第3話浪江から

「まか不思議なこと多し」にも収録してあります。福島原発事故を30数年前の出来事にも一因があったと告発する内容です。


 柵の中にてという「小冊子」を書きたる男の告白で聞きしこと


 「柵の中にて」という意味不明な出版物をネットに、うるさきほど公表せし男を口寄せせんと思う。ソーシャルネットワークなるものを通じて知り得たことなれど迷言妄言多しと思いたる由縁なり。彼がこの世に実在せし者か、それとも異界の存在かも不明なれど福島原発事故に関する記述、オリンピック、パラリンピック、陸上自衛隊なる国の危機管理安全保障の記述多しことに関心を抱きたる。


 古より我ら口寄せを許された一族には生計を成り立たせるために冥界と現世の間の交信に限らず遠隔地に住むの親族や友人との交信を行いたる秘術ありたり。生計を維持するには現世に生存する者の口寄せをすることも大いに役立てり。先述したとおり彼が現世に実在する存在でありても口寄せは可能なり。


 今回は久しく冥界、現世いずれか不明なれど口寄せを試みんと思う。


 話したきことが多いよし、交信は安易に出来るものと予想せり。ただネットの書き込みが更新されている様子から、その時までは彼は生存したりことは確実なり。


 運良く「柵の中にて」という薄き小冊子を手元におきし知人より借り受けることに成功せり。同時に、この小冊子はかなり知れわたり、陸上自衛隊のポルノ小説と悪評を受けたるも耳したり。それに手を起き、念じたり。 念じ方は古より秘中の秘なる儀式になれば公表できず。


 すぐにその男と思われる者の声が届かん。これより以下が彼とのやり取りなり。


「自衛隊のポルノ小説という悪評を得たる小冊子を出したるは、お主か」と問えり。


「ポルノ小説か否かは疑問なりしが、汝の手元にある小説は我が手によるものなり。如何にして手に入れたりや」


「ある友人から入手せり」と我は答えたり。


 すると彼は、「多くを友人に配布したる由縁に、その一冊が汝の手元にありしか」と、すぐに納得せり。


「如何なる所存でかくなる小説を出したるや。窮鼠猫を食むという心境なりか」と、知人から聞いた説明を加えて問えり。


「窮鼠猫を食むと言う言葉が当てはまるかどうか不明なりが、苦しみ抜いた結果の選択なり。今も後遺症に苦しみ続けたる大事なり。忘れたき出来事なり」


「矛盾せり、忘れたきことなら何ゆえにネットに続けざまに公表したるや。明らかに相矛盾する行為なり」


「最初はひとえに福島原発事故のせいなり。遠い昔、若き日々の話しなれど、とある原発稼働の頃に一致する時期の話なり。もともと吾が思想に絶対などと言葉を存在ぜず、自衛隊も万が一に備えるべきなりと主張せり。我の危機感に対する回答は原発事故発生時に陸上自衛隊の可能な行動は避難支援のみと回答を得たような記憶せりが、その後は多くの部隊をたらい回しにされるような日々なり。それ以降はそのようなことを話題にする状況にもあらず。もともと劣等なる身なれば諦めるしかなし。また福島原発事故以降に国内原発再稼働の一番手になりし、全国を放浪せし吾なればその後の備えについては知らず。その地を遠く離れし後に、吾がふたたび原発について言及ししは、1996年のことなり、丁度、丁度、東北地方の山形県に勤務しし頃なり。韓国において江陵浸透事件のという北朝鮮の潜水艇が韓国沖で座礁し30名ちかい北朝鮮工作員が韓国領内を韓国軍と戦闘しつつ逃走するという事件が起きたる時なり。仙台にある東北方総監部より類似の事件が日本国内で発生した場合の対応について全部隊に対して質問あり。吾は絶対などという思想はありえぬという形而上の言葉を割け、軍事的に牡鹿半島の付け根にありし女川原発などに駆け込まれた場合の対策について質問せり。東北方面総監部とは今回の原発事故に襲われし福島県も管轄せし部隊なり。また当時、吾が勤務したる山形の司令部は無関係にあらず。福島の部隊と仙台の部隊の間に位置する部隊なり。結局は吾々クラスでは結論を得ることのなき大問題なりと、その時も実感せり」


