第10話 裸の王様は助けたい④

「おーい!アイバ!どこだー!」


俺はサンゼーユの街の中を駆けながら精一杯出せる声で彼女を探した。

だが俺の声に応える事はなく、俺の問いを返すのは人々の活気溢れる声だけだ。


「わ、わたしまたやっちゃった……どうしてこうも裏目に………」


…このバカが余計な事をしたせいで面倒な事になっていた。

コイツが依頼人を恐怖に陥れた後、俺はたっぷり絞ってやった。


息も絶え絶えだったメアリーが最初に開いた言葉は「またやってしまった」だった。


「あの時はわざと怖がらせようとした訳じゃなくて、安心させようとしただけなのに……」

「あれで本気で安心させようとしたのならお前は致命的におかしい」


俺はメアリーにため息混じりに言った。

最初は怒り心頭だったがもう起きてしまったこと、過ぎてしまったことだ。

いつまでもそれにかまけてアイバを放っておくわけにはいかない。


「今日中に解決しないと死ぬんだ、早く見つけ出さないと」


ダンゲルが真面目そうに言った。


「関係ないのにお前まで手伝っていいのか?」


俺が辺りを見回しながら何気なく言った。


「関係ないわけがないだろう。この国の民の一人が困っているのだ。助けない手はない」


眉をキリッと顰めながら言った。

そうか、コイツは筋肉裸族の前に腐っても王様だったな。

自分の国の民を心配するのは当然の帰結なのだろうか。


しかし、探しても探しても見つからないな。

街にはいない。

人に聞いても見ていない。


クソッ!俺達は彼女を見つける事は出来ないのか!?




と、思うじゃん?


