第6話 逃走、脱兎、お付き合い

俺が彼奴を拒絶してから、数日間。

彼奴は此方に顔を見せなかったし、俺も彼奴のもとへは行かなかった。


これで一安心、そう思っていたのに。





「........苦しい」


苦しくてしかたがない。


元々自分の撒いた種だったが、何故だか心の中で肥大化してどす黒くて汚い、重い何かが咲いてしまいそうなくらいだ。

根っこから引っこ抜けたら楽なのに。



「晶久、どうしたの?暗い顔して....らしくない」


朝から今現在、放課後まで考え込んでいる俺を気にかけて声をかけてきたのは逸人だった。

相変わらず面倒見がいいなぁ。


「なんにも...なくもねぇけど、俺にも分からないから困ってる」


本当、俺はどうしてしまったんだろうか。


「........神宮寺のこと?」


こういうときだけ勘が鋭いのは狡くないかね、幼馴染み君よぉ....

昔から空気は読めても他人の感情に疎いくせしてたまにこういう鋭いことを言ってくることがある。普段は鈍感の権化のような性格のため中々無いが、ごく稀にされるそれはかなり此方の調子が狂わされる。


「当たりぃ、ほんとお前そういうのだけは当てるよなぁ。」


はは、と乾いた笑いを溢す。


「そりゃあ、最近あれだけ意識してたからね。流石に嫌でもわかる」


ああそうだ、逸人は何時も隣に居たんだった。

すまんすまん。


「うげ、そんなに態度に出てた?....やだなぁ、本当。近くても遠くても不便だ」


近すぎると感付かれ、遠すぎると相手が見えない。

狩り、ストーキング、監察、恋愛

その一点に関してはこの4つが当てはまるのがまた難儀なもので。


本当は一年の頃から神宮寺のことを見ていた。なんなら同じクラスで、一度は隣の席になったくらいだ。


ただ純粋に、あの少年がどう成長したのか、どんな性格になったのか知りたくて話してみたかった。


一年の頃の俺は、まだ髪も伸ばしていたし、もしかしたら気付いてもらえて会話が出来るのではと淡い期待もしていた。

だが気付いてはもらえなかった。


まぁ無理もないと思う。


だって俺、髪は長くても体格が良くなっちまったし、声も低くなったし、首から上だけ見れば小綺麗だったかもしれないけど流石に"かわいいあの子"には似てもにつかなかったことだろう。


