第4話 たかが1週間、されど1週間
「顔、かお、顔面偏差値が足りない」
格好つけて潔い振りをして暫く神宮寺と会わないと彼奴に言ってしまってから早二日。
俺は神宮寺不足に陥っていた。
前にも言ったようにあの整った顔を見るのは密かな楽しみであり、若干のストレス解消でもあったため、今現在の俺は神宮寺と二日会っていないことも理由に含めてとてつもなく不機嫌だ。
「晶久、仕事中。」
「逸人ぉ....神宮寺の写真とかねぇの...?あの顔面拝まないと風紀委員長とかやってらんないんだけど」
「
それとこれとは別じゃろ逸人さんよぉ....
「....それか、俺の顔はどう?」
先程から仕事もせずに文句を垂れている俺に対して、"悪くはないと思うんだけど、"と顔を近付けてきた逸人は目の前でにっこりと笑った。
逸人はかっこいい。
俺より少し明るい髪色と爽やかで穏和な顔立ちは贔屓目無しにかっこいいとは思う。
けど、だけど。
「............俺もお前も神宮寺とは別ジャンルの顔じゃねぇか...」
俺は多分がっしり(?)したタイプで、逸人は優しい性格も相まって万人受けする爽やかイケメン。
対する神宮寺は金髪黒目完璧イケメン。
薄い色素などから儚げに見えたかと思えば時折見せる男らしい顔はギャップとかそういうレベルでは足りないかっこよさを有している。
「そっか、確かにそうだね」
語彙力も何もない返答に逸人は納得できたらしく、一つ頷いた。
あ~~~........まさかここまで自分は彼奴の顔が好きだったのか。いや、まぁ、その自覚はほんのりと、うっっっっすらあったにはあったが風紀委員長になる前はそうでもなかったから確実に悪化はしている。
畜生、風紀委員長の旨味を存分に楽しんでたつけが回ってきてる。
「....でも、1週間は来ないって言っちゃったんでしょ?有言実行しないと、あるかも分からない信用度まで落ちちゃうかもよ」
....!!!
確かに。
信用されてると信じたいのだがよく考えれば確かにそうだ。あるか分からないものを更に無くしてしまうと仕事にも支障が出てしまうかもしれない。
「篁」
辛いには辛いが、まだ二日。辛抱強く耐えるしかな........
「おい、篁。」
幻聴かな、聞き覚えのある声がする。
やっぱり疲れてるんだろうか。
「篁、聞こえているのなら此方を見ろ」
ぎぎぎ、とオイルの足りない機械のような音がたちそうなくらいきごちなく、声の聞こえた方へ顔を向ける。
「....全く、人の声が聞こえないぐらいに仕事が進まないのなら休めばいいだろうに」
幻覚だろうか。
目の前に神宮寺が居て、なぜか俺をフォロー(?)してくれている。
「....神、宮寺.......?何でここに、」
「本当は昨日来てお前を問い詰める予定だったんだがな、色々あって今日問い詰めに来ただけだ。それもこれも、お前がいきなり1週間の職務放棄宣言を俺にするからだぞ」
職務放棄宣言とはなんぞや。
「いや、問い詰めるもなにも1週間生徒会室行かねぇってだけだし...何も職務放棄してるわけじゃないんだけど?」
全く、書類なら逸人に持っていかせたじゃないか。
仕事もちゃんとしているというのに心外だ。
それに、問い詰めるなんて言われたって理由は話し、......て、ないですねぇ。
「あー、待って前言撤回。生徒会室に行かない理由を言うのを忘れてたのか。すまん、これは俺の言葉足らずだった。」
そういうことだ、と頷きながら神宮寺は更に細かい説明を俺に催促する。
「えっと、....あの転校生?に売られた喧嘩を買って、気付いたら暫く生徒会長に近付かないって口約束しててな...」
ちらりと神宮寺の方に視線を向けると端正な顔が歪んでいた。誰だ魔王呼んだの。
「ほう、そうか。...お前は下らん喧嘩を買って自主的に、俺に近付くことが出来なくなったというわけだ。」
はい。心の中でスライディング土下座するくらいには反省してます。
「なら、俺から来れば問題ないな」
「....????」
「お前は駄目でも俺は禁止された分けても自ら禁じたわけでもないし、それに書類は届けば良いってもんじゃない。篁、お前じゃないと説明しにくい箇所だってあるだろう?」
「まぁ、....多少は」
「そこを毎日丁寧に嫌味に混ぜながら説明していた風紀委員長殿のお陰で、俺は毎日あの量を効率よく済ませられていたからな、一週間....あと五日間は俺が直々に風紀委員室に来ようじゃないか。それなら誰も文句はいうまい。」
ぺらぺらと早口で捲し立てる神宮寺の様子は珍しく、きっと見ている俺は惚けた顔をしていたことだろう。
....あの嫌味に文句一つ言わないと思ったら、嫌味に隠れていると思っていた俺の説明までしっかり聞き取ってたのか。
「それに、」
まだあるんすか
「あからさまに嫌そうな顔をするな。」
「だって、ただでさえ問い詰めるとか前置きで言われてるのにさぁ...」
「別に俺が毎日ここに書類を取りに来るのは、お前にとっても悪い話じゃあないだろう?」
なにこの生徒会長自信満々じゃん。
えぇ...?毎日?神宮寺が?わざわざ来んの?
