第2話

 「あれが『嘆きの火』だってよ。人間の死体を焼くとはね。臭いといい、まったく吐き気がするぜ」

 クリストフは地面にツバを吐きながら、離れた所の大穴を見て呟く。白熱病で死んだ者を投げ込んで燃やす大穴からは絶えず炎が上がり、夜の暗闇を明るく照らす。その原料が人間だと考えると、ゾッとする話だ。

 昼夜問わずに運ばれてくる老若男女さまざまな死体、少し離れた所には遺族なのだろう、うずくまって涙を流す者たちの姿も見える。彼らの前には若い男が立ち、胸の前で十字を切っていた。

「お? カトリックとは珍しいな」

 クリストフは若い男の服装を見て呟く。アメリカでは牧師のいるプロテスタントが主流だが、男の服は牧師ではなく司祭の服、つまり神父だった。

「まぁ、誰が祈ろうが、ここは地獄だな」

 クリストフも胸の前で十字を切る。

「で? ダウナーサイドに来たはいいが、どうやって魔女を探すよ?」

 民族衣装から街に溶け込めるような衣装に着替えたマト(着にくそうにしている)に視線を送る。マトも大穴・嘆きの火を見つめ、それから天を仰いでから何かを呟く。『魂が迷うことなく導かれるよう』的な言葉なのだろうと、仕草と言葉の雰囲気から想像できる。無視されるのには慣れている。それに死者に対する弔いの言葉を遮るほど、クリストフは不徳な者ではない・・・・・・が。

「・・・・・・長くないか?」

 あまりに長い祈りなので我慢できなかった。マトは鬱陶しそうな視線を送るだけ。結局、祈りが終わるまでクリストフは煙草を3本吸いきった。

 夜はゴーストタウンのように静かだ。時々、どこかで喧嘩などの怒号が聞こえてくる。しばらく二人は探索がてら歩いていると、怒声や罵声の混じった叫び声が聞こえてくる。それは次第に近づいてきた。二人が物陰に隠れると、建物の角から男の影が一人飛び出し、それを追うようにして何人もの人影がでてくる。どうやら先ほどの声は、逃げる男へ向けられていたものらしい。

 ふらふらと逃げるが、ついに追いつかれ囲まれ、ろくな抵抗もできずに地面に引きずり倒されて袋叩きにされる。叩く人間は口汚く罵りながら持っている棍棒や蹴りを入れる。暗がりで見えにくいが、容赦がない。このまま放っておけば殺してしまうだろう。

 罵声と共に空しく嗚咽や助けを求める声が漏れるも、助けに来るどころか、誰一人窓を開けすらしない。このダウナーサイドでは、これが日常になりつつあるのだ。下手な行動をすれば、その男に向けられた怒り、暴力の矛先が変わるかもしれない。周辺の者たちは嵐の過ぎ去るのをジッと待っている。

 ただ一人、マト・アロという男は違った。

 クリストフが止める間もなく、物陰から出ると音もなくリンチのもとへ近づき、一番近くで棍棒を振り上げた男のを後ろから奪い取ると、その棍棒で殴りつける。

 いきなりの事にリンチをしていた者たち(全員が若い男)が凍り付いた。自分たちが暴力を受ける側になるとは思ってもなかったのだろう。

「だ、誰だ? マーシャルか・・・自警団か?」

 暗がりでマトの姿はしっかりとは見えなかったのだろう。シルエットだけで判断できたのは、急に男が現れ、妨害したことだけ。マトは棍棒を脇に捨てると、立ち尽くす男たちを余所に倒れ、意識のない男を抱えて立ち去ろうとする。

 そこまでされれば、さすがに放置された者たちも黙ってはいない。威勢を取り戻して、マトを囲んだ。

「おい、何なんだ! 無関係の奴はどっか行けよ」

「なんか言ったら・・・・・・っ!」

 威嚇するように言う者の一人が気付いた。

「こいつ、インディアンだぞ!」

 それを合図にそれまで萎縮気味だった雰囲気が殺気へと変わる。口々に「殺せ」と叫び、軽蔑と嫌悪の眼差しが向けられる。マトは今にも飛びかかってきそうなのを一瞥するだけで表情は変えない。だが、いつでも動けるような態勢にはなっていた。

「おいおい、兄ちゃんたちよ。若いってのはいいなぁ。こんな状況なのに元気が有り余ってるじゃねぇか」

 新たな声が後ろから来たので、男らが慌てて振り向くと建物の壁に背を預けて立つクリストフがいた。だが彼らの視線は、別の所にあった。それはクリストフが袖の毛皮に撫でつけている巨大なボウイナイフだ。よく研がれた刃が怪しく輝いている。

「そんなに元気あんなら、遊んでやってもいいぜ」

「な、なんで、インディアンを、かばうんだよ?」

 あまりの迫力に言葉も途切れ途切れ。クリストフは獣のように歯をむいて笑う。

「んなことはどうででいいんだよ。お前ら、来るのか来ねぇのかっ?」

 腹の底から響く大声におののいた男らは尻尾を巻いて逃げていった。

「最近のガキは、威勢だけのフニャチンどもが」

 見送りながら地面にツバを吐くクリストフ。

「そんなもん拾って、どうすんだ? 犬じゃねぇんだぞ」

 大怪我を負っている男を背負ったマトは、その言葉に少し困った顔をした。特に考えもなく助けたんだろう。



「だからって、ここにつれて来ないでよね」

 マハは眠そうな目をこすりながら、マトとクリストフに非難の目を向ける。

 そこはマハに与えられた実験室のような場所だった。薬草の知識のあるマハは、限られた薬草の中で白熱病に効果のある物、調合を探すしていた。また薬の不足する状況で、マハの薬草から作る鎮痛薬などは重宝しているのだ。

 マトらは救援隊の者が寝泊まりする宿舎を訪れ、マハに助けを求めた。寝ていたところを起こされ、不機嫌だったが、いきなり血まみれ男を前に出されれば治療しないわけにもいかない。

「で、この坊やはどれくらいもつんだ?」

「死ぬ前提で話さないで。骨が何本か折れてるみたいだけど、命には別状はないと思う。先生に見せないとハッキリとはしないけど」

 縁起でもないことを言うクリストフに、仏頂面でマハは答えた。マトはそれを聞いて安心したように頷くと椅子から立ち上がり部屋を出ようとする。クリストフもそれに続く。

「ちょ、ちょっと、この人、どうすんの?」

 ベッドで寝かされた男(正確には少年を抜けきらないような青年)を指す。

「魔女退治にはその坊やは邪魔なんだよ。容体が安定したら、先生にでも見せてくれや」

 置いていく気のようだ。それは困ると口を開いたマハだったが。

「・・・・・・じょが・・・・・・・魔女が、くる」

 二人が部屋を出てきかけた時、青年が途切れ途切れではあったが、確かにそう言った。

 顔を見合わせ、室内に戻って、青年を見下ろした。

「この坊や、魔女っつったか?」

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