grave keeper

識織しの木

0 ─ 1

「ルエン、聞いてくれよ」

 友人のエラルドがそう言うので、僕は面倒くさいなあと思いつつも耳を傾ける。

「一昨日の成果物が、いくらになったと思う?」

 聞くだけじゃ済まされないのかよ。

「1000ヴァルンくらいか?」

「惜しいな。1200ヴァルンだ」

 へぇ、とだけ返事をした僕に、エラルドは突っかかった。

「何だよ、1200ヴァルンだぞ?すごいだろうが」

「それが普通だ。お前がひっくり返す墓がいつも貧乏なんだよ。まあ今回は、お前にしては良い成果だったな。そのまま当たりが続くことをお祈りするよ」

「ちぇっ。何だよ、何だよ。馬鹿にしやがって。見とけよ、次は2000ヴァルン当ててやるぜ」

 エラルドは運が無いのかなんなのか、この職業をやっている者にしては少ない収入で生活している。

 僕たちの職業というのはまあ、あまり褒められたものではないので大っぴらには言えないのだけれど。

「ま、今日もよろしく頼むぜ」

 そう言ってエラルドは、僕に右手を差し出した。

 こいつの仕事の片棒を担ぐ、つまりはビジネスパートナーである僕は、仕方なくその手を握るのだった。

 別に嫌いなわけではないけれど、面倒くさいんだよなあこいつ。

 僕の心境も知らないエラルドは、行くぞと街を歩き始めた。

 昼間はさぞかし賑やかであろうこの街も、深夜となると静かだ。

 時刻にしては午前1時頃。

 頼りにできる灯りは、手に持ったランプと清かな月明かり。

 死んだように静かな街を、道なりに進む。

 目的地は街を抜けたところにある小さな墓地。

 ここに今日、新しい亡骸が入ったのだそうで。

「行くよなルエン。行こう。な!」と、エラルドが大はしゃぎして僕を誘ったという訳だ。

 まったく、面倒な奴だ。

「なぁ、エラルド」

 前を行く背中に声をかけた。何だ、と返事をもらう。

「お前自信はあるのか」

「何に対しての?」

 彼は相変わらずの口調で答えた。顔は見えないが、この際見えなくてよかった。見えたら一発殴っている。

「決まってんだろ、墓を勝ち取る自信だよ。先客がいるかもしれねぇだろ」

「わかんねぇ。でも、チャンスがあるならやりたいじゃん。それに、俺たちは墓荒らしだ。自信なんてなくても、仕事は仕事で真面目にやるんだよ」

 何より、面白いしな。

 エラルドはそう付け加えた。

 大方は彼の意見に賛成だけれども。だけどなあ。

 こうやって大口を叩くには、彼は弱すぎる。腕っぷしとか、あとメンタル的な面でも。

 何でこんな仕事やってんのかなあ、と心底不思議に思う。ま、本人がおもしろいと思っているのなら別にいいけれど。

 墓地が遠目に見えてきたところで、僕は違和感を覚えた。

 その違和感は、墓地が近くなるにつれて確信に変わっていく。

「エラルド、お前外したな」

「みたいだな」

 墓地には誰もいなかった。

 もう既に荒らされた後か、もしくは荒らす苦労の方が高く付くほど利益が見込めない物件だったのだろう。

 しかし念の為確認してみる。

 たしかに、新たに墓標が建てられていた。

 荒らされた痕跡は見つけられない。何せ周りが暗いので、巧妙に隠蔽を施す墓荒らしの仕事の跡など同業者でも見つけるのに苦労するのだ。

 これが昼間だったら、簡単に区別がつくだろう。それでも一般市民は気付かないのかもしれないが。

 エラルドが、持ってきた大振りのスコップで土を掘り返す。

 力仕事は彼に任せ、僕はランプを持って地面を照らす役割に徹した。さぼりと言えばさぼりだ。

 エラルドはしかし、そんな僕に文句の一つも言うことなく地面を掘り進める。なるほど仕事ね。

 やがて亡骸を掘り当て、かがみ込んで装飾品を確認した。

「指輪一個かあ…」

 そう呟いて、彼は堆積させた土を亡骸に被せ始めた。

 つまり、収穫はない。

 なぜ指輪を盗まなかったのか?