悪い話じゃないけど、面倒だろうに。
「なに、先程立ち聞きした限りじゃ風紀委員長殿は俺の顔が大層気に入ってるようなんでな。たまには労うついでに俺が足を運んで顔見せしてやろうというだけだ」
「........。」
聞かれてた?
どこから?
「俺の顔の写真がどうのとうだうだ言ってる辺りから廊下に聞こえてたぞ、話すのはいいが声量には気を付けるんだな」
うわぁ、全部じゃん。
逸人にしか知られていなかった俺の面食いの性質がその対象に知られてしまったという事実に、頬が熱を持つ。
あーあーあー、この階に誰もいないと思ってたのに。
しかもよりによって神宮寺にバレるなんて。
「......神宮寺さんよぉ、...立ち聞き内容は無かったことに出来たり....?」
「嫌だ。」
「ですよねぇ」
どうすることもできなくなってしまった俺は"助けてくれ"と逸人の方へ顔を向ける。
だがそこにはにこにこと楽しげに笑みを浮かべている逸人がいただけだった。
こういうときだけ意地悪なのは良くないと思うんだ。幼馴染みとして助けてくれよ、切実に!!!
「で、篁。お前は俺が来るのが嫌なのか、嫌じゃないのかハッキリしろ。」
さてはお前ドSだな?ドS会長様なんだな?
何時も愉しそうににやついてるとは思ってたけどそういうあれだったんだな?
「....................................嫌じゃないです」
長い溜めの後に、本心が漏れた。
「じゃあ決まりだ、明日からは書類が終わっても持ってこなくていい。せいぜい俺の顔でも楽しみにして作業するんだな」
....はぁい。
ひらひらと片手を振って部屋から出て行く神宮寺の後ろ姿をぼんやり眺めて見送ってから次の日の朝まで、何事にも集中できずに時間だけが過ぎていった。
悲しいかな、その間も逸人は愉しそうだった。おいこら幼馴染み。
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神宮寺side
篁が宣言の通り、来なかった。
彼奴の説明無しにこの大量の書類を片付けるのは結構辛いんだが?
それに理由すらも聞いていない。
だがタイミング悪く、聞きに行こうとしたところで件の毬藻に捕まった。何故こいつはここまで俺に近付いてくるんだ。
顔か?血筋か?....いや男に血筋もなにもないだろう。なら金か。否、今年の編入学の書類に一般家庭からの編入学生はいなかった。つまり少なからず金持ちの家系の出だろう。
となるとやはり顔か。
母から受け継いだ金髪と、父譲りの容姿は周りの目を引きやすいらしい。
幼い頃から色々な年齢層の人から容姿ばかり褒められてきた。
この学園に入学してからも容姿や家柄だけを求めて近付いてくる輩は大勢いた。
それをいなすのはかなり面倒臭い。それなら篁と口論していたほうが何倍も愉しい。
わりに気に入っていた彼奴との口論も、今日は無く、挙げ句の果てには毬藻の相手。
明日は毬藻に遭遇しないように風紀委員室に行かなければと念押しするかのように近くにあったメモに殴り書きをした。
次の日。
今の俺はとても口角が上がっていると思う。
理由は2つ。
1つ目は意外にも毬藻や他の生徒に遭遇せずに風紀委員室まで来ることが出来たこと。
そして2つ目は、あの俺に対しての煽りレベルにステータスを振り切らせて優しさはミジンコほどの篁が俺の顔を好んでいたということ。
本来、人に顔だけを好かれるのはあまり気分のいいものではないのだが、彼奴は違う。
この感覚は攻略の難しい敵の、大きい弱点を見つけた時の喜びに似ている。
扉を開いて部屋に入っても気付かない篁と、気付いて此方に一瞥しつつも篁には知らせない篠崎副委員長。いい性格してるな。
まずはじめに何故突然来ない宣言をしたのか聞いたが、これは流石に軽く頭を抱えた。
喧嘩を吹っ掛けた毬藻も毬藻だが、それを買う篁も篁だ。
なに幼稚なことしているんだ、仮にも風紀委員長なのに。
あぁ、そうだ。
お前が来れないなら俺が来ればいい。
俺の顔見たさもあったなら名案じゃないか。
ついでに弄ることも出来て俺からすれば一石二鳥、篁からしても損はないはず。
現に、誤魔化してはいるようだが口角がぴくぴくと上がりそうなのをこらえているようだし、これでいいのだろう。
驚き半分、嬉しさ半分、といったところだろうか。必死ににやつきを抑える篁の顔は見ていて飽きない。
思い出してみれば生徒会室に来るときも多少にやついていたような気がする。
そこまでこの顔が好きか。
そしてそこから俺に話を聞かれていたと知ったときの顔、あれは中々に面白かった。赤くなってはすぐに青ざめ、かと思えばまた赤くなる。思わず笑いそうになったのは秘密だ。
労い、とは言ったものの実際は篁の反応を見て此方のストレス解消にでもしようかと思っていたが.......いいな、面白い。
相手も喜んで、俺も楽しめる。
これは中々に名案。
明日から楽しみにしてろよ、
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