小話 生徒会長の好きな人

※この話は全て神宮寺視点となっています。


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「なぁ神宮寺、お前って好きな人とかいねぇの」


ふと掛けられた予想外の言葉に、顔を上げる。目の前にいるのは何時も通り書類や、諸連絡をしに来た風紀委員長の篁。

驚いた。

親衛隊ならともかく、根本的に色恋の話を好んでいないと思っていた相手の口からまさか俺の色恋について出るとは全く考えていなかった。

まぁでも、たまにはそんな話もいいかもしれないな。


「そうだな、好きな人、というより好きだった人ならいる。」


お前なら口外も茶化しもしないと信じて話そうじゃないか。



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きらきらときらびやかな天井


うつくしいドレスにスーツ


僕にかけられる褒め言葉


そのどれもに嫌気がさしていた。



親の開いたパーティーで当時8歳だった俺は、代わり映えしない褒め言葉や称賛の声、つまらない見栄の入り交じる空間に嫌気がさして、一度だけ庭に抜け出したことがあった。


「....つまらない、本当、大人ってつまらない。みんな同じことばかり言って、僕のごきげんとりだなんて、みっともないと思わないのか」


庭には所々にベンチがあり、その中でもあまりパーティーが行われている広間から近くない場所を選んだ俺は誰もいないと思って子供らしいのか大人っぽいのか分からない独り言をしていた。

そんな俺に後ろから声をかけた奴がいた。


「きみ、ここの家の子だよね?主役なのに広間にいなくていいの?」


背後にいたのは当時の俺とそう変わらないであろう年頃の子供。

服装はパンツスタイルだが、敷地内の街灯に照らされて艶めく黒髪は長く世間的に例えるのなら"美少女"といった容姿だったので性別は分からない。

一人称はぼく、だったが幼少期のあてにならない。


「....いいんだ。あんなところに長く居ちゃ、気がおかしくなる。....そういうお前はどうしたんだ?」


「ぼくはね、少し外の空気を吸いに。しゃこうかい?みたいなのはあまりなれてないんだ。」


「だろうな。この歳でなれてたら不憫だよ」


本当、連れ回されて悪意と善意の見分けがつかなくなる場所で子供を連れ回さないでほしい。

彼か彼女か分からないその子は、俺の言葉がブラックジョークの類いにでも聞こえたんだろう。


「はは、きみ、おもしろいね。ここまでの家の子になると、一周回って拗れちゃうんだ」


街灯に照らされたその子は青く大きな瞳を細めて、綺麗に笑っていた。

その時の笑顔が少しだけ記憶に残っている。


「....きれい」


笑うのをやめ、きょとんと不思議がるあの子は小首をかしげて、


「きみのほうがきれいだと思うよ?」


そう言った。

俺がそんな言葉聞き飽きたと言う前に、その子の言葉に遮られた。


「だって、他の子とはちがう目をしてる。」


「....ちがう目?」


「うん。なんにも映してないのに、きらきらしてる。きっときみは、さっきみたいな独り言のまま、せかいを見てるからなんだろうね。さっきまでつまらない~ってのっぺりしてたんだけど、ぼくを見たとき少しだけ目がきらきらしてた。興味があるものを見つけたら、年そーおーの目に戻って、その差がきれい。」


「....?」



随分と難しいことを言う子だと思ったのを覚えている。

きっと、あの子は"素のままの瞳"が綺麗だと言いたかったのだろう。

昔は意味が分からなかったが故になんとなくで受け取ったが、今なら分かる。あの子は出会った瞬間に俺の性質を見抜いて、そして素の子供らしさを綺麗だと言ってくれたんだ。

俺は単に、あの子の大きな垂れ気味の瞳や長い黒髪、白い肌に、俺から見ても幼さの残る愛らしい顔立ちを周りの大人と同じように褒めただけだったのに。

代わる代わる容姿を褒める大人を嫌っていたのに俺はあの子に同じことをした。

だがあの子は他とは違う褒めかた、素の俺を褒めた。それが嬉しかった。


「ぼくの顔、おとなたちの話よりはきょうみをひいたんだね。ふふ、息抜きになれたならよかった。」


子供は本当、脈略がない。

はたから聞けば意味深な言い回し。

でもあの子の中では話題が繋がっていて、それをそのまま話していたんだと思う。


「まって、」


「なに?」


「もう少しだけ、息抜き、させてくれ」


そう言って俺はもう暫くの休息と他愛もない話を、と服の裾を掴んで引き留めた。


その後、あの子と話した時間は短かったが、大人達の黒く煮詰められた汚い話の何百倍も純粋で子供らしく、楽しい時間だった。



「........そんな記憶の中の相手を、今でも気にしているんだ。笑えるだろう?

今でもその子供の名前は分かっていないが、あのパーティーに来ていた奴等に聞いてみてもあまり情報が得られなくてな。親父もそんな時の資料はどっかにやってしまったと言う。自力で探すには時間が足りなさすぎるし、こうして思いを馳せるだけにとどめている。」


さぁどうだ、人のしょうもない色恋の話を聞いた気分は。

記憶に思いを馳せ、遠くへやっていた視線を篁へと戻すと、篁は頭を抱えていた。

人の色恋話を聞いて頭を抱えるとは失礼な。


「ああ、そういえばお前も青い瞳と黒髪じゃないか。身内に思い当たる節でもあったか」


今思えばこいつも珍しい色合いの容姿だったのを思い出した。

こいつくらいの家柄なら神宮寺家主催のパーティーに来ていてもなんら可笑しくはない。

もしかしたら兄弟や妹なんかがいたのかもしれない。


「えぇと、いや、....昔似たような話聞いたな~って思っただけだ。うん。書類もお前の昔話も聞き終わったし今日は帰る。じゃあまたな、」


もごもごと口ごもり、逃げるように帰っていった篁は何か知っているかのようだった。

彼奴が置いていった資料の中には、編入学生の名簿。


そこに載っていたのは........



たかむら緋那ひな

彼奴の弟だった。

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