第4話 バディになった私

「愛莉……。母さんがお前を選んで、お前が無事生まれて来てくれたことには、きっと大きな意味がある筈だ。だからお前は母さんの分までも元気で、自分の人生を悔いなく生きていきなさい。お前の人生が誰かを助ける事に貢献出来ると良いね……」


私はHMDS(Helmet Mounted Display System)のモニターに映る全天の視界を見渡しながら、ふと父が何度も言っていたその言葉を思い出していた。あの父の言葉が在ったから、私はこの仕事を選んだんだ。


「マノン! 高度が下がっているぞ!」


私のタックネーム『マノン』を呼ぶその声にハッとした。それは編隊リーダー高井一尉、タックネーム『シャイン』の声だった。


高度計を見ると百フィートも下がってしまっている。私は直ぐに高度の修正を行い、FL300高度3万フィートをマッハ0.9で巡行しているリーダー機の左後方に着いた。


「シャイン、ごめんなさい。戻りました」


「ボーっとしてたな……、気を付けろ。マノン、川上愛莉三尉。もう直ぐ訓練空域だ」


「了解」


今日は初めて僚機バディとなった、高井一尉とのACM空戦(Air Combat Maneuvering)訓練を実施する予定だった。この為、私達のF35BJ二機は石川県の小松基地を離陸して日本海上のG訓練空域に向かっていた。


私は防衛大学を卒業すると航空自衛隊に任官され三年の訓練期間を経てF35BJのパイロットに任命アサインされた。

配備されたばかりのこのF35BJへの新人の配属は異例だったけど、私の中等訓練での成績がダントツのトップだったことから、私は小松基地の第308飛行隊へ配属され最新のF35BJに搭乗する事が出来ていた。


そして私は配属されてまだ半年にも拘わらず、基地の代表として来年の六月にアラスカで開催される空戦演習レッドフラッグの参加メンバーに選ばれた。


この私の代表選考は、前を飛んでいる小松基地のトップガン高井一尉シャインたっての希望だと聞いた。

小松基地には私よりも腕の良い先輩パイロットは数多くいらっしゃるのに何故……? 


「どうして……私を……? 高井一尉は選んでくれたの?」

そう疑問を抱きながらも、私は高井一尉シャイン僚機バディに選ばれた事を素直に喜んでいた。


高井一尉を空戦ドッグファイトで倒せるパイロットはもう小松には誰も居ない。つまり彼は小松基地のトップガンだ。その上、彼は身長百九十センチの長身で甘いマスクを持ち、その容姿も私の完全なストライクゾーンだった。

だから私は密かに高井一尉シャインに憧れていた……。


彼とは何回かシミュレーターでの空戦ドッグファイトをしたことがある。本当に一度だけ彼の背後に肉薄したけど、私は全く彼の相手にはならなかった。

そんな私を高井一尉シャインはどうして選んだのか? やはり大きな疑問だった。


私は僚機バディ間の光通信回線を開いて、高井一尉に声を掛けた。

「高井一尉、シャイン。質問しても良いですか?」


直ぐに彼の声が無線に帰って来る。

「どうした? マノン?」


「一尉はどうして私を僚機バディに選んだんですか?」


少しの沈黙の後、彼の声が聴こえた。


「……第一の理由は機密事項トップシークレットだ。答えられない。第二の理由は……」


「……第二の理由は?」

私はステックを握る右手の力を強めた。


「俺の勘……だ」


「へっ?」

その言葉に私はガックリして、力を込めた右手を動かしてしまい、機体を左右に揺らしてしまった。


「マノン! また、不安定になってるぞ!」

「はい!」

私は慌てて、再び機体を安定させた。


その時だった。管制センターからの無線が私の耳に聴こえた。


「シャインリーダー、こちら横田CCTだ。訓練エリアは君達の占有だ、模擬空戦を許可する」

その声と同時に、HMDS内に模擬空戦を許可するガイダンスメッセージが流れた。


再び高井一尉シャインの声が聴こえる。

「マノン、ACMを始めるぞ。良いか?」


「はい」

私はそう短く答えて問題ないことを彼に伝えた。

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