「その件と、汝の柵の中にてという小説と如何なる関係ありや」


「あの時、このような騒動なく、原発事故に備えておれればと言う後悔なり。吾の周囲は愚かな騒動の最中になり」


「事実にありしことを書きたるや」


「事実か真実かは吾も判断できぬことなり。近代国家における事実や真実は裁判所のみありと信ずる。真実か否かを知りたくれば裁判所に訴えられたし。吾が書きたることはすべて吾の脳内に起きしことや心に感じたることなりと言うしか出来ず。されど一番、腹を立てるは彼が同棲したとわめきし女性を娶った男性と同席したと感じたる時なり、それ以降、吾が人生は大きく狂いたり」と彼は語りたり。


「男女の仲は大事ことなりと我も同じ思いたり」と吾は彼に同情したり。


 彼は意を強くしたるごとく饒舌に語り続けたり。


「個人の人格破壊や病理発症にもつながりかねぬ大事であり。刃傷沙汰、社会の治安の乱れにつながりかねぬことなり。中東を地獄に打ち落としたるISなり軍事国家も原因は男女の不自然な関係から生まれた結果にあらすや。、男女関係が国を滅ぼすこともあると言う、傾城の美女という言葉もあるほどなり。軽々しく扱えるものではなきことは明確なり」


「若く血気盛んな若い者が多い柵の中での出来事はあり、騒動になりたるは明らかなり」と 吾は同情せり。


「それ以降は我の人生も大きく狂いたり。柵の中から解放されて五年余りの歳月過ぎし今では心の傷は残りたり。先述のとおり加えて福島原発事故と中国の勃興なり。我が最近、思いたる福島原発事故後に国内最初の原発再稼働に選ばれしことも関係にありたることも、我の物語に無関係にあらざるように思うことあり。電力会社も政府も我の物語を承知したるがごときに妄想せり。2011年3月11日全電源喪失直後に現地部隊や陸上自衛隊全部隊でが迅速に応をしておりせば、これほどの大惨事に発展することもなかりきと思いたることもあり。いかなる対応をしたりか知りたきと思えど、不確かなネットのみの情報のみ。我らより中国の諜報機関の方が多くを知りたるにあらずやと不安に思うこともありたり。まったく陸上自衛隊がかっての軍隊の勇敢でなきと判断されれば抑止力も一挙に失われることなり。故に危機管理、安全保障態勢の再確立を唱えるものなり。また中国の人海戦術なるもの国際的なルールを守るは限らず。犯罪的な行為で国家を破壊せんとするものあり。中国のみならずテロも恐るべきなり。原発事故のみにあらず危機管理安全保障全域に及ぶことなり」


 彼の言葉が途切れて聞こえたり。ポタポタの車の屋根を叩く大きな雨粒の音のせいやも知れず。あるいは彼の声が小さくなりつつあるせいやも知れぬ。言葉を聞き逃さぬように、全神経を心の耳に集中して聞けり。


「思春期の頃より、エネルギー問題、食糧問題、国際紛争が、すべて人口問題に関係すると人口問題に関心を持ちしものなり。人類の生存のために原発は必要な技術やも知れぬと感じおり、いたずらに原発を否定する立場にあらず。我が国にとって一番の危険な国は反日教育と人口爆発を経たる中国なりしともすでに考えおり」


「劣等なる」と汝、自らが認めたるに疑わしきかなと疑問を彼に投げたる。


 彼は弁明を続けたる。


「真実なり。国境の壁に閉ざされたりと言えど、毛沢東時代の様子やベトナム戦争終了後に起きたる中越戦争に関心を持ちたり。仄かに聞こえたる真実は人口爆発なり。今にいたり、当時の中国国内の人口政策がごときを知り得て驚愕せり。偉大な指導者の元では人口が増えるという中国古代の思想を具現するためなり。毛沢東主席を偉大な指導者であり、人口を増えねばならないという毛沢東礼賛の声と重なる理屈なり。身近に餓死者が多く出るにも関わらず、妊娠した女性を衆目の監視下におかれるごとく強引に出産を強要したるという惨いことも聞けり。大衆は愚かなり。余談なるが原子力エネルギー開発にはアイシュタインなど多くのユダヤ人が関係しており、ユダヤ人と対立せしイスラム教徒にとってはライバルが開発した技術なり。原油を生産する中東地域はイスラム教国家が多く存在したり。愚かなる者が人類に危機を追い込まん時代なり。さらに腹立たしきは最近の