ダンゲルが腐っても王様であるように、俺も腐っても霊能力者だ。

普通の人間なら一日以上かかるかもしれないが、俺なら人探しは得意だ。

基本的に幽霊は好意的だ。

聞きたいことがあれば大抵は答えてくれる。


「ちょっといいか?」

「はいはい」


俺は空中浮遊で通り過ぎようとした若い男の幽霊に声をかけた。

俺の声を聞いた幽霊はくるりと俺に向きを変えた。


「この辺で結構きわどい恰好をした女を見てないか?」


俺がそう聞くと男は「きわどい恰好…」と反復させながら思い出そうとしていた。


「あっ!そういえばいたなぁ!おっぱいがでかかった!すげぇブルンブルン揺れててな!いやぁ、揉みしだきたかったぜ!まぁ俺幽霊だから触れないんだけどな!」


と興奮しながら喋っていた。


幽霊ジョーク。


そして俺が聞きたいのは乳の話ではなくどこにいるかなのだが。


「でも変な女だったよ。叫びながら森の中に入ってったんだからな」

「森?」

「そう森。ここらじゃ有名なところだよ。よく子連れの家族やカップルがピクニックに来るんだ」


森か。

余計見つけづらくなった気がする。


「ちなみにその女はなんて言っていたんだ?」


ダンゲルが男にそう聞いた。

すると男は答え辛そうにこう言った。


「森の中で首吊って死んでやるよー!って言ってたな」

「早く行くぞ!彼女の命と森の景観が危ない!」


俺はメアリーとダンゲルを急いで連れて森へと向かった。


死なせないのも大事だ。

だが子供連れの家族がピクニックに行った時に首を吊った女の死体を見てしまったら一生トラウマになるに決まっている。

それは子供の精神衛生上マズイ。

絶対に止めないと。


「お前があんな事を言わなければ……」


俺は言ってもしょうがないと分かっていながらもつい言ってしまった。


「ち、違うのよぉ!安心させようとしただけなの!確かに死は救済ってのは言い過ぎたけど!本当に自殺を促そうだなんて思ってなかったのよ!」


メアリーは泣きながらもそう訴えた。

お前の家庭環境がどういったものかはあまり知りたくないがアレはさすがにないな。


森の中に入って探す事数十分が経った。

だが彼女は見つからない。


「おぉい、全然見つからねぇぞ!このままだと本当に死んでしまう!」


ダンゲルが俺に慌てて言った。

そんな事は分かっている。

だがここまで広いと見つけるのは至難の技だ。

幽霊に聞こうと思ったが何故か幽霊が居ない。

一人もいない。

普通の人間なら幽霊がいると不安がるだろうが、俺からすれば幽霊がいないこと自体が俺を不安にさせる。

こんな事は友達に半ば強制的に肝試しに連れてかれた時にガチの殺人現場で怨霊が地縛霊として住み着いていた時と同様にヤバい。


つまり、ここには悪霊、またはそれ以外の何かが有る。

ただ、俺はそのヤバイ雰囲気が見える。

おそらくここにいる呪術師であるメアリーや幽霊であるダンゲルも見えているだろう。


近いな。

アイバと、何かがこの先にいる。

俺達は忍び足で近づいた。

そして、そこにはアイバがいた。


「見つけたな。だが雰囲気が変だ。何かドス黒いオーラが出ているような……」

「えぇ、カナデ。あれ、結構ヤバイわよ」

「…フフ……アハハハハハハハハハハハ!!!」


俺達が様子のおかしいアイバを観察しているとアイバが突然笑い出した。


「なんだ?なんで笑って……」

「やっトこのからダを手に入れタぞ…!」


アイバ?は嬉しそうに笑った。

だがそれは人間がするような笑顔ではなかった。

明らかに異形が取り憑いているような、恐ろしい形相だった。


「あーアイバさん?さっきは悪かった。コイツが100%悪いけど、反省してるらしい。許してやってくれ」


俺が異形ではなく、アイバに話しかけるとアイバはゆっくりとこちらを向いた。


「なンだ人間……生憎ダがこの女ノ身体は頂いた。残念だが諦めるんだな」


そう言ってアイバを乗っ取った何かは鼻で笑った。


「貴様の目的はなんだ!彼女を解放しろ!!」


ダンゲルが怒りを剥き出しで叫んだ。


「俺は魔王軍幹部レイギス………」

「魔王軍幹部だと!?」


なんてことだ、いきなり魔王軍幹部と鉢合わせるとは、なんて運の悪い……!


