第5話 篁と篁と神宮寺

神宮寺side


あれから3日、とくに何事も問題はなく篁と俺との仕事は進んでいた。

元々年度が変わったことで仕事が多かったのもあるが、編入学についての書類も今年は多かったがために職員が処理した後、生徒会と風紀へと回される書類が増えていたのだが、ここまで忙しいと慣れてくるのが人間というものらしい。

だが、今日は違う。

何時も通りの速度で処理していたと思っていたが今日は普段より早く作業が終わった。


早く終わった物はそのまま早く奴に届け、お互い渡さなければいけない書類を渡し合う。後からまた渡しに行くのは面倒だからと、どちらかが相手側の方へと届けるときは纏めて持っていけるだけを両手に抱えて持っていく。


生徒会室から歩くこと数分。風紀委員室前。

何時もならノックをしてすぐに扉を開けるのだが、思わず手の甲が扉に当たる前に手を止めてしまった。


知らない声がする


別に特段分厚いわけでもない風紀委員室の扉は、話し声は兎も角、大声の手前でも扉を通して廊下へと響かせてしまう。

前に篁に限らず役員の声が筒抜けだったこともあって現在取り換え検討中だ。


そんなことより。

篁のものでも、篠崎のものでも、他の風紀委員のものでもない声が風紀委員室から聞こえてくることが問題であって。

通常役員の会議室に入れるのは役員だけ、入れるのも特例じゃない限りは駄目だ。

それにあの風紀委員長の性格からして無関係の生徒を入れることはしないだろう。


疑問が最高点に達した時、俺は扉を開けた。



「晶久君が勿体振るから気になるんですからね!」


「ヒナは知らなくていいんだって!!」


そこには似たような色合いの二人の男が言い争っている姿があった。

直ぐに俺に気付いた篁は慌てたように表情を取り繕ったものの、もう一人の方は此方に気付いても小首を傾げているだけ。

俺を知らないのなら編入生だろうか。


「あー、っと。すまん神宮寺。騒がしかったよな?ちょっと来客というかなんというか....」


「晶久君、晶久君。誰ですかこの顔面偏差値とプライドが天に上ってそうな人」


マイペースだなこいつ。


「俺は神宮寺雅紀。生徒会長だ」


「へぇ?生徒会長!凄いですねぇ、こんな学園で生徒会長だなんて」


のほほんとした様子でぱちぱちと小さく手を叩く彼は、どことなく篁に似ている。

ふわふわとした黒髪は1年の時の篁に似てなくは無いし、丸眼鏡の奥に見えるぱっちりとした大きな青い瞳は篁のものとそっくりだ。

そして、


あの子に似ている。

髪の長さこそ違うものの、記憶の中のあの子供がそのまま成長したかのような目鼻立ちに女のような華奢に見える体躯。


「あぁ、えっと、神宮寺。こいつは俺の弟」


狼狽える俺を見かねて篁が紹介をしてくれているが理解と処理が追い付いていない。

弟?

男だった?

篁の家の奴だったのか?