きではあらざるや。腹立たしきは最近の不倫報道なり。伝統ある出版大手の某社が片棒を担ぐがごとき行為をすることなり。日本国憲法や法律に基づき裁くことは出来ざるや」  彼は感情的になりし様子にて、声は少し震えたり。


「そのことと柵の中にてという小説といかなる関係ありや」と多少の共通点を感じつつも問い、彼の怒りを宥めんとす。


「人間は愚かなり。テロや紛争や戦争を撲滅する容易にあらず。中国の人口爆発を嘲笑せるも戦前は日本も同じなり。男の子は国の宝と誕生直後から兵隊保険に加入し兵隊になる準備を始めたり」


 いよいよ激しき雨粒の音の中に彼の言葉は途切れ途切れに聞こえるようになりたり。


「遠い昔の窮鼠猫を噛むという言葉は哀れみと同情の言葉なりたり。柵の中にてという小説を出したる汝を許したる言葉とも聞く」と小冊子を借り受けし知人の声を彼に伝えたり。知人より聞きたる彼や家族の貧困について確認することにしたり。


「遠い昔の窮鼠猫を食むと表現には反論はせず。ただ今回は大きく異なれり。怒りなり。ただし個人的には未だ窮鼠という状況は変わらぬ」


 さらに彼の声は小さくなりし。かならずしも雨粒の音とは思えず。彼みずからが声をひそめしが故なりと思う。彼の心境を伝えるものなり。


「昨年、実弟が東京にてのたれ死にがごとき死にて後に 我は少し肩の荷を下ろしたり。数年で彼の受け取ることが出来る年金は未だ生活保護にて生活し続けたる母の手に渡ること思いたるが故なり」


 最後に問いたり。かの小説は現実にありしことを基に書きしかと。


 彼、曰く。


「吾にとってはひたすら小説なり、虚構なり。事実であったかどうか吾に関わらぬことなり。しかしして汝らが明確な責任追求のために解明する価値と必要性ありと判断されれば法廷なり、政治の世界で明らかにされるべし。30年前の出来事とて終わりしし事件あるいは過去の歴史にあらず。むしろこれから事故原子炉の廃炉や故郷を失いし者たちが辿る長歴史の始まりなり。吾にとって2011年3月11日の福島第一原子力発電所1号機爆発の瞬間にて一つのこと終われり。ソビエトやアメリカでのチェルノブイリ原子力発電所やスリーマイル原子力発電所の事故を体験しつつ、また国内での柏原原子力発電所の事故を体験しつつもは、原子力発電は絶対に安全なりと虚構に造り、社会を弛緩させたる集団の一翼を担いたる存在やも知れず」


 と彼は繰り返したり。


 数少なき読者諸君、彼の告白を如何に感じたるや。


「柵の中にて」という作品の出来事に出会った頃に世話になった方を口寄せする形で思いを告げています。まだご存命かも知れません。浪江出身の方だったと記憶しております。因縁深い話です。






「浪江へ向かいしこと」


 秋にはさぞや紅葉も美しかろうと思われん広葉樹が両脇に生い茂る薄暗き288号線を通り、目標地点の入りせし。目標とせし浪江の20Km前後で帰還困難地域の立て看板を目にして後は、目にする人は警備員と道路維持作業員のみ。自転車やオートバイ、歩行では通行を許可されじ。帰還困難地域を過ぎても歩く人の姿はあらじ。家に人が住みし気配はなし。腰を折り道を歩く老人すらを発見できず。人家にはすべて柵がしてあり。国道228号線以外の支線は車が侵入が出来ぬように柵で封鎖しおり。もちろん森の中に入り山作業をされる方はなしと警備員は告げたり。ただ墓清掃が綺麗に行き届き、住み慣れし故郷を追われし家族の切なさを痛感せり。あたかも除染をし管理された道路の外は猛獣が徘徊するサファリパークのようなり。一層、広大なサファリパークとして四季折々の景色を車で楽しめるサファリパークとして原発事故の真相を伝える資料館と共に観光資源として活用出来ぬかと乱暴なことを思いぬ。

 吾、高濃度汚染地帯に至れり。福島原発事故に汚染地域は間近なり。

東日本を襲いし大津波はゴジラ襲来に似たり。そして今も残りし放射能を垂れ流す原発事故現場はゴジラに似たりし。吾は、今、まさに、その横を通りし最中なり。


 無人になりし町や工場は鉄のパイプにて柵をせられ、すべての信号は黄色を点滅し続け、道路を多くの作業車が猛スピードで通り抜けて行きぬ。あたかも汚染地域を一刻を通り過ぎんがためのごとく見えたり。


