第8話 7歳 10月31日の昼から夜 前世の世界
その雨の日の午後。自宅のちゃぶ台で余分にもらった裏紙に新しい家の図面を書いていると、「僕」がしつこく話してきた。
だからこの字が一でこの字が十でこれが五十でこれが百なんだって。え、漢数字にローマ数字にアラビア数字。なんだそりゃ。書いてくれ。
腕が自分の自分の意志では無いのに動くって変だなあと思いながら見てると、足し算、引き算、掛け算、割り算、うおおおお。
これはすごい、記憶ではちらっと見えてたがこの数字は便利だわ。これは計算が滅茶苦茶しやすい。おい、こういうのこそが「チート」だよ。とくに桁をゼロってやつでこんな簡単に増やせるのはすごいぞ! なるほど、だからお前は計算が早かったのか!
そりゃ、これは金にはならんだろうな。これを使うたびに金を払えって言っても、大体どうやってその金を徴収するんだ? まあ、めげるな。ちょうどいいやお前の話をじっくり聞かせてくれよ。
そして俺は「僕」の話を聞いていた間閉じてた目をパッとあけて、言った。
「なるほどね」
「うわっ、びっくりしたあ」
ちゃぶ台の向こうで母さんが針仕事をしていた。
「あ、母さん」
「そこで寝てたのかと思ってたわよ」
目を閉じて座ったままうでを組んで動いてなかったら、傍目には寝てたようにしか見えないか。
「いやちょっと考え事してただけだよ。部屋に行ってくる」
ああ、首や肩が痛い、ちと動かさないとな。と、板敷きの自室にもどり、床に座り、寝床に背を預ける。窓の外を見るともう雨が止んでる。
なるほど。地球と言う星の日本という国に生まれ、文明の利器がスゴイ発展した社会で平和に育ったってことか。空飛べるってのがスゴイ。あと日本の教育ってのがすごいな。こっちは子供の時に読み書き計算が出来たらそこでだいたい終わりで、あとは成人まで将来の職業を実地で習う、だぞ。
平和って所はこことそんなに変わらないかな。確かにこっちも王国は平和だけど、王国の外では結構戦争してるって聞いてるし。なんか甘海のほうでは未だに豹人族と戦ってるって聞くしな。えーと、ちょっと待て。一気に聞かれても頭が痛くなる。豹人族ってのは字のごとく、豹の人族だよ。まあ、厳密にいえばネコ科? の人族でそこの王族が豹人だったはず。まあ俺も豹の王族は見たことないからよくは知らんが。そうだな、そのケモミミってやつだな。
なんで早く教えてくれなかったかって? だってそいつら猪人じゃないし、ここにはいないじゃん。わかった、わかった。俺の知ってる限りではお前の記憶にあるような人はこっちでは猿人族って言うんだ。でも俺の知ってる猿人族はお前の日本っていうよりも中近東ってのか? に近い気がするぞ。あいつらは甘海を越えてたまに交易のためにやってくるんだよ。甘海ってのはそこまでしょっぱく無い海のことだよ。実際舐めたことないけど。こっちよかもっともっと東のほうにある。この前見た海は海だよ。普通にしょっぱいぞ。あとすごい南の方には馬人族ってのがいるらしいが俺は馬人を見たことがないからあんまりわからん。え、弓、ケンタウロス? たぶん弓は使うと思うけど、下半身も普通に人間で二本足だよ。なんか顔が縦長で、長距離をずっと走っても平気で、立派なしっぽがあるらしい。
ちょっとまて、俺らももしかしてケモミミってやつなのか? え、違う? なんだエルフって? 長命? それっておとぎ話にでてくる竜人のことだろ? 違うのか。話がとっちらかってきたぞ。
俺たちの耳はちょっととんがっているだけで、毛もふさふさしてないからケモミミじゃないと。そして、お前の知ってる世界ではこの耳はどっちかと言うとエルフのほうに似てると。でも牙の生えてる俺たちはそのエルフじゃない。最後にこっちの世界にはエルフってのはいないけど竜人って存在はおとぎ話に出てくる。え、お前の世界にも竜人っているのか? やっぱ竜はすごいな、異世界を超えるのか。あれ、人族も異世界を越えてるのか。人ってすごいのか? まあいいや話をもとに戻そう。
で、お前が正式に習ったのはお前の世界の歴史だろ。これってやくに立つのか? いや待てって、ほう、強みになるというのか。説明してくれ。うーん、日本の歴史で言えば江戸時代辺りまでのものなら再現できるし、西洋なら十八世紀、産業革命ってやつのぎりぎり初期のところまでか。あ、でもお前これらのものを再現できるのか? 理系ではなくて文系って言うんだろ?そうか、可能ってことが解ればあとは片っ端から試してみるだけか。おい、それって本当にチートか? 結局俺たちが作ってることになるじゃねえか。まあ、じゃあ、お前の知っていることを使って、この新しい土地をどう発展させるか少し教えてくれ。
と、サヒットの家で裏紙に書いた地図を俺は指で軽くトントンと叩いた。
塩か。おい馬鹿、海水で塩を作ったら苦くて使えないんだよ。え、馬鹿は俺だ? てめえケンカ売ってんのか。あ、いや確かに今のは俺が悪かった。すまない。で、ほうほう、にがりってものがあるのか。それを取り除けば海水を塩にしても美味しいと。じゃあ、どうやってにがりを取り除くんだよ、え、よく知らない? もう一度言うが、これ本当にお前の言うチートってやつなのか?
