-6- 守ること
電撃を放った際に魔力が底を付いたのか、向かう竜と相打ちになるように伏す。
刹那、前方の一体と彼女を見比べたが、すぐに優先順位は確立した。
「ふっ!……と!」
右手を阻んでいた竜を飛び越え、駆け出す。
傍らには、突然倒れた事を訝しみ、確認の為にか竜が鼻先を彼女へと近付けている。次いでもう一体、二体と、電撃を恐れ距離を取っていた竜も迫りゆく。
「触れるなあああ!」
これまでの私の立ち回りを知る竜らは振り向きもせず、すぐさまその場から離れる。それと入れ替わるように彼女の元へと駆け寄った。
「セシリア!」
抱き起こし、名を呼ぶ。薄らと瞼を持ち上げ、緩慢に目の焦点を合わせていた。
「魔法って……使い過ぎると、倒れちゃうんだね……ごめ、なさい。……ぅ、おにーさま、だいじょ、ぶ? 早くし、ないと……」
息も絶え絶えに吐くと、遂にふつりと意識を手離してしまう。その間にも竜は私達を取り囲み、徐々にその範囲を狭めていた。
「あと少しだというに……」
溜息と共に彼女を担ぎ上げ、今一度竜と対峙する。
言葉にしたそれは、厄介事を引き継いだという意味では無い。セシリアの戦線離脱など端から予想していた。
キッドの身を護る事は不可能故に城外へと置いたが、彼女はあれよりも小柄で軽い。少々動きは鈍るであろうが、取るに足らぬ事。今までと変わらず、噛んで捨て噛んで捨てを残る竜に繰り返すのみ。顎は疲れたが我慢出来ぬ程では無い。毒さえ回せばこちらの勝ちだ。
掻き消えぬ我が余裕を悟っているのか、ヤツらも低い唸りを上げ、警戒している。
「……の…………ゲンめぇぇぇ!」
しかし、その中に一つ、ヒトの声のようなものが入り混じっている事に気付く。……入り口からであった。
まさかと思い、その方向を凝視する。竜は依然こちらを見つめたままだが、囲む輪を崩し、それを割り入れた。
「キッド!」
二つの可能性を、予測していた。
一つは、目を覚まし、駆け付けてくれるのではという期待。もう一つは、あの場所が暴かれ、その身が捕らわれてしまうという恐怖。
無造作に引き摺られ姿現す彼は、残念ながら後者を示していた。
「おまえら、アイツの仲間か!」
と。唐突に放たれた言葉の意味が理解出来ず、私は眉をひそめる。……脇の人物を“アイツ”とは称さぬはずだ。
思案と同時に、下げていた覆面を引き上げ、有事に備える。
短く跳ね、
竜共も、わざわざ少年を割り込ませた。それは奇しくも、この者がヤツらにとって味方である事を意味している。
「アイツ? 貴様こそ何者だ。この城で一体何を……」
「仲間じゃないのか! なら、何でこんな事をする!」
会話が噛み合わぬ。
こちらの質問になど、応える気は無いのか。
「城に
「おまえも悪い人間か! なら、コイツも悪い人間か!」
そう言い、脳内で意味不明な図式を展開する少年は、キッドを傍らへ放り捨て、引き摺るようにして腰に携えていた得物を抜き放った。
そのあどけなさには不相応な、厚みある長身の剣。切先は紛う事無く、地へ放った人物へと向けられる。
「その男は昨晩からずっとその状態だ。貴様の言う“悪いヤツ”とは無関係なのでは?」
流れ始めた不穏な空気に、身体が一気に緊張する。
不味い。
止めなければ、彼奴はあのまま永眠となってしまう。
「おまえは仲間を傷つける悪いヤツだ! おまえと同じニオイがするコイツも悪いヤツだ!」
固唾が喉を通った瞬間、セシリアを抱えたまま無意識の内に地を蹴っていた。
今のこの状況では、少年の中の私は何を言おうが悪人。その仲間も然り。それを言葉のみで覆す事は恐らく、
「ふ!」
気合と共に、少年の横脇へと踏み込む。
