第9話 裸の王様は助けたい③
いきなり重い。
なんなんだ、さっきとはまるで雰囲気が違うじゃないか。
情緒不安定にも程があるだろ。
「…詳しく聞いても良いですか?」
俺は慎重に聞いた。
もし下手な事を聞けば、このような状態の人間はなにをするか分からない。
それにしてもギャップが激しすぎる。
本当にさっきの朗らかな女の子か?
二重人格と言われても否定できないレベルの代わりようなんだが。
「実はここ最近悪夢にうなされてばかりで……金縛りにあったり、誰かに追いかけ回される夢を見たり、誰かに監視されてるような気がしたり……もう心が限界なんだよね………」
悪夢…金縛り……幽霊関連の可能性は無いわけでは無いが、基本的にアイツらは手を出して来ない。大体は本人の疲れやストレスのせいというのがあるが、稀に悪霊に取り憑かれるというケースがある。
彼女もそういう状況なのだろうか。
と、俺が思案しているとメアリーが謎のカードをテーブルに並べながら水晶玉を置いた。
おい、一体何をする気なんだ。
「今から貴方の運命を調べます……このマジカル☆メアリーカードを一枚引いてください……」
突然タロットカードのような物を出した。
それ以前にカードの名前がダサい。
これで金とか取られた日には訴えてやる。
「おい大丈夫なのか嬢ちゃん…?なんか怪しさがぷんぷんするぜ…?」
「ふふ……ダンゲルさん、わたしがこの街で何て呼ばれてるか知ってるかしら?」
メアリーは自信ありげにもったいぶるかのように言う。
「ゴッドアイ☆メアリーよ!」
胡散臭い。
そして☆が二度もついてしつこい。
いよいよ怪しくなってきたな。
さて、一体どうなることやら……頼むから変な事は言わないでくれよ。
メアリーは謎の呪文を唱えながら煙を焚く。
おいバカ、こんなところでやったら迷惑だろうが。
「あ、あの……ギルド内でお香を炊くのはやめて頂きたいのですが……」
「あらごめんあそばせ。では別の儀式をするとしましょうか」
そう言って今度はどこにしまっていたのか鶏を懐から出してきた。
もうこの時点で何をするか分かってしまう。
「今からこの鶏の首を切断し、その生き血をこの女神ティアラの像にぶっかけますわ!」
やめろやめろやめろ。
活気に溢れたギルドが悲鳴と恐怖の阿鼻叫喚に変わるぞ。
ギルド内は、それはそれはひどい有様だった。
テーブルの台に乗りながら鶏の首を掴みブンブンと振り回すゴスロリ衣装を着た少女。
俺はその時の当事者だったが、まったく訳が分からなかった。
タチの悪い悪夢でも見ているんじゃないかと正気を疑ったが目の前の光景が現実だと突きつけられるように感じた。
…ん?そういえば今女神ティアラって言わなかったか?
アイツ一体なんの女神なんだ?
「お願いですからこんなところで儀式をしないでください!あぁもう!これだからティアラ教徒の人は……!」
受付嬢は慌てながらやめて欲しいと懇願する。
恥ずかしい、俺の異世界に来て初めて知り合った人間がこんな奴で本当に恥ずかしい。
「やっぱりヤベェなティアラ教徒は……」
「あの女神の教徒になる奴は大体心の何処かに問題を抱えたヤバい奴と聞くが近くで見ると凄いな……」
メアリーの騒ぎを聞いたギルド内の人間達が俺達の近くでヒソヒソと言っていた。
マジかよ、こんな邪教徒みたいな奴がまだいるのか。
いや、そんな事を考える前に目の前の問題に対処しなければ………
「オイいいか邪教徒、人に引かれない儀式にしろ。さっきから多人数にヤバい奴らだと思われてて辛いんだよ」
「いいじゃない、羞恥プレイみたいで……興奮するわ」
こんなとこで興奮してんじゃねぇよ。
時と場合を弁えろこのド変態が。
「俺も身体があればあの美しい肉体美を見せびらかせたのになぁ……」
ああここにもいたな、筋肉狂いのド変態が。
「いい加減にしろ!依頼人の前だぞ」
「…!ご、ごめんなさい……」
狂気に身を委ねそうになったメアリーが俺の言葉を聞いた途端、びくりと肩を震わせると黙り込んで俯いた。
…少し罪悪感が湧いてきたな。
いや、せっかくきたカモ……もとい依頼人の前だ、俺の判断は正しかったはずだ。
