第4話

 ワイルドは懐中時計を見る。もうすぐ指定した時間だ。

 ルーヴィックと救援隊の隔離棟に行った日から、彼が顔を見せなくなった。もしかして感染したか? と心配したが、今朝になってワイルドが寝泊まりする部屋に現れたと思ったら「問題ないから」と言い残して去って行った。だいぶ疲れた感じに見えたが、病気ではないようだ。

「あいつ、何やってんだ?」

 思っていたことがつい口から出てしまった。

「え? 遅かったですか?」

 近づいてきたテレンスが、ワイルドの言葉を聞いて少し焦っている。自分に対して言われたと勘違いしたのだろう。それを軽く詫びて、ルーヴィックのことだと説明する。

「あいつ、こんな状況でもサボってるんですか?」

「サボってるかどうかは分からんな。切羽詰まった様子だったから」

「どうせ女の事じゃないんですか?」

 大して心配しないテレンスに、ワイルドもこれ以上は、と頭を切り替える。

「それで? そっちはどうだい?」

 ざっくりした質問だが、それで十分だ。ワイルドは一日一回、テレンスと情報交換をしているのだ。交換と言っても、テレンスの情報を聞いて、指示を出すのがほとんどだが。

「特に暮らしぶりに変化はありません。そっちで流れてる酒とオレンジの噂が広まって、街中から酒とオレンジがなくなったぐらいですかね。あと、日用品は品薄ですね」

「なんだ、煙草でも送ってもらおうと思ったのに」

「すみませんがね。煙草は真っ先になくなりましたよ」

「治療薬は?」

「昨日と同じく、まだできてないですね。細菌がどうこう、って所までは分かったみたいですよ」

「軍はどうだ?」

「ほんとあいつら、マジで腹立ちますね。俺らのこと見下してくるんですよ」

「黒人だからか?」

「一般人だからです!」

 ゲンナリしながらテレンスは話す。

「あぁ、それで軍は何かを探してるみたいですね。ちょっと軍の駐屯所に行ってみたんですが、ダウナーサイドの地図を広げて、いくつかバッテンがありましたから」

「駐屯所? よく入れたな」

「えぇ、正面ゲートからは入れませんでしたね」

 少しの沈黙。特にワイルドはそのことに対して言うこともないようだ。ただ「引き続き頼む」とだけ。

「あと、昨日捕まえた奴がこんなのを持ってました」

 そう言って、テレンスはポケットから缶詰を取り出す。

「ダウナーサイドからこっちに逃げてきたらしいんですけどね。魚の缶詰です」

「ほぉ、そりゃ上等な物だな」

「問い詰めたら、それ、ダウナーサイドで出回ってるらしいですよ。かなりの安価で」

「普通には売られてねぇ。単なる慈善事業なら、それでいいが・・・・・・。出所を探ってみる」

 そう言って、缶詰をテレンスに返すと、あとは軽い雑談を交わして分かれた。



 ワイルドはしばらく前から、自分の後を何者かがついて来ていることには気付いていた。と、言うよりも、この数日、ワイルドの行動を監視されている。何者かは分からないが、友好的な雰囲気ではない。何日も続くと、人違いと言うことでもないだろう。ワイルド、つまりマーシャルに敵意を向ける相手だ。

 アヘン窟の件を根に持ったギャングかと思ったが、それにしては尾行がお粗末だ。本人たちは気をつけているんだろうが、バレバレだった。泳がせれば目的が分かるかとも思ったが、よく分からない。

 いい加減、つけられるのにも飽きてきた。

 そこで、適当な路地に差し掛かった所で、急に陰に隠れて相手の死角に入った。

 尾行していた者たちは慌てて、物陰から飛び出してワイルドを追うが、姿がない。

「どうする?」

「どうするったって、探せ!」

「くそ、ふざけやがって」

 尾行者は五人。それぞれに思い思いのことを言いながら、顔を見合わせている。

「お前ら、何やってるんだ?」

 気さくに背後から出てきたワイルドが尾行者五人に話しかける。飛び上がって驚く姿に少し笑ってしまう。が、その笑みはすぐに消えた。

 一人が銃を手に、その銃口を向けてきたのだ。

「そりゃ、シャレにならねぇぞ」

 語気を落とすワイルドに、少し怖じ気づくがそれでも銃口を外さない。

「マーシャルだな」

 声を低く迫力を持たせたかったのだろうがワイルドはプロだ。通用はしない。相手は中年、ワイルドと同じぐらいの男性だった。

「悪いことは言わねぇから、さっさと仕舞え」

 暗くて相手の持つ銃のモデルまでは分からないが、本物だろう。そして最初の中年を皮切りに、他の四人も銃を出して構える。動きは素人だ。扱い慣れてない。人を撃ったこともないだろう。何人かは動揺して目が泳いでいる。

