第3章:封鎖都市
第1話
連邦政府によって強制的にダウナーサイドが封鎖されて二週間が経った。
反発する住人達は暴動寸前までいったものの、軍の威圧とワイルドの説得でギリギリ踏みとどまっている。またワイルドが交渉をして必要最低限の物資の供給を市と連邦政府に約束させた事も大きい。
ワイルドはミッドサイド以降の状況をテレンスとシェリフのパトリックに任せ、日に一度、許可を得た区画で落ち合い情報を交換する。そこで得た情報によると、封鎖されたのはダウナーサイドだけではない。程度は軽いが、ニュージョージ全体でも行動制限が敷かれており、勝手に街を出ることが禁じられていた。白熱病を他の街に広める危険を抑えるためだ。ただ、街の外へ出ること以外は特に変わった所はないという。
一方、ダウナーサイドの状況は一気に悪化した。白熱病は誰が持ってきて、広めたのかという噂、憶測が広まり。至るところで人種や民族同士の迫害に発展。また、白熱病の感染拡大を恐れ、感染者の発生した建物に火を放たれるなど、一部が暴徒化していた。さらに、その騒動に便乗した者達が、店を襲って品物を強奪。今ではほとんどの店が、日が傾きかけるタイミングで閉店している。ワイルドを中心に有志を募り、自警団を結成して見回りを強化するも、手が足りない状態だった。
毎日報告される感染者数と死者数は増え続けており、医療と葬儀体制がパンクした。死体をどうすることもできず、死亡した状態で部屋に放置されたり、しまいには道や川へ捨てる者まで現れた。そこで区画の端の空き地に大きな穴を掘り、そこへ死体を投げ込むことにした。さらに、死体から感染が広がることも恐れ、穴に火を付けた。止めどなく死体が投げ込まれるため、その火は最初に付けられてから一度も消えることなく燃え続ける。
またアルコールが体内に入った菌を殺すため酒がいいや、オレンジの皮を煮出した汁を体に塗るといい、など誰が言ったのか根拠のない噂が流れ、酒やオレンジが店から消えた。そして白熱病にいい(何がいいのか分からないが)「お守り」が飛ぶように売れている。
クラークは、以前はアヘン窟だった白熱病の隔離棟に牧師と一緒いた。
ダウナーサイドが封鎖された後、有志による救援隊が結成された。それはニュージョージ全体に募集したものだが、ミッドサイド、アッパーサイドから集まったのは僅かで、ほとんどがダウナーサイドの住人だ。そのため医師や医学の知識のある者も少なかった。
広場にテントをいくつも広げ、体調の悪い者の診察や、日常の不安などへの相談、物品の配布や炊き出しなどをする。感染した者についてはアヘン窟だった隔離棟へ移されるのだ。
クラークは同じく救援隊の牧師と共に、比較的症状が軽く話せる患者に色々と質問をしていた。牧師と一緒に動くのは、彼になら患者も話をしてくれるからだ。住んでいるところ、職業、家族構成、最近は何か変わったことをしたか・・・・・・などなど。得た情報を手帳と地図に書き込んでいく。
何とか共通点を探ってはみているが、今のところ見つからない。
一通り聞き終わるり隔離棟を引き上げようとした時、エドが来客を連れて歩いてきた。全員が口元に布を巻いている。
「クラーク、紹介するよ。マーシャルのワイルドさんと、補佐のルーヴィックさんだ」
もちろん知っている。彼(ワイルド)は有名人だ。この救援隊の設立や隔離棟の手配に尽力してくれたとも聞く。
「一度、お会いしたいと思っていました。いい噂ばかりが聞こえてくる」
「もちろん悪い噂は口止めしてますから」
笑顔で手を差し出すクラークに、ワイルドは気さくに言って、手袋を外して握手を返す。
軽く自己紹介をして、隣のルーヴィックとも軽く挨拶をするが、ワイルドに対してガラの悪い印象だ。しかもどこかで見たことがあるような気がする、とついクラークがジッと見ていると、不機嫌そうに「何、見てんだ」と威嚇された。
ワイルド達は隔離棟の様子を確認すると同時に、この感染症の状況を救援隊のリーダーであるエドに聞きに来たようだった。
「ここを手伝ってくれる人も増えましたね」
患者の世話をする人を見ながらワイルドは呟く。
「えぇ、最初の頃は、どうしようか頭を抱えるほどでしたが、牧師様が演説をして協力を呼びかけてくださったので」
