3 ─ 4

 兄に猛烈に止められた後も、僕は何回かお嬢様の墓を訪れた。

 そしてその都度ひどく負傷するのだった。

 約一ヶ月半前、僕は少女にこてんぱんにやられた。

 それから今日まで家にひきこもっての療養を兄に強制されていた。

 兄に再三行くなと言われ、それでもお嬢様の墓地に足を向けている僕である。

 今回も負傷して一晩家に戻らないようなら、兄は出禁を言い渡すかもしれない。

 そんなことになってしまっては大変困るので、今日は穏やかに行こうと固く決めている。

 かくして僕はお嬢様の墓地に足を踏み入れた。

 少女のところまでゆっくりと歩く。

「…今日は何やら平和的空気を纏っていますね」

「わかる?」

「もちろん」

 少女は頷いて、持っていた鉄棒を地面に置いた。それからお嬢様の墓を背に、地面に腰を下ろした。

 僕は少女と向かい合う位置に、同じように腰を下ろす。

「久し振りですね。生きているか不安になりましたよ」

「しっかり生きてたよ。大丈夫、君は絶対、僕を殺せないんだから」

「…そうですね」

 そうだといいですけれど、と少女は小さく呟いた。

「長かったです。あなたがいなかった時間は」

 消え入りそうな声で、少女は続ける。

「あなたが来なければ、私はここに独りぼっちです。とても暗い」

「ごめんな。だけど、僕をめちゃくちゃにしたのは君なんだぜ」

 僕はわざと意地悪く言った。

「だって、それは、あなたがお嬢様のお墓を掘り返そうとするから。あなたがそんなことをしなければ、ただこうやって話をするだけであれば、私は…」

「うん。確かにそうなんだけどね。だってさ、僕は君の強さを近くで見たいんだよ」

 僕は少女に近寄って、端正な顔を覆っているフードをぱさりと後ろへやった。

「強くてやさしくて、きれいで弱くて。そんな君を、僕は近くで見たいんだ」

「なら、もっとこっちへ来てください」

「駄目だよ。僕は墓荒らしで、君はグレイヴ・キーパーだ。そうだろ?」

 少女は僕をまっすぐに見詰めた後、顔を伏せた。

「そうですね。その通りです」

 でも、と少女は夜空を見上げながら言った。それは独り言のように、軽い響きだった。だけど重たい言い方だった。

 少女の声が、言葉が。冷たい夜風に乗って、僕の耳に届く。

「でも、私はグレイヴ・キーパーになって良かった。だって、あなたに会えたから」

 少しの間を置いてから「例えこれ以上近付くことができなくても」と少女は呟いた。

 僕は夜空を見上げながらその言葉を聞いた。

 まるで暗闇に散る無数の星々が、僕に囁きかけているかのように思われた。

 目を閉じて、明暗の区別しかできない世界に飛び込む。

 少女の姿は当然、見えなくなる。

 何かを求めたくなっても、僕は決して少女に向かって手を伸ばせない。

 やってはいけないことだから。

 僕がそうであるように少女もまたそうなのだ。

 僕達には仕事があって、役目があって。

 肩書によって生かされている。

 だから捨てることはできない。

 僕は墓荒らしで、少女はグレイヴ・キーパー。

「夜が好きだ」

 僕は目を開けて、柔らかく微笑みながら。

「星が綺麗に見えるからね」

 少女だけをまっすぐに見詰めて、言う。

「私も夜が好きですよ。月が綺麗に見えますから」

 同じ様に、少女も言った。

 真っ直ぐに僕を見詰めながら。

「月と星たちは、どれくらい離れているのかな」

「さぁ…。私にはわっぱり。ですけど、その距離はとても遠いのでしょうね」

 いくらもがいても、その距離はどうにもできないのでしょう。

 少女の声は尚も、夜風に乗って響くのだった。

 いつまでもずっと、この空気の中で生きていきたい。

 温かくて優しくて、冷たくて寂しくて、壊れそうに儚くて、失いたくないせかい。

 僕と少女は、じっと互いだけを見続けた。

 時間が僕たちを置いていく。

 空が白み始めて、ようやく僕は立ち上がった。

「じゃあな。お役目ご苦労さま」

 少女座ったまま、僕を上目遣いで見た。

「…次はいつ来ますか」

「さぁな。グレイヴ・キーパーに訪問日を知らせるなんて間抜けな墓荒らしは、この世にはいないんだよ」

 少女は苦笑した。

「それもそうですね。では、さようなら」

 立ち上がって、少女は衣服についた土を払った。

 僕が片手を振ると、少女も手を振り返した。

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