「ウッウゥ……ヒグッ…………俺はただ筋肉を見せたかっただけなのに……」
ダンゲルが歯を食いしばりながら子供が駄々をこねるように泣いていた。
側から見れば男泣きのように見えるが泣いている理由が理由なだけに、めちゃくちゃ情けない。
そしてお前については知らん。
というか泣くなよ、いいおっさん(故人)だろ。
「あの、続きいいかな…?」
「すいません、続きをお聞かせください」
しまった、依頼人に気を使わせてしまった。
これを逃したら次はいつ来るか分からない、しかもこの乱痴気騒ぎが原因で依頼が来なくなるなんて最悪のケースもありえる。
絶対にこのチャンスを逃がすわけにはいかない。
「あたし、前はこんなんじゃなかったんだ。さっきのも空元気で、ちょっとでも気を抜くとすぐにこんな暗いテンションになっちゃって」
「悪夢を見始めたのはいつからですか?」
「二、三週間前二かな。最初はただの疲れすぎかなーなんて思ってたんだけど、だんだん悪夢を見る回数が増えてきて……身体も重く感じて、頭痛もヒドイ。友達家族病院に相談しても分からずじまい。もうどうすればいいかって思ってた時、キミ達の張り紙を見たんだ」
そんなに重症なのになぜ俺達の元に来たんだろうか。
霊能力者、メンヘラ呪術師、筋肉お化けという自分でいうのもなんだがゲテモノばかりしかいないというのに。
「おかしい現象にはおかしい人達をぶつけたら相殺されてどうにかなるんじゃないかなーなんて思ってね!それで声をかけてみたんだ!」
「あのひょっとしてバカにされてます?」
死んだ目のままでハハハと笑うアイバ。
確かにキワモノ揃いだというのは自覚しているがこうも言われると少々胸に突っかかる物があるな。
「同じパーティ仲間ともだんだん疎遠になってきたし、これで解決しなかったらわざと高難易度クエストを受けて死のうと思ってるんだ。だからそんなに気負わずに、楽な気持ちで引き受けてくれていいからね!」
そんなこと言われて楽な気持ちになれるわけねぇだろ。
今ので余計荷が重くなったぞ。
なんというか、俺はまるで厄介事や個性の強い人間を引き寄せる人間磁石だな。
そもそも、霊が見えるといった時点で俺も個性の強い人間なのだろうか。
嗚呼、今日もこの世界は残酷也。
「なぁカナデ、この女の子からすげぇドス黒いオーラ出てるんだが…見えてるか?」
ダンゲルが俺に耳打ちしてきた。
いや、幽霊だから周りから見えないしコソコソする必要ないんだが。
たしかにアイツが言った通りアイバからは黒いモヤみたいな、煙みたいな禍々しい何かが無尽蔵に溢れて出ていた。
今までいろんな幽霊、人間を見てきたがこれはひどいな。
「それでは、マジカル☆メアリーカードを一枚選んでください」
まだやってたのか。
ギルド内の皆さんに迷惑だからやめろ。
「大丈夫よカナデ。次は控えめな占いをするから」
俺の考えを読んだのか、メアリーは親指を立てながら言った。
控えめな占いという単語に若干引っかかるが先程の生贄にされかけていたニワトリもお香もなかったので特別に許可した。
水晶玉を真ん中に置き、カードを六枚机に並べ始め、メアリーは謎のヒラヒラした薄い布を頭から被った。
「おお、なかなか雰囲気が出て来たぞ」
ダンゲルが感心するように言った。
たしかに、普段から変態発言で俺をドン引かせる彼女の姿はなく、一流の占い師の雰囲気が溢れ出ていた。
これならアイバが何に取り憑かれているか分かるかもしれない。
「カードを一枚引いて、手に持ったままにしてください」
「分かった」
メアリーが指示し、アイバがカードを一枚引く。
そして、水晶玉が怪しい明るい紫色に光った。
その光る水晶玉をの周りに巧みに手を交差させながら真剣な表情で見るメアリー。
そして最終局面なのか、水晶玉から光が消える代わりに、アイバの持っていたカードが大きく青白い光を放った。
「終わったわ。さてアイバさん。カードを見て頂戴」
メアリーは頭に被せていた布を取った。
その姿はまるで困難な手術を無事成功させた名医のような所作だった。