離れた所で牧師が患者の話に耳を傾け、励ましている。
「・・・・・・それで先生、この騒ぎはどれくらいで収まりそうですか?」
四人は棟内を歩いているとワイルドがエドに問い掛ける。それにはシンプルに「分からない」と答えた。質問した本人の様子を見るに、予想はしていたらしい。
「感染のルートなんかも分からないかい? 何すればうつらないとか」
「どこが発生源かはまだ分かっていません。飲み水や食べ物、小動物や虫が媒体となっている可能性もありますね。うつらない方法ですが、人同士も感染する事があるようなので、当面は人との接触を控えることですかね」
「移民とかが病原菌を運んできたって噂があるけど」
そう言ったのは隣を歩くルーヴィックだった。周りをキョロキョロしながら歩く。明らかに、この場所にいるのを嫌がっている様子だった。とはいえ、彼の反応を非難することはできない。当然と言えば当然の反応だ。よく分からない病気の患者を隔離した場所なのだから。クラークやエドはともかく、表情を変えずに散歩するようにいるワイルドが異常なのだろう。
「個人的な意見ですが、おそらくそういったことはないでしょうね。その場合はもっと段階的に拡散するでしょうから」
エドの回答にルーヴィックは「ふーん」と興味がないように返す。
「なら、酒やオレンジがいいってのは?」
「それに関しては今のところなんとも。実証できるデータがありませんが、否定できるほどの根拠もありません。ただ生水を口にしないと言う点では、加工されたお酒は効果があるかも」
丁寧に答えたエドだったが、返答はなかった。見てみると、ルーヴィックが一点を見つめて呆けていた。他の三人も視線を向ける。そこにはベッドで寝かされる患者の面倒をみる女性達がいる。そしてルーヴィックが何を見ているのか、一瞬で理解した。その中の一人が、輝いて見えたのだろう。
そこには長いブラウンの髪を後ろに束ねた女性がいた。他の人と同じ作業をしていたが明らかに周囲の空気が違う。優しげな青い瞳に美しい目鼻立ち。気品を感じられるが、その場にいても一切の違和感がない。その一帯が暖かな雰囲気で包まれる。「慈母」という言葉が思い浮かんだ。クラーク、エドにとってはすでに慣れている(最初はやはり見惚れていた)が、初めてのルーヴィック、そしてワイルドはポカンとしていた。
「あの女性は?」
「リリーさんです。この救援隊には最初から参加してもらっている方で、進んで隔離棟の仕事を引き受けてくださったんです」
「あんな綺麗な女性が、この街にいたとはなー。しかもキツい作業を進んでやってくれてる。世の中、捨てたもんじゃない・・・・・・おっ?」
ワイルドが感心しながら言っていると、呆けていたせいで周囲に意識が向かず、籠に大量のシーツを入れた少女に気付かずぶつかった。恐らく少女もろくに前が見えていなかったのだろう。
床に落ちる籠からシーツがこぼれる。思わず拾おうとするワイルドに「触らないで!」と厳しく少女が言ったので、驚いて手を引っ込めた。
「おい、人の親切にその言い方は・・・・・・あぁ?」
ワイルドの隣にいたルーヴィックが少女の反応に腹を立てて怒鳴るが、顔を上げた少女がネイティブアメリカンだったこと気付いて驚いた。
「なんでレッドマンがここにいんだよ?」
レッドマンとはネイティブアメリカンの蔑称だ。少女は明らかに嫌な顔をしたが、グッと堪える。何も言わない少女に対して、ルーヴィックは苛立ちを募らせる。少女はシーツを手早く拾い集めると踵を返して立ち去ろうとした。
「おい、何とか言えよ。この病原菌!」
あまりの言葉にエドもクラークもギョッとし、ワイルドはルーヴィックにげんこつを振り上げた時、誰よりも早く少女がターンし、持っていた籠でルーヴィックの顔面を思いっきり振り抜いた。思わぬ反撃に、まともに籠を受けて地面に倒れる。
「お前、頭に虫湧いてんのか?」
少女は目を白黒させるルーヴィックに怒鳴りつけて歩きさっていった。
「綺麗な人だけじゃなく、豪胆な子もいるんですな」
何をされたかようやく気付いて、顔を真っ赤にしながら追いかけようとするルーヴィックの襟首を掴んで制止ながら、ワイルドはエドに和やかに話していた。
