第3話 これは王道なんとやらでは

それはさながら、嵐のようだった。




「おいお前!!お前が風紀委員長の篁か!!?お前のせいで雅紀が仕事ばっかだって聞いたぞ!!!」



「................は?」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


事は数分前に遡れ....たなら楽だった。

残念なことに事は今現在進行系だ。

今目の前にいるくっそもじゃもじゃな毬藻ヘアーかつ瓶底眼鏡の失礼を極めて煮詰めたような男子生徒は確か....


「君、転校生の園川か。君の言う通り俺が篁だが、何か文句でも?」


園川正道そのかわまさみち、たしか3日ほど編入学となった外部生と聞いている。

だが、初対面の人間に対して些か失礼じゃあないか...?

いや、それよりも俺は聞き逃さなかったぞ。

こいつは神宮寺の下の名前を呼び捨てにしていた。どんな命知らずだよ....


「だーかーら!!お前のせいで雅紀が休めてねぇんだって!!!いくら雅紀がかっこいいからって回りくどい嫌がらせすんなよ!」


神宮寺の顔が良いのは認める。あの顔は普通に好きだ。でも嫌がらせでもないし、僻んだことはない。


「正道、風紀委員長に何を言っても意味ないですよ。....それに、近付いてはどんな事をされるか分かりません」


「そーだよ、まさみー。あの人は近付かないほうがいーの」


園川を擁護しているのは、俺の記憶が正しければ生徒会の副会長とおぼしき顔面偏差値の高い眼鏡と、多分生徒会ではない1年の小柄な青年。


「....雅紀、ねぇ。兎も角、神宮寺から直接聞いたのか?それ」


何、毎日のように資料と書類を渡しに行ってたのをついにうざがられた?いやいやまさか、あの神宮寺だ。俺の渡す書類の類いは大切だと理解している筈。....だったら逆に、というか更になんで??


「そうだよ!」


いや声うるせ(げふん)


「雅紀に話し掛けようとしたら、"毎日風紀委員長から渡される書類の処理があってな、そちらが優先だ"って!!!」


それお前がいなされてるだけじゃない???

そう思った俺は悪くないと思う。

実際風紀からの書類は学園に関わることが大半なので生徒会長からの意見も必用不可欠。そして期限厳守なのだ。優先順位が彼よりも上なのは当たり前。

はて、そんなことも分からないとは信じたくないんだけど、そうなるとこいつは何に憤慨しているんだ。無駄に声量でかいし、今すぐ逃げたいんだけど。


うぅん、煩い。

多少問題になりそうな気がしないでもないけど、黙らせたい。

手で口を軽く塞いでやりたい。


「.......」


「なんとか言えよな!」


「....君は、彼奴が"かっこいい"から俺が彼奴に嫌がらせしていると言うんだね?」


「そうだろ!?だから早く雅紀にいやがら

「あのなぁ、園川君。」


顔ににっこりと笑みを浮かべ、彼に詰め寄る。


「君は勘違いしているようだけれど、俺は別に、神宮寺に嫉妬するほど自分が不細工だとは思ってないんだ。」


それにほら、この学園って男ばかりなのに抱きたいだとか抱かれたいランキングなんてものがあるし俺の順位でも調べてはどうだろうか。結構上位だったような気がする。


「なっ、お前みたいな顔...は、そんなに悪くねぇけど性格悪い奴はそんなの順位に入ってないだろ!!」


「........正道、篁は正真正銘のランキング2位と5位だ。どっちがどっちとは言わんが高位だぞ」


「あの風紀委員長、顔はいいからねぇー。性格は知らないけど」


はっ、残念だったな園川君。

俺は神宮寺に次いで抱かれたいランキング2位なんだ。そんな肩書きがあるのに少しも自信がないわけないだろ。あと1位は神宮寺以外ありえないと思ってるから2位が実質最高位。やったね。

5位の方は正直考えたくない。誰だよこんなごついやつ抱こうと思ってんの。


「はぁ...?でもどうせ1位の雅紀に嫉妬でも....」


....煩いなぁ。


「....1位が神宮寺以外になるわけがねぇだろ。彼奴が1位、それが俺にとって一番なんだよド阿呆」


耳元で言ってやった。

神宮寺の顔ファン舐めんなよ?


「まぁでも、君がそこまで言うのなら暫く生徒会長には会わないでおいてあげようじゃないか。その代わり、君が神宮寺に何を言われても俺への文句は受け付けないからね。」


園川は驚いたような、それでいて気持ち悪い、とでも言うような目で俺を見ている。


「じゃ、じゃあもう雅紀に近付くなよ!!!約束だからな!!」


心外だ。本当に心外だ。

約束なんてしたくない。

彼奴の顔を見れないなんて生活に支障が出てしまう。

俺が一人で彼との勝手な約束を悔いている間、園川君の後ろにいた二人はまた俺への文句をぐだぐだと垂れていた。

彼と彼らの中で俺のイメージはどうなってんのさ。


けれど、一応効果はあったようで、毬藻ヘアーこと園川君は若干引き気味に、されど達成感を得たかのような帰っていった。

なんてこった、悪いイメージを増やしてしまったよ畜生。

今度から毬藻ヘアーって呼んでやる。



....本当に嵐みたいな子だったなぁ........





