私の本気の体臭は700000パルファムです

ちびまるフォイ

トイレの芳香剤

「はい、それじゃ検臭しますねーー」


「けんしゅう!?」


入り口に立っていたスタッフは、

俺の眉間にスメルガンをつきつける。


「あ~~ダメですね」


「ダメ?」


「あなたの体臭が既定値越えてるんですよ。

 これじゃ電車は使えませんね」


「待ってください!

 これから大事な仕事があるんですよ!」


「あなたの体臭で気分が悪くなる人が出たらどうするんですか!」


「俺はあなたのせいですでに気分悪いですよ!」


「ちょっ……強引に通らないで!

 警備員! けいびいーーん!!」


電車の改札を強引に抜けようとしたところで、

臭害警察に逮捕されてしまった。


「ほら、早く白状しろ。

 本当は電車で匂いテロしようとしたんだろ」


「違いますよ! 俺はただ……」


「うそをつけ! この牛乳雑巾をまたかがされたいか!」


「ひぃぃい!! でも本当なんです!」


「いいや、お前は匂いテロを起こそうとした!

 そうだろ! 認めないと、使い古しのふんどしをかがせる!」


誤解は解けたものの、仕事はクビになった。


「はぁ……なんでこんなことに……。

 こうなったらやけ酒だ……」


酒をしこたま買ってやろうかとコンビニ寄るが、

自動ドアがまったく反応しない。


「あれ? 店員さーーん! このドア壊れてますよ!」


ガラスの向こうでジャンプする不審者を見つけ

店員が店からやってくる。


「店員さん、このドアが動かないんです」


「そんなはずは……くさっ!!!」


「えっ?」


「このドア、一定以上の匂いがある人を弾くんです。

 お客様……いえ、お客じゃない様はご来店できません」


「なんで!? 匂い差別だ!」


「あなたこそ、匂い特別法を知らないんですか!?」


匂い特別法とは一定以上の悪臭を持つ人に対し、

様々な行動を制限できる法律だということを知った。


「そんなに臭いかなぁ……」


家に戻ってから自分の体臭を確認する。

コンビニ店員の営業スマイルを瞬間的に歪ませるほどの攻撃力があるはずだが、自分ではわからない。


そこで匂い病院で自分の状態を確かめることにした。

体臭ドックのスタンプラリーが終わるとカルテが渡された。


「で、先生。俺の匂いってどうなんですか」


「もはや兵器ですね」

「そのレベル!?」


「たまにいるんですよ。人間の体臭リミッターが

 バカになってしまっている人間」


「そういう人が来たら、先生はどうするんですか」


「自殺か他殺かのどちらかの希望を聞いています」

「のっけから治療する気はないんですね」


「もしくは、体の表面から体臭が出ないように手術します」


「そんなことできるんですか!? ぜひお願いします!」


「ではこちらへどうぞ」


緊急体臭手術が行われた。

麻酔から目覚める頃には体臭が失われていた。


「手術は終わりましたよ。いかがですか?」


「あまり変わって気がしませんね。

 もともと自分の体臭なんてわからなかったですけど」


「手術前は悪臭値が1000パルファム合ったものが、

 今は0パルファムになっていますよ」


「すごい!! ありがとうございます!」


すっかり自分の体臭が消えたことが実証された。

これでなに不自由ない生活ができる。


「自由祝いに今日こそ飲むぞーー!」


居酒屋を見つけると意気揚々と足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ。何臭さまですか?」


「1名です」


「人数は見ればわかります。

 お客様の所持体臭値はいくらですか?」


「は? えーーっと、0パルファム?」


「でしたらお通しできません。お引取りください」


「ちょっ、待って待って! なんで!?

 悪臭があるならまだしも、俺は無臭ですよ!?」


「お客様、"いい匂い特別法"もご存じないんですか?」


「悪臭の人には行動制限がつく、とかいうやつですよね」


「それは古い法律です。法律が更新されて

 いい匂いの値に応じて特権やサービスを受けられるんです」


「なんでそんな差別を!?」


「今じゃ悪臭をしないのが当たり前。

 いい匂いを持っている人を優遇するのは当たり前でしょう」


「美男美女のカップルにはテラス席をあてがうみたいなことを……」


「悪臭はもちろんですが、

 良臭が200パルファムにも満たない人はお断りです」


「それなら、これはどうだーー!!」


俺は持っていた香水の瓶を頭で叩き割った。

雨のように降り注ぐ香水を全身にあびる。


「これなら良臭200パルファムを越えたろ!?