 予定なき旅なれど、決して無目的な旅にはあらず。


 幾度も書きにしが、吾の心の中には思春期の頃より魔物が住みぬ。その魔物とは人口爆発なり。それを恐れつつ人生を送れり、人口爆発は有限な地球を食いつぶす魔物にして争いや戦争を誘因する魔物なり。


 その魔物は常時、心に住み着き、吾に悪さをし続け、吾を変わり者とし社会や世間との摩擦を生みにし。


 今、吾はその魔物を心の中から社会や世間に解き放ち、社会や国のあり方を世間に問わんとする状況なり。


 きっかけは中国の領土領海拡張なり。吾は思春期の頃より恐れしことが、遂に現実問題化したと思えり。毛沢東時代に中国国内で起し人口爆発は驚異なり。今、その人々を養わんがために中国は巨大な軍事力を拝見に周辺に新たな領土領海を求めんとするがごとき行動を続けざる得ず。過去の歴史においても中国の領土領海拡張はありし。しかるにそれは商業活動や産業活動などを通ずる華僑という形で新天地を拡大しつる比較的平和的な形なり。最近のごとく軍事力を背景にする行動にあらず。


 同時に東日本大震災とそれに伴う副島原発事故という日本を遅いし大不幸なり。副島原発事故は中国の南シナ海や東シナ海進出が強固になりしこととも無関係に思えず。日本や日本人は完全にかっての日本にあらざると中国に見抜かれたせいもありしとも思えたり。これまでは静穏を保つことが重要と思えりに、今は真剣に新たな危機管理安全保障体制を構築すべしと主張を続けるに至れり。むろん福島原発事故回避のために陸上自衛隊が勇敢に取り組みしおれば、そのようなことはなきはず。まだ原発事故後始末に要する莫大な経済的損失も被ることなきことなりを。


 吾は声を大にし、新たな危機管理安全保障体制を構築のためにスクラップアンドビルドを叫びぬ。陸上自衛隊の解体と隊員の航空自衛隊や海上自衛隊、海上保安庁そして国内治安維持強化の警察等の強化なり。出来るだけ多くの陸上自衛官を危機管理安全保障体制の最前線に配置することなり。原発敷地内に陸上自衛官や装甲車なども配置されておりせば1号機水素爆発まで24時間や、それ以降の事故対応は大いに異なりはずなり。あるいは阪神大震災以降、震度5強なる揺れの地震に際しては陸上自衛隊の現地部隊は自動的に出動できるむねの通達もありし。当日は平日なり多くの隊員は勤務しおり、連絡員の派遣、通信網の構成、夜間作業の準備など基本的な支援はできずか。福島原発事故の教訓なり。もちろん適任者を選抜すべし。また古き器に落ちぶれし陸上自衛隊に頼らず、新たな器に新たな任務に相応しい酒を盛るべし。


 むろん2011年3月11日から12日にかけて国家として最善の処置を逃した理由を明らかにすべし。損害の甚大性から、その価値のある大事件でありしはず。


 昨夜は静かすぎるとある町の運動公園で今夜は休みぬ。


 あの日、慰問に訪れし元首相の首を捕まえ、もう帰るのかと怨嗟の怒鳴り声を上げし者たちが避難したる場所だと後日知れり。幾百名の避難民が狭き体育館に避難せりと聞く。


 口を濯がんとし、水場に行くと体操服を身につけし先着の若い3名組の男女に会いぬ。


 不安気によそ者の老人に眺めぬ。髪の毛を白く染めし若者たちなり。一言、二言言葉を交わしたるが原発被災地から避難をして来て住み着きし若者だと知れり。昼、散歩を楽しみし同年配の老人と雑談せしおり、老人の嘆きを聞けり。


 東京のディズニランドに孫を連れ遊びに行ったおり、福島ナンバーの車とて、スプレーで「東京に放射能を持ち込むな」と車のドアに落書きをされたと嘆きににけり。日本人はマスコミで報道されているように良き民族ではあらずと嘆きけり。汚染地域より町に避難せし3名の若者を目にし、町に住む者同士も悲しい目で互いに見つめ合っているのではないかと考えたり。