「…の忠実なる部下の一人、フリーカーだ!」

「なんだただの雑魚じゃん」


ダンゲルが今度は鼻で笑った。


「な、なんだと…?貴様、我を前に雑魚とはいい度胸だな」

「その部下が何故その女に取り憑いた?」


俺がフリーカーに聞くと、フリーカーは「よくぞ聞いた」と言ってアイバの身体をぐねぐねと動かした。


「別に人間なら誰でも良かった。一人の人間を支配し、我が分身を作り家族、親戚、友人、他人に取り憑きいてこの国を裏から支配しろと命令されたからな」

「なんだと…?」


ダンゲルが眉をぴくりと上に動かした。


「我が主は全国民を支配し、内側から破壊する事を望まれた」

「なんでそんな大切なことをペラペラ喋ったんだ?」


ダンゲルは声を低くしながら言う。


「フン、それはお前ら如きが俺を止められるわけ無いからなぁ!」


フリーカーがそう言うと木の影や草の中から何かが飛び出した。

現れたのはゲームやアニメで出てくるようなゴブリン、オーク、コボルトだった。

数はざっと見ても20、30以上いた。


「わざわざこの俺を我を追いかけてきてご苦労なことだが、貴様達にはここで死んでもらおう」

「死ぬのはお前だクソ幽霊」


フリーカーがそう言うとメアリーが俺達の前に出た。

彼女は怒りを剥き出しにしながらフリーカーを見据えた。


「なんだ、女。貴様がこの軍勢をどうにか出来るのか?」

「人に取り付くことしか能のない浮遊物如きが粋がるな」


そう言うとメアリーは詠唱を始めた。

気迫は凄まじく、眼光だけで敵を倒しそうな雰囲気だ。


「怨嗟の火よ。わたしの憎悪を乗せたまえ…!カースド・ファイア!」


メアリーは何も無いところから火炎を発射した。

だがその火の大きさはお世辞にも大きいとは言えなかった。

バレーボールサイズの火の玉に、フリーカー達は嘲笑した。


「ハッハッハ!なんだあの小さい炎は!こんなもの弾き返してくれるわ!」


そう言ってオーク達が鉄製の盾で防ごうとした。


「ふん、口程にも無い」


フリーカーはメアリーの魔法を鼻で笑った。

だがメアリーは笑みを三日月のように口元を歪めた。


「なんだ?なぜまだ燃えて……」


炎は未だ燃え続けていた。

盾で封殺されたと思っていた炎は消えず、炎はやがて大きくなり、彼等オークの軍団に襲い掛かった。


「アッアヂィィィィィィィ!アヅイヨォォォォォォォ!!」


やがて盾から指へ、指から腕へ、やがて全身が炎で包まれる。

炎で全身を焼かれ、絶叫しながら絶命した。


「な、なんだお前……今の魔法は今の炎はなんだ!?」


フリーカーは動転していた。

それもそのはず、小さかった炎は消えることはなく、むしろ大きくなってオークの集団を焼き尽くした。


「あらやだ、ビビっちゃって。ただのファイアですわ。……わたしが呪いを込めた、対象を焼き尽くすまで絶対に燃え尽きる事のない、ただのファイアよ……」


なんかNARUT●でそんなの見たことあったな。


メアリーは悪魔のような笑みでフリーカーを見つめた。


こわい……コイツこっち側じゃなくて明らかに魔王側だろ。

15代くらいの少女がする顔じゃない。


「わたしの許嫁を殺そうとしたことは絶対に許さない……確実に殺してティアラ様の元に丁重に送ってあげる。さぞかし喜ぶでしょうねぇ……」


さらに笑みをこぼし、殺戮者の目でフリーカーを脅す。


コイツ俺と会う前に人間何人か殺ってそうだな……許嫁になった覚えはないし、言い方変えてるだけで言ってることは変わらないぞ。


「なんだお前は…!?」

「恋人です」


違います。


「なら……貴様のその弱そうな恋人から殺してくれるわ!」


フリーカーは俺に向けて数匹のゴブリンを送った。

だが、今度は赤い炎ではなく、黒い炎がゴブリン達を焼き払った。


「ウオオオオオオオオオ!!」


まるで彼女の怒りが顕現化したような、それはそれは恐ろしい光景だった。


「何してんのアンタ……?」


今まで見たことないくらい目が殺意で満ちていた。

怒りで我を忘れそうなくらい燃え滾っていた。


「私の大事な人に何してんだって聞いてんだよォ!!!」


メアリーが激昂した瞬間、彼女の背後から巨大なドクロが浮かび上がった。

おどろおどろしい赤黒い髑髏のオーラがフリーカーとその手下達をビビらせた。


「な、なんなんだコイツらは……?あの方の話と違う!」

「なにわけわかんねぇ事くっちゃべってんだオラァ!?」


そう言ってメアリーは髑髏をフリーカーの元に飛ばした。

口調が変わって今はカチコミに来たヤクザみたいな血眼でフリーカーを殺そうとしていた。