「あ、あぁそうですね。彼女はマハと言いまして、私の助手をしてくれているんです。非常に薬学の知識に長けていて助かってます。マーシャル。彼女が失礼をしました」
エドが代わりに頭を下げた。それがワイルドに対してのことなのか、ルーヴィックに対してのことかは分からないが、ワイルドは気にしてないと答える。
「あの子はあまり話さないので、説明が足りない時があるんです。何が感染につながるかがハッキリしていません。もしかしたら患者の使ったシーツからうつるかもしれないので、不用意に触らないようにお願いしているんです」
あのマハの厳しい発言はワイルドを思っての言葉だったわけだ。それを聞いて、いまや羽交い締め状態になっているルーヴィックも少し冷静になった。
「ふーん・・・・・・って、俺、顔面にシーツ喰らってんじゃねぇか!」
「まぁ、出る時にちゃんと消毒して出てください」
大きな声を出したことで少し騒然となっていた。看病をする者たちも様子を覗きに来ている。その中には先ほど見惚れていたリリーの姿もあった。
彼女は四人を見ると優しく微笑み、軽く会釈してから元の場所へ戻っていった。
この時にはルーヴィックもだいぶ落ち着いてきたので、ワイルドはエドとクラークにお礼を言ってから外へ出る。
夕日が赤く街を照らす中、ワイルドとルーヴィックは肩を並べて歩く。住人がワイルド達を見かけ、手を振り、挨拶を交わした。そして皆が口々に言う「マーシャル。これはいつまで続くんだい?」
ワイルドは一人一人丁寧に言った。「分からない。でも必ずこの病気は治まるから一緒に頑張ろう」と。
「いちいち全員を相手にすることはねぇだろ? どうせみんな、また明日も同じ事言うぜ」
「この街は今、ギリギリの状態なんだ。みんな、必死で耐えている。だから気休めでもいいから、今は一人でないことを伝えなければならない」
ワイルドの答えに、以前言われた言葉を思い出す。「化け物と戦う時に、人は協力しなければ勝てない」。親父さんの言葉らしい。きっとワイルドは先ほどのネイティブアメリカン・マハとのやり取りを見て怒っているだろう。あれはワイルドに失望される行為だった。ルーヴィックは心の中で反省しながら、大きなため息をつく(もちろん表には出さない)。
「なんであんたはこっちにいるんだ?」
ルーヴィックは話題を変える。ワイルドがダウナーサイドにいることについてだ。彼がミッドサイドに戻ろうと思えば、(もちろんすぐにではないが)いくらでも戻ることができるのにそれをしない。
「今はダウナーサイドにいた方が、状況に対処しやすいからな・・・・・・お前こそ、あっちに戻してやってもいいんだぞ」
「内緒だけどな」と声を潜めてワイルドは言う。
「俺はこっちでいい。親しい奴らもいるから、そいつらを見捨ててはいけない。それに・・・・・・俺が向こうに戻って、万が一にも白熱病を広めるわけにもいかねぇからな」
その答えに満足げにワイルドは笑って、ルーヴィックの頭をガシガシ撫で回す。
「まぁ、お前はこっちに女がいるしな! 昔、親父が言ってた『こいつだ! と思った奴を見つけたら、意地でも離すな』ってな」
「親父さん、どんだけ名言残してるんだよ・・・・・・」
ワイルドは上機嫌に「いいから、離してやるなよ」と念を圧すのを、ゲンナリしながらルーヴィックを頷いて返した。
しばらく歩いて、ルーヴィックは角を曲がる。キャシーの所へ行くのだ。
「キャシーにはよろしくと、ニックには悪いこと企むなって言っとけ」
別れ際にワイルドがルーヴィックに言う。ニックに対する言葉は、半分ルーヴィックへの言葉でもある事もちゃんと知ってる。
「自分で責任取れないことはすんなよ」
「へいへい」と話半分に聞き流している。
「あと、ルーヴィック。お前は大丈夫だと思うが、最近治安が悪い。ヘマして殺されんようにな」
「俺を誰だと思ってんだよ。俺は不死身のルーヴィック・ブルーだぜ」
力こぶを見せながらチャラけて見せるルーヴィックに、ワイルドは笑顔で返す。そして二人は別々の帰路についた。
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