1 ─ 2
僕は森の中で目を覚ました。
何ていう風に言うと、何だかメルヘンチックになってしまうけれども。
そんな冗談は置いておこう。
全身激痛のお祭り騒ぎである。これは冗談なんかではない。
昨夜少女と相対して、最後に少女がくれた顔面への蹴りで僕は意識を完全に失い、その後恐らくは少女の手によって墓地から放り出され、今に至っている。
今回で何回目だろうかと記憶を探るけれども、はっきりとした数字は出てこない。数え切れないというよりは、数えていないだけだと思うけれど。
うーん。起きられない。
辺りは明るい。太陽の位置から察するにもう昼頃だろう。
体中すべての痛覚が正常に痛みを訴えている。いっそのこと、痛覚麻痺してくんねぇかな。
やわらかな布団が恋しい。ここの地面は固く、大きな石がたくさん転がっているので、寝床にするには最低の場所だ。よくさっきまで眠っていられたなあ。
しかし、起きられないものは起きられない。
まるで全身に力が入らないのだ。
暇で暇で仕方がなく、僕の頭は考えるともなしに少女のことを考えていた。
遡ること…。どれくらいだろう。覚えてないや。
ま、それはいいとして。
僕が今よりすこぅしだけ若かった頃(今でも若いけどね)、僕とエラルドの耳にある噂が入ってきた。
お嬢さんとこのグレイヴ・キーパーが変わるらしい。
そんな噂。
何でも、夜間担当だった男が故郷に帰るとかで、代役を用意するらしいということだった。
これは僕たち墓荒らしにとっては良いニュースだった。
元夜間担当の男性グレイヴ・キーパーは、細くて頼りなさそうな外観とは不似合なほどに、とんでもなく強かった。同業者で彼に殺された者が数名いたらしい。僕がグレイヴ・キーパーになる以前の出来事だったので、犠牲になったのは実際に会ったことのない人たちだけれど。
ともかく、そんな事件があったから。
墓荒らしは、お嬢さんの墓に一切近寄らないようになった。僕はその男に会い、話したこともあるのだけれど、嫌な奴だった。
だけれど、その男がいなくなるというのなら、話は変わってくる。
代わりの者が配属されるのだとしても、その新入が前任の男より弱いのであれば、こちらにもいくらかのチャンスがあるというものだ。
僕とエラルドも、他の同業者がそうしたように、夜間グレイヴ・キーパーが新旧交代した晩に、お嬢さんの墓地を訪れた。
前の男より強い奴だったらお手上げだな、とエラルドは道すがらに言っていた。
そして、到着した墓地。
辺りは暗くて、でも、一目でおかしなことに気付いた。
お嬢さんの墓のとなりに、もう一つ、今まではなかったとてつもなく大きな墓が建っていたのだ。
誰の墓だ、と思って近づいてみると、それが墓では無いことがわかった。
積み上げられた人間だった。
中には見知った顔もあって、それが同業者の集まりなのだということが分かった。
その小山の構成員は、いずれもまだ息があり、どうやら気絶しているようだった。
最悪だ。
僕は思った。
これが誰の仕業なのか、そんなことは説明されなくても大体察しが付いた。
小山の横に建つ立派な墓。
その側に佇む独りの人物。
その人物こそ、新しく配属されたと言うグレイブ・キーパーであるに違いないだろう。
やっぱり暗くてよく見えないが、そいつの身長がかなり低いということだけは、シルエットでわかった。
フードつきのローブを羽織っているので、顔の部分の影は一層深い闇色に染められている。
ここまで来たのだから顔くらい拝んでから帰ろうと、僕はそいつに近づいた。
「お嬢様のお墓には指一本触れさせません」
声がした。
小さい鈴が、悪戯に転がるように。軽やかに、不気味に、確かな意思を持って。
その声は確かに、グレイヴ・キーパーが発したもの。
