第3話 突然の事故

その時だった。僕の耳に『キュルキュル!!』という激しい音が聴こえた。

僕がその音の方を振り向くと、老人の運転するシルバーのセダンが暴走しながら、真っ直ぐ加奈に向かっている。


「加奈! 危ない!」


僕が叫ぶと加奈は暴走車を振り向いた。

でもその時はもう避ける時間は残されていなかった。彼女はお腹をかばう様に車に背中を向けた。


その瞬間は全てがスローモーションの様に感じた。車は加奈をボンネットで跳ね飛ばすと、勢い良く、駐車場の壁に衝突した。


そして跳ね飛ばされた加奈は宙を舞って頭から地面に叩きつけられた。


僕は加奈に駆け寄った。彼女は頭から大量に出血している。

「加奈! 大丈夫か?」


僕が声を掛けると、彼女は虚ろな目で僕を見つめている。

「……た……隆文……。わ……私より……、あ……あかちゃん……助けて……」


幸いな事に病院の敷地内であったことから、加奈には直ぐにMRIによる検査が行われ、緊急手術に入る事になった。


「奥様は頭蓋骨を骨折しています。また子宮内にも大量の出血が見られます。まずは母体を優先して処置をする事で宜しいですか?」


担当の医師が僕にそう確認した。僕は大きく首を振った。

「娘から処置をお願いします。……妻もそれを望んでました……」



手術は五時間に及んだ。妻の子宮から取り出された娘は瀕死の重傷だったが一命をとりとめた。

しかし加奈は助からなかった。


ICUの保育器の中で包帯に巻かれた姿で眠っている娘を見つめながら僕は大粒の涙を流した。あの幸せな時間が一瞬にしてこんな悲劇になるなんて……。


本当に小さな娘の寝顔を見ながら僕は呟いていた。

「……愛莉……。加奈が自分の命を犠牲にして君の命を選んだのには……、きっと大きな意味がある筈だ……。僕はそう信じている……」


僕は保育器の前に膝を付き、天を仰いで男泣きした。

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