第7話 7歳 10月31日の朝 紙もある
次の日起きたら、雨がしとしと降ってる。雨で暗かったから起きるのが遅かったのか。そうか雨か。今日は仕事もあんまりないし、朝飯食ってサヒットとボウアの家にでも行くか。
「あらこんにちは、久しぶりね」
傘を差してる背の高いきれいな猪人の女性が友人の家の前にいた。こっちの世界の若い女性は結構身体の輪郭がハッキリとわかる服を着てることが多い。スカートやズボンも細いし、普段はそこそこぴっちりしたシャツに布を肩から腰までもう一枚巻いてるだけだ。でも目の前の人は家にいるからか、そのもう一枚を肩から掛けてない。
忘れてたわ。サヒットの姉さん帰ってたんだった。おい、うるさいぞ、彼女は複乳があるんだよ。だから上にふたつ、その下にふたつ、全部でおっぱいが四つあるの。下ふたつは小っちゃいけど。おい、絶対に視線を下げるなよ! 目を見ろ! 目が無理なら眉間だ!
「お久しぶりです。帰ってたのですか?」
「そうよ~子供たちにこの村を見せたくてね。お母さんが育った所よ~って」
この姉妹は二人ともスラっとしてスタイルいいし、本当に肌が白いなあ。ボウアは昔は俺たちと一緒に駆け回っていたから黒く日焼けしてたけど、最近はずっと機織りしてるからな。ノーラ姉さんはずっと家だったのかな。え、日傘なんてものがお前の世界にはあるのか? へー、母さんも俺たちと一緒に野良仕事してなかったら肌白かったのかもな。
「田舎は空気がいいですからね」
適当に褒めてるわけじゃねえよ! 本当のことなんだよ! 強がってなんかねえよ。俺は都市は嫌なの、道が臭いんだよ。うるさいな、田舎で臭いのは雪隠だけだろ。都市は全体的に臭いんだよ。馬糞とか牛糞が道にごろごろ落ちてるんだから当たり前だろが。
「サヒットなら家にいるわよ。あ、でも今日はボウアに会いに来たのかしら」
「もしかしてまだいるんですか?」
「ふふ、残念。いないわよ」
「まあ、そんなところだと思ってましたよ。ジル婆さんの所ですよね? もう少しで機織り職人として認められるとか言ってましたから」
あの日飲んでお前が来て以来、もう丸二日も会ってないから会いたいは会いたいけど。
「そうよ、でもノックスちゃんと結婚するんだから職人にまでならなくもいいと思うんだけどねえ」
いやここで妥協したらもったいないと思う。お、お前もなんとなくそこは解るのか?
「そうかもしれません、でも彼女が一人前になったら、俺も頑張っていい機織り機を買うために協力する約束してますから」
「あら、そうだったの。なら頑張らないといけないわねえ。まあ立ち話もなんだから入って、入って」
前庭を通ると土間のほうで二歳くらいの子供達と遊んでいるサヒットが見えた。なんか保父さんみたいだと。保父さんってなんだ? なるほど、確かにそうかもな。
「叔父ちゃん、これ昨日言ってた馬でしょー」
あ、なんか木片持ってる。
「えーダメだよ犬作ってって言ったじゃんよー」
「どっちも作ってやるからちょっと待てって。ええい、じゃますんな。あとこっち道具はおもちゃじゃないぞ。じゃあ、それを貸せ。いいか、ここをな、こう」
おう器用だな、木彫りの馬を作ってら。そうだよ、この子らも双子だよ。というか猪人族は基本双子で生まれるぞ。太陽も月も双子だろ。あと、三つ子や四つ子もそこそこ生まれるんだよ、だから複乳のある人もいるし、おっぱいが好きな人は大好きだな。奇遇だな、俺も二つでいいよ。
「おー、僕たち元気かい」
わらの雨合羽を脱ぎながら、ちょっと大きな声で呼びかける。
「おじちゃんだ~れ~」
うおお、今のは地味にキツイぞ。ヤマトもか。
「おじちゃんじゃないよ、ノックスお兄ちゃんだよ」
「ボウアお姉ちゃんと結婚すんの~」
「そうだぞ~、だからお兄ちゃんだよ」
そうだぞ、ボウアも叔母ちゃんとは認めたくはないだろうな。
「違いますう~、ボウアは叔母ちゃんでーす、ノックス君も叔父ちゃんであってるよ~」
「お姉さん、頼みます。まだ俺七歳ですよ」
「うっせえ、お前も俺と同じで叔父ちゃんだよ、実際こいつらの義理の叔父になるだろうが」
まあ、お前はすでに八歳になったし、若くは見えないもんな。だけど俺は違う!
「ノックスお兄さんだよ~、僕たち名前はなんていうの?」
ここはしゃがんで子供たちと目線を合わせよう、でないと本当におじちゃんになっちまう。
「僕はガヴィン!」
「僕はガレン!」
「そうかあ、何歳になったかな~」
「「二歳!」」
「おー、すごいなー」
二人ともピースっていうのか? してるなあ。
「よっしゃ、できた。ほれ、馬だ」
「やったあ! ヒヒーン! パカッパカッ」
あ、ノーラ姉さんもガヴィンのあとをついて雨のなか庭に行った。傘持たなくていいのか?
「ねえねえ、僕のは?」
「心配すんなあとで作ってやる」
「いや、ちょっとくらいなら待てるから今ガレンにも作ってやれよ」
「やったあ!」
「そうか。じゃあどっちがいい? 立ってる犬か? それともお座りしてるワンちゃんか?」
「うーん、お座り」
「よし任せろ」
と、俺もサヒットの木彫りを感心しつつ見てたらすぐにできて、ガレンも犬を持って走って出ていった。ここは一年通してあったかいから子供は雨とか結構無視するよ。そう、今朝は涼しいけど昼は温かくなってるだろ? だから薄着なんだよ。
「そのでかい手ですごい器用なんだな」
「なんだよ急に」
「いや、なんでもない。ここに来たのはお前の所なら余ってる紙と竹筆があったろ、ちょっと新しい土地について話したくてな」
うるさいな! 紙はちょっと高いけどここにもあるよ! なんだよ「チート」が出来ないって! なんだよオークのくせに! って、そんなお約束俺が知るか。
「おい大丈夫か」
「あ、いやちょっと頭痛がして」
「酒飲んで無いよな?」
「ああ、ちょっとな、あの時以来控えている」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
問題ありまくりだよ。
その日は裏紙に地形をちょっと書いて、家の配置やらなんやらを二人で相談し、お昼前にサヒットの家を出た。
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