ああ、もう俺はこいつに昔の事を話の種に話し掛けることも話し掛けてもらうことも出来なくなったのか。

そう思って長かった髪も思いきって短く、慣れないコンタクトもやめて眼鏡に戻した。

なのに何で今更。


「....晶久は、神宮寺のことが嫌いか?」


そんなわけないじゃん。


「じゃあ、好きなところはある?」


顔と、あの皮肉れた性格。


「なら、駄目なところは」


全部。


整った容姿も、難があるくせに以外と話しやすい性格も、気付いて欲しいときに気付いてくれない絶妙な鈍さも、全部駄目。

許したくなるから駄目だ。


「........それをさ、言えばいいんだよ。本人に。もやもやして苦しいのが嫌なら、早く話して解決してきた方が楽。」


............。


「ほら、神宮寺はその気みたいだし」


その言葉に首をかしげる俺に、逸人は後ろを向くように促す。

そこには彼奴がいた。


「....何で来たんだよ」


自然と言ってしまっていた。

神宮寺の姿を見てしまうと余計に苦しくなってしまう。


帰れよ。


過去の俺ばっか追って、俺を見る気ないなら此方に来ないでくれ。


「お前と、話をつけに」


これ以上聞きたくないつってんのにか。

ああもう、逸人。助けてくれ。今こいつを視界に入れたくない。

でも、逸人は俺に早く行けと言わんばかりの目線を送ってきている。

無慈悲。


「この前は悪かった。俺も冷静さが足りなかったんだ....許せとは言わないが、もう一度だけ落ち着いて話をしたい」


嫌だ、と口を開こうとしたが逸人に止められた。


「晶久、行ってこい。このままじゃずっともやもやしたままだ」


....そうだよなぁ。



「.......少しだけだぞ。」


決心ではないものの、確かに逸人の言葉には一理ある。というかド正論だ。

ぶっきらぼうに言葉を投げて気だるげに立ち上がった俺の手首を掴んだ神宮寺は、徐に何処かへと歩きだした。


「ちょ、神宮寺!何処まで行くつもりだ」


「この時間人気がない場所なんぞ決まっているだろ」


「決まってはねぇと思うなぁ!出来れば目立たないところでよろしく」


冗談を言えるくらいには落ち着いてきた。

よし。


「じゃあなんだ、屋上か?それとも特別室?....ああ、俺の部屋も人気はないな」


「最後以外で」


即答。

神宮寺の部屋とか心臓に悪すぎる。


数日前からの険悪な雰囲気を感じさせない冗談の掛け合いをしながら、結局辿り着いたのは学園の屋上。

あらまぁ放課後の屋上とはロマンチックなことで。


「で、話をつけるにしても何から話すわけ?俺からは勘弁だぞ」


掴まれていた手を振りほどき、仁王立ちで腕を組む。あくまでも強気の姿勢を保つことが最後の精神的砦のようなものだ。


「それは、...俺から話す。」


「勿論。そうして?」


どちらから話してもどうにもならない気はするけども。

焦り、不安、慌て、そんな感情がごちゃ混ぜになったかのような神宮寺の顔はご褒美に等しいが、これから何を言われるのかと考えると気分は悪い方へと傾く。

あぁ、面倒くさい。


言いたいことが纏まったのか神宮寺はゆっくりと口を開いた。


「....先日は、本当にすまなかった。俺のことばかり考えて、いきなり言い寄られるお前の気持ちを微塵も考えていなかった。....すまない」


「そうだな、あれは配慮に欠けてた。俺の気持ちもしっかり考えてくれ」


そうだそうだ。


「ああ、だからここ数日考えたんだ。」


だから何を。


「俺はずっと昔のお前に執着していた。素直に可憐だと感じた容姿の記憶と子供ながらに皮肉れた俺の素のままを見てくれたと喜んだ感情を今の今まで引きずってきていた。成長してさぞ可憐な、それこそお前の弟のような姿に育っているものだと勝手に考えていた」


「ああ、うん。俺もそれは思ってた。可愛いまま育てるもんだと信じてたな」


だからなんだって話だけども。


「でも、実際俺が探していた"あの子"は篁で、なんなら近くにいたし毎日のように顔を会わせているじゃないか」


そりゃあお前の顔見たさでこんな大層な役職になったんだ。顔を見れなきゃ意味がない。


「だからなんだ、幻滅でもしたのか?」


かわいいあの子はこんな奴に成長していたわけだが、抱いていた幻想は崩れたろうに。



「いや、全く。」


........は?


「確かにあの子は可憐な容姿だったが、惹かれたのは物怖じしない姿勢と大人とは違う素直さだ。別にお前は容姿だって優れているし、俺に対して物怖じするどころか煽り三昧。見方を変えれば素直とも取れる。」


????


こいつは何を言いたいんだ?


「本質的にはどこも変わっていないのに気付かなかった自分が恥ずかしいくらいだ」


ちょっと待て、待て待て待て。


嫌な予感がしてきた、と俺は表情を引き吊らせる。


「待て、神宮寺。昔の俺と今の俺はだいぶ違うからな?ほら、あの頃は俺も自身あるくらい可愛かったとは思うけど今は面影なんて無いし、子供の素直さと俺の素直さは別だろ」


焦りが早口となって口から出た。


「今も昔も話していて心地いいと感じるのは変わらん」


お前煽られて心地よく感じてたの?????


「....昔から媚びられるのが嫌いだったんだ。大人も子供も同級生も、皆格上の家系には媚びへつらってばかりで個人を見ようとしないだろう?でもお前は昔から対等に会話をしてくれている。煽る煽らないじゃなく、そこが楽で心地よかったんだ」


「それは、....」


否定しようにも上手く返せなくなってきた。

どうする、どうしたら俺はこいつの言葉を止められる?


