第2話 7歳 10月29日の朝 前世の記憶が戻る

 うおおお。まだ頭が痛い。もう朝なのか。

 頭から手を放して、見ると、うん、指四本だな。これ一本欠けてるとかじゃなくて、もともと四本しかないよな。なんか太いし、中指に指輪あるし。口は、って、おれも牙生えてんな。こりゃあ、オークか。そうかそういや結婚も約束してたな。

 ってちょっと待てい!!!

 ガバッ、と起きると頭が痛い。

 何だ、何だ。こんなんありえんぞ。

 何言ってんだ、これが普通だろ。

 いや、いや、いや、ない、ない、ない。

 よし、整理しよう。

 えーと、まずは「俺」はノックスとしてアペルドナル王国辺境のセージ村に生まれ、去年の十二月に晴れて七歳の成人を迎えて、現在ボウアと婚約中、と。

「僕」がここで突っ込みたいことがあるらしいがまあ待て。

「すうーはー」

 深呼吸だ。で、「僕」は二十歳の誕生日を迎えて、友人と飲みに行って、その帰り道、酔っぱらって、車道に出て、そのまま記憶がない。間違いないな? よし。

 おい、名前はなんだったんだ? え、わからない? 名前って忘れるものなのか? はあ。

 まあご愁傷様ですってとこか。運が悪かったな。そんなあっさり言うな、ってしょうがないだろ。ああそういえば「僕は」まだ大学生ってやつだったな、人生まだまだだもんな。

 というか「僕」は童貞だったか。そこに引っかかってんのか? 悪いな俺はもう済ませたぞ。そして魔法使い。なんかよくわからんがそんなもんにはなれんぞ。俺は普通の人だぞ。

 これ面倒だ。俺は俺であって。お前じゃない。前世の記憶だかなんだかしらんが、この体にもう一人同居するなんてやだよ。それに家族に、あとボウアやサヒットになんて説明しよう。

『えー、前世の記憶を思い出しました。前世では「僕」は猿人でした』

 って絶対に冗談と思われるよなあ。え、猿人じゃない? はいはい人ね。まあいいよ。しかしなあ。えっ、冗談と思われたらいい方、下手したら頭のおかしい人? うーん、そうかもな。でもそこまで俺って信用ないかな。

 しかし転生って本当にあるのか? いやでもお前がいて、この記憶があるってことは、あるのか。うん、転生はあるな。おい、これはこの世界の宗教を変えるんじゃないか。お前も驚いてんのか。なんでだよこれって「よくあること」なんじゃないのか? え、お話の中だけでの話、んな。

 とにかく大真面目にこんなこと言ってたら、ボウアに気味悪いって思われかねん。いや、そっちの可能性のほうが高い。それは避けたい。まてよ、今世ではあの顔と体は一般的な美人の分類には入らないかもしれないが、兄と違って八重歯にしか見えない小さい牙と、複乳が無いのも含めて、俺があの子の見た目が好きなのは前世の美的価値観も相まってるからなのか。

 なんでお前がかわいいと思わないんだよ。おかしいだろ、お前の記憶ではこの顔はお前の好みだぞ。鼻なんか全然上がってないだろが、お前の言う普通だろうが。いやオークって言うな。俺たちは猪であって豚ではない。家畜じゃねえぞ、自由に生きてる。それにお前も俺の記憶が見えるだろ、あの子はいい子だぞ。

 なんで自分自身でこんなことをしなきゃなんねえんだ。早くこっちの世界に慣れるか消えろ。

「痛い、痛い、痛い」

 お前、俺の頭の中で暴れてるのか。馬鹿か、お前の体でもあるんだぞ。

「大丈夫?」

 ドアから母さんが見える。オークじゃない! 猪人って言ってるだろ! トルクだ、TORC、だっつうの! なに? 緑色の肌? ってそんなの聞いたことないぞ。俺たちは普通に褐色だろうが。俺の腕も見てみろ。おい! 俺たちは化け物じゃねえぞ。

「いててて」

「昨夜サヒット君が『家で一緒に飲んでて急に倒れた』って言って、あなたを負ぶって来たのよ。お酒の飲みすぎねえ。ちゃんとお礼を言うのよ。あと朝ごはん用意してあるから、早く来なさい」