 もう差別は出来ないぞ!」


「いえ……0パルファムです」


「うそつけ!?」


店員の持っている匂い検知器を奪い取る。

間違いなく表示は0パルファムになっていた。


「そんな……どうして……!?」


居酒屋どころではなくなった。

ふたたび匂い病院へとんぼ返りする。


「先生聞いてください!

 なぜか香水をふりかけても匂いがつかないんです!」


「ああ、そりゃそうでしょう」


「先生知っていたんですか!?」


「あなたがやった手術を正確に言うと、

 "体からの匂いを吸収する手術"なんだ」


「悪臭を消してくれるんじゃないんですか!?」


「君の体からは依然として悪臭は出続けている。

 しかし手術により皮膚の表面から匂いを吸収し

 外に匂いが出ないようにしているだけだ」


「それじゃ体の表面に香水を塗ったところで、

 匂いを吸収するから意味ないんですか!?」


「まあそうだね」


「これから俺はどうすればいいんですか!

 手術しちゃったから元には戻れないし、

 でもいい匂いじゃなければ生活も出来ない!」


「当医院で協力できるのはこの薬で自殺するか、

 それとも私が痛みなくあなたを殺すかです」


「自殺も他殺も選びませんからね!!」


まさに八方塞がりだった。


普通の人なら匂いを自分につけて生活できるが

手術により匂いが吸収されて0パルファムになってしまう。


この体では電車にも乗れないし、店にも入れないだろう。

まして就職なんて夢のまた夢。


「先生……ひとつ聞いてもいいですか。

 匂いをつける手術は可能ですか?」


「言っただろう。君の皮膚が匂いを吸収する、と。

 後付けで皮膚に匂いをつける手術をしても意味はない」


「皮膚以外だったら……?」


「君、なにを考えとるのかね」


医者の同意のもと手術が行われた。


術後、ついに俺は匂いを手に入れることができた。



「ちょっと今すれ違った人の匂い……!」

「なんて素敵な香りなのっ!?」

「面接に来た人かしら!?」

「うちの会社に入ってくれないかしら!」


面接を待つ控室の扉越しに社員の声が漏れ聞こえる。


「それでは面接番号931の方、どうぞ」

「はい」


会場に入ると、俺の匂いで部屋が満たされる。


「な、なんて素敵な香りなんだ……!」

「650000パルファム!? 化け物か!?」


この時点で内定は出ているようなものだった。

面接がただの形式的な儀式になった。


「君はなんてパルファムを持っているんだ……!」


「本気を出せば700000パルファムまでいけます」


「なんだって!? そんな人間がいるとは!!」


面接官は驚きのあまり鼻の穴を大きくした。


「経歴にはいくつか手術をしたとあるが……」


「はい。もともと私は悪臭が強かったんです。

 悪臭を消す手術と、匂いをつける手術をしました」


「プラスマイナスでゼロになりそうな組み合わせだね」


「手術箇所が違うんで問題ありません」


「手術箇所?」


なおも手術に興味をひかれた面接官を、

ほかの面接官が「まあまあいいじゃない」と遮った。


「しかし、驚いたのは君の職歴だよ。

 うちの会社の前はIT企業なんだって?

 ずいぶんと振り幅の大きい転職だね」


「この会社でこそ自分の良さを活かせると思ったんです」


「うちの会社は匂いに関しては敏感でね。

 自分の体臭を消してしまったら、

 匂いに対して鈍感になってるんじゃないか?」


「いいえ、そんなことはありません」


「うちの会社はオムツの匂いテスト会社だよ?

 オムツから匂いが漏れているかどうかを

 確かめる会社で君は戦力になるのかね」


「すでにそれは証明済みです」

「どういうことだね?」


俺は立ち上がった。


「私からいい匂いが出ていることが、

 なによりの証明になるでしょう」


面接官全員が手術で得たいい匂いの源を理解した。

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