「うおっ!?」


フリーカーは間一髪ギリギリでかわすと彼の後ろにいたオークやコボルト、ゴブリンの多くが髑髏に喰われた。


「ギャ……」

「ヒィア……」


彼等は悲鳴を上げる間もなく消えていった。

髑髏はそれらをボリボリと咀嚼するとメアリーの背後に佇む。


「コイツ怒らせると怖いな……」


最初からヤバイ奴だとは思ってたがここまで来るといっそ清々しい。


「お前もホント大変だな……」


俺が戦慄を覚えるとダンゲルはまたもや俺に同情してきた。

肩にポンと手を当て、親指をグッと立てる。

だからお前は幽霊だから触れないし、なんならお前の手が俺の心臓に達してる。


「貴様らァァァァァァァァ!!!」


自らの手駒を潰されたフリーカーは俺達に怒りをぶつけた。

だが俺の仲間が死神レベルに怖いのでさほど脅威に感じなかった。


「おい、降参するなら今のうちだぞ。このまま行くと依頼人まで殺される。いや、というか頼むから降参してくれ。これ以上やると手がつけられなくなるから」

「そうだぞ!お前髑髏の化け物に喰われて死にたくないだろ?このまま取り憑くのはやめて成仏すれば俺達もこれ以上は追わないと約束するぞ?」


俺は「殺す殺す殺す」と呪詛のようにブツブツ呟くメアリーを羽交い締めにしながら説得する。

ダンゲルも説得を手伝った。

するとフリーカーはプルプルプルと震えながら俯くフリーカーを見据える。


「俺はあの方にこの汚れた魂を捧げると誓った……呪術師がなんだ、俺は、俺は………」


覚悟を決めたかのようにフリーカーは俺達を見据えた。


「引かぬ!媚びぬ!省みぬゥゥゥゥゥゥ!!!」


そう言ってフリーカーは恐るべき速度で俺達の前から姿を消した。


「あっ!あいつどこ行った!?」


俺は辺りをキョロキョロと確認したがフリーカーはどこにもいない。

諦めの悪い奴だ。

だがいったいどこに……


「やべぇぞ、アイツを逃がしたらアイバを元に戻すことが出来なくなる!」

「分かってるよ!」


たしかにダンゲルの言う通りだ。

アイツをほったらかしにしておくと依頼人が取り憑かれたままになる。

さっき俺がマジでヤバイ幽霊が出るスポットに行った時のことを覚えているだろうか?

俺はあの時何もなかったが俺の友人のTがヤバイ悪霊に取り憑かれたことがあった。

彼は周りに不幸が続き、みるみるうちに痩せ細り、いずれ死にそうになるほど衰弱していった。

そこで俺は父は陰陽師、母は退魔人、友達はエクソシストの寺生まれの知人に悪霊を祓ってもらったことがあった。

知人曰く、悪霊が長い時間人間に取り憑いていると徐々に衰弱し、周りに厄災をもたらして死んでしまうという。


だから俺は、俺達は絶対に止めなくてはならない。

手遅れになる前に。


「ああ、わたしまた余計な事を……」


死神……もといメアリーはまたもやガックリと肩を落としていた。


やらかす時は派手にやらかすくせに、事が終えたら突然うなだれる。


「何言ってんだ嬢ちゃん。お前のおかげでコイツは助かったんじゃねぇか!落ち込むこたぁねぇって」


ダンゲルはメアリーを励ました。


「わたしがこんなイカレ女だから……」


間違ってないといってやりたいところだが今はそんな雰囲気ではないな。


「いいや、それはちがうぞ」

「えっ?」

「俺は幽霊が見えて話せるしか能のない男だ。あの時お前が俺を守ってくれた時、ちょっと引いたけど安心したんだよ。だからまぁ、お前がいてくれてよかったって、俺はそう思ってる」


俺はできるだけ言葉を選んで彼女に言った。

…くそ、自分で言っていてなんだが、少し恥ずかしかったな。

俺はメアリーの顔を確認すべくちらりと見た。


「…ッ………そっ、それならよかった……」


メアリーは俺の目を見れずにプイっと顔を逸らした。

妙にもじもじしながら頬を赤くさせながら下にうつむいたり、かと思えば目を泳がせたり。


……や、やめろよ、こっちもなんだか恥ずかしくなってきただろうが。


「おーいカナデさーん!」


俺達が変な感じになっているとちょうどタイミングよく邪魔が入ってきた。

俺に声をかけてきたのは昼も夜も女湯を覗くことを日課としている幽霊のゾイダだった。


「なんだ?…あぁ、お前はよく女湯を除いているゾイダじゃないか。どうした?」

「町が大変なんですよ!なんか気持ち悪い幽霊に取り憑かれた女の子が町の中で暴れまわってるんだ!」

「「「えぇ!?」」」







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