 彼らと別れた後は地球温暖化の危険性を報ずるNHKのスペシャル番組を鑑賞しつつ、明日の予定に思いをはせたり。


 決して福島原発事故は他人ごとにあらず。


 1号機水素爆発をテレビで目にしおり、鹿児島川内原発で起これば良かりを思わず悪魔のごときことを考えし。妻や子を2年前の選挙惨敗騒動から鹿児島に避難させた時期にも関わらずなり。30数年前のことなれど、熊本にありし部隊が鹿児島川内原発の稼働に合わせるがごとく鹿児島川内に移駐せることになれり。自分も家族が多く住みし地元に帰り家族の整理をしたきと思いしが叶わぬことになりし。その時期に世話になりし大隊長なる人物が浪江の出身と記憶せり。川内原発稼働に際し、絶対安全なるということはなかりしと真剣に備えるべきと主張せり。大宮にありし陸上自衛隊の化学学校にも入校し資料を集めんとせん。吾が申し出は細やかな波紋を描けりしがごとく思えり。先述せし浪江町御出身の上司より回答を頂きぬ。その当時では避難支援は可能なりという回答なり。


 心に住みし魔物とも別問題にあらず。


 防衛大学校入校後の専攻を国際関係論、管理学など文系に希望せりをうまくいかず、原子力エネルギーなどを勉強する応用物理学に籍をおくことになれり。卒業論文に放射能研究を選択したいと望めど、その望みも叶わず。陸上、海上、航空自衛隊への道を決める際にも航空自衛隊、海上自衛隊を希望せるも叶わず。吾が不完全で未熟なるが故なり。周囲の配慮がなりしと思う。すべて魔物と対決がせんがために最善の道と思いし希望なり。


 やがて静穏を保つことが、吾らの役割と考えぬ。そして押し黙ることこそ吾の仕事と思えぬ。それが出来るようになつたことで吾は自らを大人になったと思いぬ。もちろん、わずかばかりの心の平安を乱しぬこと起これり。民主党の政権奪還なり。民主党が掲げる新生児増加のための子ども手当に創設に異論を唱えるべき、ある政治家に近づきぬ。そして吾が主張の一端を伝えぬ。あるいは彼らが騒ぎし国家の危機的な状況に不安を怯えたり。それでも2009年に定年を迎えたり。


 防衛大卒業の定年3等陸佐という階級なりしが、個人的には階級など意識はせぬが、家族のことを考えたる時に複雑な思いを抱きたり。選挙に出馬して散々たる結果で息子は妻は鹿児島に返しぬ。自らは倉庫でアルバイトをし日銭を稼ぎぬつつ暮らしおり。それから二年を経ぬ2011年3月11日の福島原発1号機全電源喪失をテレビのテロップ画面を知れり。その夜もアルバイトなりしが、夕刻に大津波の様子のことは知れり。テロップ確認後、思い付く手段で代議士を励ましたりが、如何なる事情があると言え、すでに自衛隊は全力で事故回避に努めたりはずと期待しつつ朝を迎えたり。


 しかるに3月12日昼過ぎに1号機は水素爆発が起これり。


 それ以来、水素爆発までの約24時間の防衛省陸上自衛隊や行政機関の対応について把握せんと努むるに資料はなし。断片的な資料を集め、推測と想像で個人的に納得できる結論を得るしかあらず。


 同時に東シナ海方面での中国人民解放軍の動きを知るにつれ、吾は心に住みにし魔物を世に解き放たんと決心した次第なり。それが繰り返し綴る現状なり。


 如何ともならぬことなりか。ここに至るまで他に道はなきにか。


 しかし今後のことを考えるに至急、改善を要するは明らかなり。しかも特に2020年の東京オリンピックまでに改善すべきことなり。今は自己の自衛隊退職時の階級など問題にせじ、陸上自衛隊の全面的に解体と国の危機管理や安全保障体制の再構築を求めんがためなり。戦前なら、かくような主張をせし者は闇に葬られているやも知れぬ。吾は、今でもそのような不安を感ずることがあり。家族と離れて車で移動をしながら書き続ける故なり。