ん?


待てよ?


さっきの言い方じゃ追い払うためとはいえかなりナルシストな発言しちゃってない?


....................


................


............


........


....





俺はその場で静かに頭を抱えたとだけ言っておこう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

神宮寺side





"それ"は煩かった。


「お前が生徒会長ってやつ?かっこいいけど無愛想だな!!そんなんじゃ友達できねぇだろ?俺がなってやるよ!!!」


"それ"は馴れ馴れしかった。


「神宮寺雅紀....じゃあ雅紀だな!俺は正道!!よろしくな!」


"それ"は、........邪魔だった。


「その篁ってやつが雅紀の仕事増やしてるんだな!?俺が文句言ってきてやるよ!!!」



ふざけるな。

俺はいつ友人がいないと言った。

俺はいつ呼び捨てにしていいと言った。

俺はいつ篁からの仕事が原因だと言った。


あぁ苛々する。


友人なんて少数の心許せる人間で十分だ。

初対面の人間を了承なしに呼び捨てにするのは馴れ馴れし過ぎる。

....確かに彼奴からの仕事は多い。

だがそれはお前の後ろにいる無能副会長が働いていないからだ。

彼奴はしっかりと、そこの無能と違って職務を全うしているだけで何も悪くない。


そう考えている間、俯いて黙り込んでしまったせいか、転校生は自分の考えを正しいと勘違いして彼奴のもとへ行ってくる、と生徒会室を出ていってしまった。


どうしようか。

転校生が彼奴に文句を言うのはいいとしても、この状況では前提に自分がいる。


"神宮寺もそこまで俺のこと嫌いだったんだなぁ?折角毎日毎日早めに仕事してやってんのに損した気分"


そんな風にいう彼奴の顔が思い浮かんでは消えた。

違う、嫌っているどうこう以前に悪気はないんだ。

今すぐに転校生を追いかけて止めたい。だがまだ書類が残ってる。

ああどうしようか。



悶々、悶々。....コンコン。


考えているうちに静かな生徒会室に扉を叩く音が響いた。

入れ、と言えばすぐさま開く扉、間から見えた黒髪、つい先程まで思い浮かべていた顔がそこにいた。


「神宮寺ぃ、あの毬藻ヘアー何なんだよ。とんでもない言いがかりつけられたんだけど?転校生は中々に失礼みたいだね........あ、いやお前のことは別に疑ってないから」


開口一番、転校生への文句。

と、心の中を読んだかのような言葉。


「....知らん。行きなり来て行きなり出ていった。........俺のせいじゃないとよく断言できるな、そんなに信用されていた覚えはないが?」


売られていないが買い言葉。

謎の信用を煽る形で詮索すると、篁はきょとんと惚けた顔で数度瞬きをする。

そしていきなりけらけらと楽しげに笑えば、笑い混じりに、


「ははっ、神宮寺がそんな姑息なことするわけないだろ?それに、君って奴は他人の力で気に入らない奴に敵をけしかけるような性格じゃないじゃないか」


と、言った。


「........」


確かに気に入らない奴がいれば自ら手を下す派だと自負しているが、根本的に篁のことを、俺は特段嫌っているわけじゃない。寧ろ毎日毎日煽り焦らせ人を馬鹿にしたような態度は張り詰めた精神を適度に解してくれているし、わりにあの小さな口論が気に入っていたりもする。


こいつ、なんやかんや俺のことよく見てるじゃないか。


「........そうだな」


感心と驚きで、たったそれだけの返事しか出なかったのはご愛嬌。

理不尽な文句を言われてもからからと笑って流す姿は明るく、明日からは少し、ほんの少しだけ篁への見方を変えて接してもいいんじゃないかと思った。


「あ、そうだ。」


「俺明日から1週間くらい生徒会室来ねぇから、よろしくな」



............。


人が考えを変えた矢先に爆弾を投下された俺は今、大層不機嫌な顔をしていることだろう。

表情筋がひきつってる感覚がよくわかる。


「じゃ、そういうことだから。暫く会えなくてもさびしがんなよ?」


楽しげな顔の篁、扉の閉まる音。

その乾いた扉の音で俺の固まっていた口許はやっと動き出した。



「........突拍子のないことばかりしおって」


今鏡を見たら最高に歪な笑みを浮かべてるんじゃないだろうか。

明日理由を追い回してでも問い詰めてやろう。

そう心に決めた瞬間だった。

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