 だがワイルドは内心で舌打ちする。一般人だと思っていたため、近づきすぎた。この距離なら素人が撃っても、五人のうちのどれかに当たる可能性がある。

「誰の命令で来た?」

「誰の命令でもない。あんたが邪魔なんだ。計画が狂ってる」

「何に計画かは気になるが、一応、謝った方がいいか?・・・・・・っ!」

 銃声が響く。中年の男が引き金を引いたのだ。弾丸はワイルドの近くの地面を抉る。

「俺たちが撃てないと思ってるのか?」

 できる限りの威勢を張って怒鳴る男だったが、下手に撃ったことを後悔した。先ほどまでのワイルドとは雰囲気が別人のように変わったのだ。何かにのし掛かられるような圧力を肌に感じる。その鋭い眼光だけで人を殺せそうだ。

「素人が生意気なことすんじゃねぇよ」

 静かな声だが、聞いた者は胃に鉛を詰められたかのような感覚に陥った。

「次に、誰かが引き金に指かけたらぁ、殺す」

 銃を引き抜きやすい体勢になる。銃を構える男たちは金縛りにあったかのように動かない。いや、動けない。呼吸が早くなり、怖じ気づき、大量に汗をかく。

「昔、親父が言ってたよ。銃を構えていい奴は、自分が撃たれる覚悟をした奴だけだってな。この中でその覚悟がない奴は帰れ」

 そう言うと、男たちの銃口がゆっくりと下がっていく。

 ワイルドが内心、ホッとした時だ、最初に銃を構えた中年男がブツブツと呪文のような同じフレーズを呟き始める。何度目か言い終えた時、男の目に狂気に満ちた決意が宿った。

 下ろしかけた銃口が再び上がり、引き金に指がかかる。それにつられた他の面々も再び銃をワイルドに・・・・・・。

 勝負は一瞬でつく。

 ワイルドは素早く腰の銃を引き抜きながら、左手で撃鉄を引き、引き金を引く。そして引き金を引き続けながら、続けざまに撃鉄を素早く二度弾く。ワイルドに対して本気で発砲してきた三人を狙った。男たちの銃も火を噴くが、弾丸は幸いに標的を外れてくれた。

 ワイルドの放った三発は、二発がそれぞれの胸に、一発は腕に命中。一気に周囲は黒煙で、視界が悪くなる。ドサと倒れる音が二つと、痛みで悲鳴を上げる声が一つ、うろたえる二つの足音がある。

 ワイルドは撃鉄を引き、まだ立つ三人に銃を構える。

「お前ら、運がいいな。まだ三発、残ってる」

 冷たく言い放つワイルドの迫力に、ついに男らは背中を見せて逃げていく。

その影が見えなったところで、ようやくワイルドは銃を下ろして、息を大きく吸い込む。

「ヤバかったな」

 思わず呟いた。持っているのは六連式のリボルバーだが、通常は暴発を防ぐために一発抜いて持ち歩いていた。そのため残数は二発しかなかった。残りの三人が向かってきた場合、足りなかったわけだ。

「クソッ、なんだってんだ?」

 緊張の糸が解け、安堵して肩で息をする。

 殺した二人の元へ向かい顔を見る。見覚えはない顔だ。所持品を探るも、身元が分かる物はなかった。計画がどうこうと言っていたが、結局殺してしまったので、分からずじまい。ただ、持っていた銃には釈然としない。

 男らが持っていたのはダブルアクションのリボルバー。ワイルドのシングルアクションは、撃鉄を引かなければ撃てないのに対して、ダブルアクションは引き金を引くだけでいい。素人でも使えるが、その分、値が張る。

「なんでこんな高価なもん持ってるんだ?」

 誰かがワイルドを邪魔に思っている。それは間違いない。それも個人ではない。やはりギャングだろうか。どちらにしてもいずれはケリをつけなければならない。

「仕事、増やすんじゃねぇよー」

 ワイルドは立ち上がり、銃をホルスターへしまう。未だ漂う黒煙をハットで払いながら、騒ぎに怯えて様子をうかがうように顔を出す住人たちを落ち着かせるため片手を挙げる。

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