 吾が浪江に向かいし目的は遠い昔に聞きし浪江の町を見んがためなり。これまで恩人と呼ぶにふさわしい方に出合いたり。その中での大きな恩人なり。心にもう少し他にやりようがなかったかという恩人の声が胸に思い浮かびたり。「柵の中にて」という作品に関係することなり。工事を終えて部隊に戻りし時に、恩人は吾にそう問いたり。吾にとって心苦しき記憶なり。30年過ぎしも今も焼きつきたる面影はぎょろ目、頬にエラの張りし面影なり。吾より16歳年上にて防衛大学校の5期生なり。彼らの5期生いうグループは自らをゴキブリと称し、豪傑が多く、町のヤクザも一目、置き、彼らに道を譲ったという伝説的な期なり。彼が浪江に縁のある人物であったことは間違いあるまい。彼とのやりとりから、彼が生まれし浪江の近くにも川内と書き、センダイではなくカワウチという呼び名の町がありしことを教えたり。また辺りは終戦後に大陸から引き揚げてたる者たちにより開墾されて土地であるとも教えられたる記憶あり。


 彼に最後に会しは、韓国内を多数の朝鮮兵士が逃避をする事件が起こりし江陵浸透事件という事件が起きた直後なり、吾は山形の神町駐屯地に勤務しおり、仙台の上級司令部より、かくなる事件が日本で起きた場合の対応を考え各業務に応じ報告するように対応を指示あり。吾は女川原発付近一帯の森林に逃げ込まれたおりの土地収用に意見を述べたり。頭の中では東シナ海に面する鹿児島川内原発のことを思い浮かべたり。ただ純粋に軍事的な見地のみで意見を伝えたり。山形の神町の部隊も仙台の部隊も今回の福島原発事故回避の初度対応時に真っ先に出動せざる部隊なりき。吾が体験するに東北地方は真面目な隊員が多き地方なり。


 鹿児島川内原発再稼働をせしが、多くの市民、県民は反対するところなり。しかるに吾は思うに、個人的な思いなれど、30数年の前の一部の隊員の不道徳な騒動や行為が原罪となり、他の原発再稼働せずととも国内で唯一稼働する実験炉として位置づけられ、稼働を続けられるやも知れぬと危惧せり。


 今、吾は2011年3月11日に関係せし全隊員に同じことを聞きたし。

「他にやりようはんかりしか」と。

 それ以前に世間で伝わりしことは真実なりしかと問いたし。

 すなわち吾がネットで知りたるまとまった情報は以下のとおりなり。

 3月11日18:45(6時45分)福島の44普通科連隊の80名が福島第一原発のオフサイトセンターに向け出発。19:03(7時3分)原子力緊急事態宣言発令。1930分(7時30分)原子力災害派遣命令を受け、大宮駐屯地の陸上自衛隊化学防護車を福島第一に出動。22:15(10時15)自衛隊80名が現地到着(※ 18:45に出発した44普通科連隊と思われる)。


 3月12日03:35(3時35分)中央特殊武器防護隊(朝霞)の先遣隊2名がオフサイトセンターに到着。04:50(4時50分)44普通科連隊約50名が原発地域で電源運搬支援を実施。44普通科連隊約50名がオフサイトセンター周辺で救護活動を実施。第6化学防護隊(郡山)の約10名が駐屯地を出発等々なり。


 吾が知りしは、07:11(7時11分)菅前首相がヘリで福島第一原発視察(到着)し、報道陣のみならず国民全体の嘲りを受けたることのみ。その際には駐屯地の赤い消防車が事故現場に到着せり。おそらく原発事故事故対応のためにあらずして菅直人元首相のヘリコプターの着陸支援のためにあらずやと想像せり。その姿を見て異様に感じたり。歴史に残る大事件であり、虚構が許されることにあらず。誠あらざれば二重三重の犯罪なり。税金泥棒と国中から罵声を投げかけられても言い訳できぬ仕儀なり。


 窓ガラスの向こうには柵の外した家屋や事業所を少なからず目にするようになりにし。人影は疎らなりといえど営業せるガソリンスタンドもありたり。ふと昨夜、休みし運動公園で出逢いし3名の若者を思い出しぬ。避難をし住み着きにしと打ち明けたりが、それ以上は聞かねど、このあたりを故郷にしする若者でなかりしかと勝手に想像せり。いつか彼らが、このガソリンスタンドで仕事をせし日が来るらん。


 吾、魂魄を口寄せをせじ。彼の他に多くの恩人おりたり。


 教師、小説家などと多し。すべて徒労に終わりし人生なりしがが、黄泉の国で相まみえんと思うのみ。



2016年秋 某所にて


 

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