「僕、たかむら緋那ひなって言います。何時も晶久君がお世話になってるそうですね、真面目そうに見えて抜けてる所が多々あるのでこれからもお世話してあげてください!」


さながら美少女のような微笑みでなにやら辛辣な言葉を吐く篁弟。

何度見てもあの子にしかみえない。


「ちょ、緋那ぁ....兄ちゃんそんなに抜けてないからな?」


............。


「篁、....の、兄の方。ちょっと来い」


困惑と焦りが募り募って処理が追い付かず、篁の腕を掴んで風紀委員室に隣接してある仮眠室へと連れ込んだ。


「....篁。お前、この前編入学についての書類を置いていった時の話覚えてるか。」


「............チョットオボエテナイカナー」


露骨に目を逸らすな阿呆。


「質問だ、お願いだから答えてくれ。お前の弟はうちのパーティーに来たことがあるか?」


頷けばビンゴ、外しても篁の家系があの色合いの髪と瞳ならこいつの従兄弟などの線も捨てきれない。


「緋那は行ったことないな」


緋那 " は " か。


「ならもう一つ」


「まだあんの」


「もう一つだけだ」


「....」


たかだか幼い頃の初恋擬きのために真剣な顔をする俺は篁からしたら面倒で滑稽かもしれない。

でも、それだけあの子のことが忘れられないんだ。


「お前は昔、うちのパーティーで俺に会ったことがあるな?」










「................知らね」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

篁side



「お前は昔、うちのパーティーで俺に会ったことがあるな?」


何時になく真剣な表情で俺に詰め寄ってくるのは泣く子も黙るイケメン生徒会長神宮寺。


近い。


待って、近い近い。


好きな顔がこんな至近距離にあって、あろうことか昔の、俺の黒歴史を掘り返そうとしてきてるなんて真面目な受け答え出来るわけがない。


白状しよう、

確かに昔、俺は神宮寺に会ったし、ぶつくさ言ってた小さい頃の神宮寺に声もかけた。

それに黒髪で青い目の家系はうちしかいなかった。筈。

なんなら目を褒めたことも覚えてる。随分子供らしくないクセに随分と子供っぽい純粋な目をしてるなぁと何気なく言っただけだ。

でも、でもそれを知ってこいつはどうする?

何のために聞いてるんだ?

なに、昔の勘違いかもしれない初恋を引きずってるわけ?



....やめてくれ。


そんなの向けられたら正気でいられる気がしない。


そんな俺の内心なんて知らずに今だ返事を大人しく待ちながら此方を見詰めるハイパーイケメン。


あーーーだから、近いって。

もう知らない。知らないから。

俺そんな子知らない。昔の俺なんて知らねぇからこれ以上近付かないでくれ!


「................知らね」


そう思ってしまったせいか、口から出たのはぶっきらぼうな言葉。

その言葉に眉を寄せる神宮寺。


「....」


"嘘をつくな"とか、"ふざけるな"って感情が顔に出てるぞ、神宮寺。


なぁ、そこで黙るのは狡くない?

一言諦めるか詮索するかすればいいのに、こんなときだけ不器用な振りして喋らないのは、狡い。


さして広くもない薄暗い仮眠室の壁に背を預け、間近で顔を付き合わせてする話じゃないと思うんだ。

どうせならもう少しロマンチックにしようぜ?

それに、隣部屋には緋那もいるのにこの初恋ポンコツ生徒会長様は答えが欲しいらしい。

いまだに困ったような、それでいて俺の言葉を急かすかのような目で見つめてきている。


その目に弱いんだって。

何時も何時もなんてことありませんみたいな涼しい顔と目をしてるくせして、こういう時だけはちゃんと表情で語ってくる。


無理だ、俺はこの顔に勝てない。

昔から可愛かったり綺麗なものが好きな俺は、そういうものに目がない。無論、それは人が対象でも、だ。


「なぁ、篁。本当に知らないのか...?」


先程から俺の見たことのないような表情ばかりをころころと変えながら浮かべている神宮寺は、落ち込んだかのような声色で俺に問いかける。

捨てられた猫みたいな目ぇすんなって、知らないっていってるじゃんか。

どうせさっきの質問で俺が墓穴掘ったから確信でもしたんだろ?

ならなんで一々聞いてくるんだよ。

もういっそのこと聞かないでくれと切実に思う。



「あのさぁ、神宮寺。お前の探してる子は女の子みたいに可愛くて華奢な子なんだろ?それこそ、緋那みたいな。なら俺みたいな図体もでかくて可愛くない奴がお前の探してる子なわけないじゃん。はい、この話終了~!生徒会長君はさっさと書類持って帰」


そこまで早口で言ったところで、

手を、掴まれた。


捕まった。


「そこまで顔に出しておいて、口にはしてくれないのか」



「....だからそんな可愛らしい子なんて知らねぇんだって」


俺は可愛くないから。

今も昔も可愛さを求めてはいても本当の可愛さなんて得られなかったから、知らない。


「もう、帰れ。帰ってくれ、神宮寺。」


今度は、引き下がった。

掴まれていた手の解放感から、やっと神宮寺が諦めたことが分かる。

ごめんな、神宮寺。


神宮寺が部屋から出ていった後、俺は緋那に、逸人への伝言を頼んで寮の自室へと帰った。

無性に苦しい。




その日の夜は何故か、胸を虚しさが埋め尽くしていた。

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