片足を軸に半身を低め、剣を振り上げた事によって露わとなったその脇腹を力一杯蹴り出した。
「がっ……!」
少年は両手を掲げた体勢のまま、大きく後方へ飛ぶ。
輪を囲む竜に受け止められ、地へ叩き付けるには至らなかったようだ。
キッドの元へと駆け寄り、屈み込む。
……抱え、逃げるか。
けれど、その行く末を瞬時に思い描き、断念する。城を抜ける事に成功しても、雪に足を取られ、結局は捕らわれてしまうであろう。
ならば、戦わねばならぬ。
だが、二人を庇いながらの戦いなど出来るはずも無い。抱えていようが置いていようが、この数の前ではすぐに圧されてしまう。私は誰かを守る戦いなど、経験した事が無い。……それの、何と困難な事か。
更に、光る眼の総数がいつの間にか横たわる竜の数を凌ぎ始めていた。
「八方塞がり、か」
呟き、静かに苦笑する。これまで
ふ、どうしたファルトゥナ。お前にとって障害と成り得る者共だぞ。気に留めず、涼しい顔で一人竜を倒していけば済む事ではないか。
術で倒された者は復活しておるが、牙を当て交うた者は毒により未だ伏したままだ。勝機はある。
……。
それを、最初から分かっているはずの頭は、しかし全く実行の命を下さない。
涼しい顔など今更出来るはずも無いと、二人の腕の中を思い出しては
「……のやろぅ!」
少年が剣を閃かせ、歩み寄ってくる。
孤独を恐れてなどいない。長くは無いであろう我が人生に馴れ合いなど望まぬ。二人の死、私の死、どちらが前後しようとも全て無に帰す事だ。
それよりも探し出さねばならぬは姉上。決して見失ってはいけない目的。
……。
けれど、どれほど二人を捨て置く事を望んでも、やはり体は微動だにしなかった。
「おまえら生きてると、みんな死ぬ! 消えろ!」
屈んだままのこちらへ、剣を振り上げる少年。理不尽な物言いだが反論はしなかった。どこかで諦めている意思でもあるのか、この身は死を怖れる素振りすら見せない。竜の群れを目の当たりにした時の驚愕は、一体何だったのかと思う程である。
……。
“理不尽な物言い”か。……妙だな、何がどう理不尽であるというのか。
“私が生きる故に糧となり、死にゆく者がある”
それは、自身が一番理解していた事ではないか。
この鬼の身は、誰かにそれを
姉上を探し出すという目的を生への隠れ
「……」
だが、望みだと思う程にその剣は振り下ろされず、少年はまだ言い足りぬ事でもあるのか、苦い表情で唇を噛み締めていた。
「おまえ、何してる」
今更何の質問かと眉をひそめたが、どうやら私へ向かい言っているようである。
「“何”とは……」
「そんな何もできない体で、守れると思ってるのか」
返答を求めた訳では無いのか、被せるように低く言い放つ。
「……」
そのまま、一切の動きを留めていた。
眉を八の字に曲げ、ただ
留めた理由は分からない。言葉の真意も相変わらず意味不明。しかし、少年はとても……悲しい目をしていた。
「カノン、守っても…………アイツは殺した!」
その心内で何が起こっているのかは全く理解出来なかったが、どうやらこの場も、私の死を許してはくれぬようである。
ならばと、セシリアをそっと地へ置き、少年の後ろ姿を細く見据える。その身を捕らえ、竜共を脅すぐらいの事は出来るやも知れぬ。
「もういい、コイツらも放り込んで」
――ドッ!
しかし、言葉と同時に走った襟首への衝撃により、私は呆気無く地に伏してしまう。
強いられる闇に抗う事すら出来ず、意識は呑まれるようにして落ちていった。
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