まだ幼いその声音に、僕もエラルドも顔を見合わせた。
「お前、いくつだ」
エラルドが尋ねると、
「8、もしくは9」
そいつは短く答えた。
「お嬢様の墓に触れなければ、いいんだな」
そう言って僕は、若すぎるグレイヴ・キーパーの前に立った。
そして屈んで、目の高さを合わせて、相手の顔を手に持ったランプで照らした。
オレンジ色の光を受けて輝く少女の顔は、無表情。とてもきれいだった。でもやっぱり、幼すぎた。
顔を確認して満足した僕は屈んでいた体勢を起こした。
「名前は?」
「ありません。私はただのグレイヴ・キーパーです」
珍しいことでもないので、僕はへぇと聞き流した。
「どこから来たの」
「西です」
このコ、分かって言ってるのかな。それとも天然風味なのかな。
「おい、帰ろうぜルエン。もう用はないだろ」
「さきに帰ってくれ。僕はこのコに用がある」
エラルドは訝しげな顔をした。
「人間墓標になりたいのか?」
「ちげぇよ。いいからお前は帰れ」
意味わからん、という顔をして、エラルドは墓場から去っていった。
「私に用とは、何でしょう」
少女が訊く。
表情はわからないが、その声は敵意を帯びている。
「まぁ落ち着きなよ。僕は君と話がしたいんだ」
少女は答えず、沈黙が続く。
「君はどうしてそんなに強いの?」
「さあ。どうしてでしょうか」
本当にわからないのか、はぐらかしているの。読めないコだ。
「何か僕に訊きたいことある?」
「いいえ。何も」
「…ちょっとは興味持ってほしいなあ」
「では質問。蛇と蛙どちらが好きですか」
そんなこと訊くか、普通。まあだけど、質問しろって言ったのは僕だし。
「蜥蜴」
「それでは答えになっていません」
少女は少しだけ拗ねたような声音で言った。せっかく応じてやったのに、とでも思っているのだろうか。
このコも人間なんだなあと思うと、笑ってしまった。
「何を笑っているのですか」
「何でも無いよ」
少女はむっとしたように、そうですかと言葉を吐き捨てた。
「君が来る前のグレイヴ・キーパーのこと知ってる?」
「はい」
「僕、あいつが嫌いだったんだよ。職業柄とかじゃなくてね」
「いつも笑っているところですか」
僕が言おうとしていた言葉を、少女が先回りした。
「まさにその通り。笑っているくせして、無口無反応。あいつは不気味だった」
「なら、あなたは私のことも嫌いになるでしょう。私もあの方と変わらず、不気味ですから」
「それはどうかな…」
その日は結局、少し話しただけで墓地を後にした。
やっぱり、人間墓標にはなりたくなかったのでね。
次に少女に会に行ったとき、僕は初めてお嬢様の墓を掘り返そうとした。
それで無茶苦茶にやられて気絶して、今と同じ様に森の中で目覚めたのだった。
「ルエーン。生きてるかー」
いつの間にかやって来たエラルドが、僕の頬をぺちぺち叩いた。
鬱陶しくて、思わず手が動いた。ぺしっと彼の手を払いのける。
動けた。
「何だ生きてたのか」
「何だとは何だ。失礼な奴め」
よっこらしょ、と上体を起こす。痛い。
「また派手にやられたなぁ。これが一回や二回じゃないんだから…お前も物好きだな」
哀れむような視線を感じたので、彼のへっぽこ頭をぽこんと一発殴った。
まったく。好き勝手言いやがって。
バイオレンス野郎め、と睨まれたが気にしない。
「ちっとくらい感謝しろよな。いつもいつも迎えに来てやってんだからさ」
「感謝はしてる。何せ僕は感謝と礼儀と優しさでできている人間だぞ」
「またそんなこと言う…。ま、元気で何よりだよ」
そう言ってエラルドは、僕に薬と包帯を投げつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。