「その心地よさが好きだ」


........おうふ


「篁と口論するのも、対等な友人軽口が叩きあえているようで好きだ」


そこはまだいい。


「なら友人にでもなればいいのか?」


そうだと言ってくれ。


「違う。」


違った。

あぁ、くそ、友人でいいだろもう。


そう思う俺の考えとは真逆に否定をする神宮寺。

友人で満足すりゃいいじゃないか。


なんとも言えない感情を抱えて神宮寺の顔を見ると、これまでとはまた違う表情をしていた。

真剣な、でも照れているような、不思議な表情。



この顔好きだなぁ。



「....お前の性格も、容姿も、話しやすさも全て好きだと改めて気付いたんだ。」


晴れてるから太陽の光が当たって、神宮寺の金髪が更に綺麗に見える。


「....おう」


「だから、」


あー、黒目と金髪の相性いいなぁ。

綺麗だ。


「俺と付き合ってくれ」


なんて、こんな完璧な容姿とスペックを持つ人間に言われる子は幸せだ、ろう............あ"?


「はい?」


これは許可じゃない、疑問系だ。


「だから俺と付き合ってくれと言ってるんだ」


「なんで?」


「俺の話を聞いてたか....?」


いや、聞いてたけどそんな流れだった?

....そんな流れだったなぁうん。


「聞いてたけど、それ友人でもいいだろ」


違うの?


「友人より近い距離にいたい」


ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"


どうしよう、顔がいい。

顔がよくて断れない。

その顔は反則。

やめろ此方見んな。

いや嘘ついた、見てたい。



「神宮寺の顔を近くで見てられるなら付き合うのも良いかもしれないなぁ....」



再認識したことがある。

神宮寺は俺が好き。

俺は神宮寺の顔に心底惚れ込んでる。

でも神宮寺は顔や家柄だけを見る奴が嫌い。



「....俺はお前が嫌いな、お前の顔....上っ面しか見てねぇ人間なのにそれでいいのか?」


そう、俺はこいつの顔しか見てない。

断じて本人は好きではない。

容姿だけを求める奴は嫌いだろう?


「それでいい。理由は.......まぁ簡単な話だ」


「はぁ?お前なぁ、言ってることが滅茶苦茶だぞ?」


それでいいのかよ、と俺は眉を寄せる。

なら俺じゃなくても良くないか、と。

こいつが言えば気兼ねなく話せる奴だっていくらでもいると思う。


「まぁいずれ分かる。分からせるから覚悟しといてくれ」


はぁ?


流石にそれは狡いだろう。

言い逃げじゃないか!

なんだよそれ、と顔をしかめた俺を見ながら神宮寺は愉しそうに笑っている。


「そんなことよりも、俺と付き合ってはくれるんだな?」


「は、いや、そんなこと言ってな....」


「"神宮寺の顔を近くで見てられるなら付き合うのも良いかもしれないなぁ"って言ったのはお前だぞ、篁。聞き逃してはいないからな?........別に好きになれとは言わないが特別扱いはさせてもらう。そのかわりと言っては何だが、お前の好きな俺の顔を好きなだけ特等席で見れるようになる」


どうだ?と言わんばかりに普通の人間相手に言えばひっぱたかれそうな台詞をつらつらと並べる神宮寺。

だがその言葉は悲しいかな、俺の心にはクリーンヒットしてしまった。


神宮寺の顔を特等席で見れる


なんだそれ天国か。

悩む。

断らなければ最高の対価。

断れば何も無し。

となると自然と前者に俺の心は傾き、



「あーーーーーーー....言ったような、言ってないよう、なぁ....?まぁ、うん、あれだ、............お付き合いするつっても健全なのにしてくれよ」


精神的な最後の砦は自身の中の最高峰の報酬で誘惑され、結果として神宮寺との交際を言い逃れじみた了承を下したのだった。

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