まったく、こういう時は綺麗なのにな……俺はそんな事を口には決して出さず、心の中に留めておいた。
そして、占いが終わったカードには謎の黒いモヤの絵と文字が記されていた。
『大いなる魔の軍勢の一人が逢魔が時に汝に災いをもたらす……だが見えざるモノが見える者が魔を見抜き、千を超える呪いを操る者が戒め、太陽に愛された者が汝を魔の脅威から救うだろう』
との謎の文が羅列されていた。
「これは……ひょっとしてあなたたちのことかしら?」
アイバは自信なさげに言った。
見えざるモノが見える者、なんかカッコイイ表現をされているがこれは俺だな。
…なに?調子に乗るなだと?こちとら幽霊が見えるしか能のない能力だぞ?少しくらい調子に乗ったっていいだろう。
そして千を超える呪いを操る者か……呪いと言えば、やはりメアリーだよな。
呪い関連で今のところは右に出る者はいなさそうだ。
「最後の太陽に愛された者って誰かしら?見当もつかないけどね……」
メアリーが首を傾げる。
そう、最後の人物が誰なのか分からないのだ。
「…へぇ。最初は胡散臭いと思ってたけど、中々当たってるじゃねぇか」
ダンゲルがなぜかニヤリとそう言った。
残念だったな、カードに自分のことが書かれていなくて。
まるでお前だけハブられたみたいになっているがこれは占いの結果だ。
半信半疑で十分だからな。
俺はダンゲルに優しい視線を送った。
それが何を意味するのか分からず眉を細めて「何見てんだ?」と不良みたいな事を言った。
「なるほどね。あなたのその体調不良は私達で解決すると記されているわ。大丈夫、仮に私達のことが書かれていなかったとしても必ず解決するから、安心して」
メアリーは不安定な状態のアイバに安心させるように言い聞かせた。
なんだ、コイツにも良いところはあったのか。
危うく俺はコイツの事を人間失格のメンヘラ女などという最低の評価をしてしまうところだった。
…いや、さすがにこれは酷いな。
こんな事を考える俺の方が人間失格だ。
これからはこんな事を考えないようにしないと……
俺がメアリー人間としての評価を改めようとした、その時だった。
「あら、まだ続きがあったわ。なになに……今日中に解決しなければ………汝は死ぬ。心しておけ………」
……はい?
「お、おいおい。随分物騒になってきたぞ。大丈夫なのか…?」
ダンゲルが心配そうにアイバを見る。
待て待て待て。
今日中に解決しなければ死ぬだと?
いや、今は彼女に落ち着くよう促さないと……
「あ、あたしが今日死ぬ…?い、いやよ…死に方くらい、自分で決めさせてよ……」
あぁ、マズイ。
これ以上はダメだ。
どうにかしないと。
「そう、貴方死ぬわよ!」
突然、メアリーが叫ぶように声を上げた。
何やってんだあのバカ。
「死ぬことは怖いことではないわ!女神ティアラ様がいる限り、畏怖することはない!死は救済です!さあ今すぐ女神ティアラ様のご加護を――!」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
メアリーの狂言によって限界になったアイバはテーブルから立ち上がりギルドから出て行った。
「あ、行っちゃった……」
メアリーはぼそりと「やっちゃった」と呟き拳を頭にこつんと舌を出した。
「て、てへ!メアリーやっちゃった☆」
あぁ、あーあ。
「この………」
俺は今までに感じたことのない怒りを感じていた。
そして、女を本気でグーで殴りたいと思ったのは、本当に初めてだ。
火山が噴火する直前のような、燃え滾るこの感情は。
「こンのバカ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
俺は殴る代わりにメアリーにジャーマンスープレックスを放った。
「ふんぬらば!!」
メアリーは派手な音を立てて気絶した。
そうだ、そうだよ。
俺の周りには、頭のおかしい奴しかいなかったじゃないか。
俺はそのことを深く、深く後悔しながらアイバを追いかけ始めた。
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