 寝床から出て、服も昨夜のままだったと気づいたが、そのまま外に出て雪隠で用を足す。

 うるせえぞ! 鼻がもげるとか大げさな、余計に臭く感じるだろうが。確かにここは臭いけど、こういう所だけだ。いずれ慣れるよ。

 そして家に戻り、土間で顔と手を洗ってから居間にもどって食卓につく。

 なんで石鹸があるのが不思議なんだよ。普通だよ。え、なんだ古代エジプトからあったから不思議ではないのかって。まあ、納得してんならいいよ。

「大丈夫そうだな」

 オークじゃねえよ、親父だよ。ああ、もう。

「あー、まー、そうだと思う」

 適当に親父に相槌を打ちながら今朝の朝ごはんを見る。魚の入ったお粥だな。

 なんで不思議なんだよ。普通にコメだぞここは。というかお前の考えてるようなパン? とか小麦のほうがこの村にはあまり無いぞ。なんだよ話と違うって? はあ、お約束ねえ。どう見てもそっちのヨーロッパじゃねえだろが。そうだな、うーん、気候とか文化とかどっちかと言うとそっちの東南アジアっぽいな。春夏秋冬というよりも年中暑いし、基本的には乾季と雨季だ。

 おい、飯を手で食ってなにが悪い。さっき手をちゃんとしっかり石鹸で洗っただろうが。しつこいな俺たちはモンスターじゃねえぞ。ほれ匙でも食べるだろうが。こっちにもちゃんと文化も文明もあるわ。とにかくお前は思い込みが強すぎる。何を言って、

「この前の話なんだが、お前はアヴィンと話したか?」

 おおう、親父の言ってることと「僕」の言ってることが被ると聞き取りにくいわ。

「うーん、えーと、アヴィンが出かける前にちょっと話したけど、ここの家は弟にってことにしてくれ。俺は村のはずれの方の土地をもらおうと思う」

 先月にな、親父が村長から村の土地を広げる許可をもらい、そこの一部を俺か弟のどっちかに分けることが決まったんだよ。ウチは妹二人が幼いころに流行り病で亡くなってるし、そのあと母さんは子供を産んでないから家族構成は親二人に双子の息子達で合計四人だ。それにアヴィンとは土地のことについてはまだあまり話してはないけど、前世の記憶持ちというこの状態で家族とずっと一緒にいるのは不味いだろ。ボウアも俺たちだけの家を持つことに反対はしないだろうしな。

「そうか。まあここよりは少し広いが、離れてるし、海辺だからなあ、それに一から家も建てなきゃならん」

「あとさ、アヴィンは今は婚約者どころか恋人もいないだろ。それになんか王都に行きたいとか、鍛冶職人になりたいとか言ってるし。だから土地を貰ってもそこにいかないだろ」

「なに行ってんだ。弟子入りして途中でやめてんだ、鍛冶職人なんて無理だ。無難に農業をやれ」

「いや、だからそう決めつけるからアイツもあまり帰っ」

「はい、お茶よ」

 母さんが不穏になりそうな会話に割って入る。

「ちょっと田んぼに行ってくる」

「はい」

「おう」

 親父が土間から家を出ていくのを見てたら、母さんがお茶を飲みながら、

「まあ、あなたがあっちのほうに行ったらこっちはちょっと寂しくなるわね。」

「アヴィンもすぐ帰ってくるだろ、いつもそんなに長い間留守にはしてないし」

「成人してもフラフラして、あの人に似たのかしらねえ」

「え、親父に?」

 あの田んぼ一筋って感じの親父が?

「若いころは従軍してたのよ。で、それが終わっても王都に一年くらいいたって言ってたわね。ここに帰ってきたのは十歳くらいだったかしら」

 初耳だぞ。それに十歳はこっちの世界では晩婚だな。え? いやこっちの世界の一年は長いんだよ。そう、一時間は六十分で、一日は二十四時間。それで体感的にもこの一日はそっちと変わらないけど、ここからが違う。一週間が十日で、一か月が四週間、つまり一か月四十日で、一年が九百六十日あるんだよ。長い? まあそうかもな。だからお前の言う春夏秋冬なら各々六か月づつ、二百四十日づつあることになるな。一年二十四か月なんだ。で十歳だと九千六百日だろ、それをお前の所の三百六十五日で割ると、えーと、計算できん。でも三十近くにはなるだろ。お、二十六くらい? その年での結婚ってそっちでは普通なの? というか、なんでお前はそんな簡単に計算できるんだよ。

「へえ兵隊さんだったのか」

「体は大きかったから六歳で村を飛び出て、志願して、最後十人長になったとか言ってたわね。でも軍の生活が結局は会わなくて無難に二年で除隊だって。あんまりその時のことについては聞いちゃだめよ」

「そうかあ、あの親父がね」

 そのあとは母さんと朝ごはんのあと片付けを手伝ってから、サヒットに礼を言うためとボウアに会いたくてに家を出た。

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