 それは僕たちが墓荒らしだから。

 墓荒らしというのは何とも野蛮で、忌み嫌われる身分の一つなのであるけれども、そんな僕たちも人間である。

 僕たちは大した職にも就けず、他人に施された装飾品を勝手に奪って売却し生活費を得ている。

 だから、こう言っても信じてもらえないかもしれないけれど、一応感謝はしている。何に対してかと言えば、無防備な墓とか、故人の亡骸に装飾品を手向ける遺族とかに。そういうものたちのおかげで、僕たちは日々食い、寝ることができているのだ。ありがとうございます。

 僕たち墓荒らしには、一つ暗黙の了解のようなものがあって。

 亡骸の装飾品は、必ず一つ、1等高価なものをその身に残してやること。

 どこまでも腐っている悪徳な同業者の中には、装飾品を一つ残らずかっさらうという奴もいるのだが、僕とエラルドはそんなことはしない。

 と、いうわけなので。

 今日の仕事はこれで終わり。まったく損をした。

 墓をもとのような状態に戻してからエラルドは帰るか、と言って僕の方を見た。

「寄るところがあるから勝手に帰ってくれ」

「…またあのチビのところか」

「仕方ない。仕事なんでね」

「はいはい、そうですね」

 じゃあな、とひらひら手を振ってエラルドは来た道を引き返していった。

 僕はというと、彼と反対の道を進む。街から離れて離れて、森のほうへ。

 ただでさえ宵闇の只中だと言うのに、その森は一層深い闇をつくりだしている。

 この場所にある墓は、あるお嬢様のものらしい。それがどんな人物だったのか僕はてんで知らないのだけれど、とんでもなくお金持ちの家柄だったようだ。

 しかしそのお嬢様は父親の気にそぐわない男と駆け落ちして、その後原因は何だか知らないがとにかく亡くなったらしい。お嬢様の家系には先祖代々の墓があるらしいが、父親は娘をその墓に入れたくないがために、こんな森の中に墓を建てたという話。

 その墓は無駄にでかくて、だけど森の中にぽつんと一つだけあるので、無機物に対して言う言葉ではないのかもしれないけれど、寂しそうだなあと思ってみたり。

 実質、その墓にはお嬢様が入っているのだから、人間として捉えてしまってもあながち間違いでもないのかもしれない。

 で、そんなお金持ちの家が建てた墓なら、亡骸に溢れんばかりの装飾品をつけるはずである。お嬢様は父親に嫌われていたとは言え、母親には大層可愛がられていたそうだ。ということはつまり、墓荒らしの格好の獲物であるはず。

 しかし、その墓はまだ一度として掘り返されたことがない。

 荒らされたことがない。

 同業者が皆墓の存在に気付いていない、なんてことは一切ない。お嬢様のお墓が建てられたのは30年も昔の話で、当時の同業者はこぞって墓を荒らしにでかけたという。

 だけれども、荒らせなかったのだ。

 理由はただ一つ。

 その墓にはgrave keeperがついていた。グレイヴ・キーパー。

 簡単に言えば、僕のような墓荒らしから墓を、引いては墓に入っている亡骸や装飾品を守る役目を負っている、それを仕事にしている存在である。

 何でも、娘を可愛がっていた母親が雇ったそうだ。今ではその母親も亡くなり(こちらは家系の墓に入った)、雇い主はお嬢様の妹が請け負っている。

 グレイヴ・キーパーは昼と夜の二交代制。

 完全防備なのである。

「こんばんは」

 少女の声が響く。いつもの通り、硬い声音だ。

「こんばんは。元気?」

 僕は訊いた。

「飽きないですね。今日こそ私は、あなたを殺してしまうかもしれませんよ」

 少女は僕の質問には答えずに、忠告らしきものをした。

 僕は懲りずに減らず口を叩く。

「殺せるものなら、どうぞ。元々僕は、君の敵だからね。いつでも殺してもらって構わない」

 そう言って、僕は不敵に笑ってみせる。辺りが真っ暗なので、多分少女には表情がわからないだろうけれど。

 一歩、また一歩。

 ゆっくりと、確実に少女との距離を縮める。墓を狙う。

 僕が墓を掘り返そうとした瞬間、少女が動いた。

 光の速さと表現できてしまうような、俊敏な動作。

 僕は少女の振るう鉄棒を躱しきれず、腹部に衝撃を受ける。体勢が崩れるのをなんとかこらえた。

 と、もう既に次の手が襲来している。うまく躱し、そのまま勢いをつけて跳躍、少女を飛び越えようとしたところで足を捕まれて空中から地面へと──顔面を強打。

 こんなことを続けていたら、本当に殺されると思う。冗談じゃないくらい痛いし、血も出るし、皮膚の色変わるし。

 だけど僕はやめない。

 立てなくなるまで、僕は少女の仕事の邪魔をし続ける。

 立ち、向かい、全身を強打され、それを何回も繰り返した。

 やがて僕の意識は朦朧とし始め、遂にぱたりと力なく倒れた。起き上がる気力は残っていない。

「死にましたか」

「…生きてるよ」

 それはよかったです、と少女は呟いて、僕の顔面に強烈な蹴りを入れた。

 口の中に血の味を感じながら、僕は意識を捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る