まあいいや。じゃあ、とりあえず海水から塩ってのは一つの案として取っておこう。そのほかになにかないか? 蒸気機関車か。すごいな。でも石炭はこの辺にはないと思うぞ、まあ掘っていないからわからんが。ほう工場か、すごい作れんだな。おい、でもこれも石炭が必要じゃねえか。なんでこんなに石炭にこだわるんだよ? ああ産業革命っての勉強してたのか。
うーん、俺はもっと古いものの方がいい気がする。コンクリートか。ローマってやつの再現かあ。え、石灰と火山灰? あー、石灰は貝殻を焼けばいいと言うのはわかった。もっともそんなことしなくてもこのへんに石灰岩ってのはあると思うぞ。ただ火山灰はないかなあ、この辺に火山ないし。よし、もう次だ、次に行こう。
絹は、ないな。麻と綿と樹皮布はあってもそんなに光沢のあるものはないな。あれば滅茶苦茶高く売れるだろうな。でもこの辺に蚕はいないと思う、聞いたこともない。わかった、もしいたら桑の木ってのも一緒に手に入れよう。たぶん見つからないがな。次だ。石鹸ならあるだろが。うん、悪かった。
ほう、ローマで使ってたロウ板か。お前の読んでた古代ローマのマンガってやつに出てたのか、おう記憶を見せてくれるか。確かにあれならできるが、需要があるかな? 一応紙はあるぞ、ちょっと高いけど。ローマやエジプトでも紙はあった? よし、とりあえず今度作ってみよう。お、ジェラート、つまり氷か。これは絶対に売れるぞ。ここはとにかく年がら年中暑いからな。え、塩が大量に必要? うぐう、やる気がそがれるな。まあ、これも塩と一緒に保留だ。そのほかには? ああ、悪い、急かすつもりはないんだ。
おい、なんか一攫千金を狙ってるようだが、当面俺たちに必要なのは水の確保だと思うぞ。え、なんでって? お前もあの景色を見てたろ。この地図を見ろよ。まず塩を海水から作るってことから考えてみようぜ。小川が流れてるからって、丘のこっち側に家を建てるのか? そんなことしたら、毎日丘を越えて海まで最低でも八百メートル歩いて行って帰ることになるんだぞ。それに村側には農地を作る広さがほぼないぞ。それよか、家を丘を越えた所に建てたほうが丘を毎日二回も上り下りせずに済むし、歩く距離も縮めることもできるだろうし、農地も十分に広さを確保できる。
あと、お前はなんか違うものを作って、それを売って、コメを買うと言ってたが、税金を納めるほどのコメは買うのは難しいと思うぞ。サヒットもコメをあまり作るつもりがないから、アイツもコメを買うだろ。村で取れる余分なコメはあまりないと思う。だから税の分は俺が作る。なにしろ農家にかかる税は七人が一年食べる分のコメだからな、三年目からはキッチリ納めないとまずい。なんでそんな高いんだって? そんなの俺が知るか、王都にいる役人に聞いてくれ。とにかくその分くらいは自作しておいた方がいいと思うぞ。猪人二人が食べる分のコメなら問題なく村でも買えると思うし、最悪親父から買ってもいい。
だから水が問題なんだよ。丘のあっち側につかえそうな川はなかったろ。いや、あんなちょろちょろしてるのは小川とは言えないぞ。乾季には消えるぞ。それに川がないってことはあっち側は井戸を掘ってもいい水が出ないかもしれん。
む、わらぶきの屋根をやめて板にする。雨漏れしないのか? へえ、そうか。ふむ、雨どいってのを屋根の端につけるのか。竹を割ればいいな。それでどうなる? ああ、頭いいな、屋根と雨どいを使って雨を集めるのか。なるほど。これなら水を確保できるかもな。サヒットに頼んで雨を貯めるでかい樽を作ってもらって試すか。で、田んぼは税の確保のためだけにできるだけ小さく、百メートル四方の一角か。これなら弘法大師って人がよく作ったため池でなんとかなるのかな。
こういうのがチートっていうんじゃないのか? え、違う? でも、この辺では家の屋根を雨どいで囲むって発想がまずないからな。家は高床式にして、その周りに溝を掘って水を家の敷地から出す方が雨どいなんかを作るよか簡単だろう。それに屋根って言えばはわらぶきだろう、常識的に考えて。へえ、鉄の屋根に焼き物の屋根か、面白いな。石でできた家なんてのもあるのか、町のお堂とかじゃないんだな。ああそこでコンクリートか。うーん、火山灰がなあ。
このあと「僕」がこっちの世界の歴史についてもっと聞いてきたからとりあえず聞かれたことは答えた。この村は三十年ほど前、そっちの世界では八十年くらい前、に新しくできた村でアペルドナル王国はかなり前から続いている。一応王政だけど、ここらは本当の辺境で政府の役人もあんまりこない。けど正直言ってこの世界全体については俺はあんまり詳しくない。て、いうかアイツの言ってた惑星って本当かなあ。ま、こんど村長にでも聞いてみると言ったら納得して静かになったわ。それよりこれ大丈夫なのか。本格的に人格がふたつ出来てきたみたいで怖いぞ。俺はおかしくなってきてるのか?
あと飯はこれで別にいいだろ。なんだよカレーに飽きたって。毎度旨いって言ってんだから文句言わずに食えよ。
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