてくれたからです。


「愛しい愛しい私の赤ちゃん。

ゆっくり大きくなってね。」


もちろん、赤ちゃんは自分のことです。

愛に溢れたその声を聞くと、なんだかくすぐったくて嬉しくて、ポリキヤースは体を捻りました。



ポリキヤースは大好きなふわふわの部屋と色んな話がしたかったのに、残念ながらテレパシーは通じないようでした。


それだけがもどかしくて、ポリキヤースはよく暴れました。


すると、


「ちょっとちょっと、あんまり蹴るのはやめてちょうだい。」


ふわふわの部屋が優しく言うので、ポリキヤースはなんだか嬉しくなってもっともっと暴れてしまうのです。




.........。




どのくらいふわふわの部屋に居たでしょう?


気付くとあれだけ広々としていたふわふわの部屋はとっても窮屈になっていました。


-ふわふわの部屋、どうしてそんなに私の体を締め付けるの?

前みたいに、もうちょっと広くなってくれたら助かるのに。-



ポリキヤースは何度もふわふわの部屋にテレパシーを送ってみたけれど、やっぱりふわふわの部屋には届かないみたいでした。



そしてある日のふわふわの部屋の言葉に驚きました。


「もうそこは窮屈でしょ?

いつだって、出てきていいのよ。

早くあなたに会いたいわ。」


ポリキヤースは混乱しました。


-いつだって一緒にいるじゃない。

一体君は何を言ってるの?-



ポリキヤースがまた暴れそうになったとき

ふわふわの部屋に穴が現れました。


ポリキヤースはまたもや考える前に飛び込みました。


だけど天から降りた穴とも、雲の上の穴ともまるで違います。


その穴はとっても窮屈で、まるで全身がちぎれそうなくらい苦しいのです。


いつまでたっても前に進めなくて、ポリキヤースはふわふわの部屋に戻りたくなりました。


一生懸命戻ろうとしたけれど、体は全然言うことを聞いてくれません。


ポリキヤースは早くも人間になることを決めた自分を恨んでいました。


-こんな苦しみ、知りたくなかった!

こんな苦しみ、いらない!

こんな苦しみ、嫌だ!!!!-



そして、ポリキヤースは眩しい光に包まれたのです。


「おめでとうございます!

生まれましたよ!」



-一体何がめでたいと言うのか?

こんなに苦しんでいるのに!-


ポリキヤースはたまらず叫びました。

しかし、その思いは言葉にはならず泣き声にしかなりません。


「まあまあ!元気な男の子ですよ。」


ポリキヤースの叫びにみんなが笑顔になったので、ポリキヤースは余計に悔しくて、叫び続けました。



ポリキヤースが叫び続けるのにも構わず、人間達はポリキヤースの体を洗い、紙のなんだか変なパンツを履かせ、布で包むと、ある人間の隣にポリキヤースを置きました。


ポリキヤースはまだまだ叫び続けています。


-嫌だ!嫌だ!

ふわふわの部屋に戻してよ!

ここは眩しくってたまらないんだ!-



すると、隣に居る人間が言いました。



「やっと会えたわね。」



ポリキヤースはびっくりして思わず叫ぶのをやめてしまいました。


その人間の声は大好きなふわふわの部屋の声だったからです。



「ママの声を聞いて安心したのね。

泣き止んだわ。」



人間達が言っていました。




-ママ、ママ…?


母だ。


そうだった。


雲の上からたしかに見付けた。


神が選んだ私の母。


なぁんだ。

ふわふわの部屋は人間だったのか。-



ポリキヤースは納得すると、大変疲れていたのでそのまますやすやと眠ってしまいました。




母はようやく会えた愛しい我が子を見つめて、昨晩の夢を思い出していました。


暖かい光の球がポリキヤースをよろしく、と、何度も何度も言うのです。



「こちらこそよろしくね、ポリキヤース。」


母はオブラートのように薄くて柔らかなポリキヤースの皮膚が破けてしまわぬように、そおっとぎゅっと抱きしめました。



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