-6- 出会い
トトの森、中部。全体は
しかし妙な事に、先程から同じ所を回っているように思える。森に入った時点では夜も
街道さえ
仕方無く地へ下り立ち、少しだけその場で屈み込む。
城はとうに過ぎている。ヒトは見たが、追手らしき者は一度たりとて確認してはいない。今尚捜索されているなど皆無に等しい……とは思うのだが。
小さく息を吐き、膝を支えに重く立ち上がる。
すると、横手に
どう考えても道を
眉をひそめつつ横へ跳び、無駄な動きをするそれを避ける。……が、今度は避けた先の茂みからもう一人、同じような男が飛び出し、こちらの腕を掴み上げた。
「よぉ
降り立って早々の災難に、どう対応すべきかを考えあぐねる。男を見上げ、既にかなりの
賊と言えど、下手をすれば大事となる。素性が知れてしまう事だけは避けねば。
「ああ、思い出したぞ。その言い回し、昔読んだ三流小説と
腕を掴まれたまま、僅か沈黙が流れる。
懸命に考え、出した応えが挑発であったという自身の
「おう、いい度胸してんじゃねぇか。今日は機嫌がいいから有り金だけで勘弁してやろうと思ってたけどよぉ、お前ぇがそこまで言うなら、お望み通り身
最初に飛び出してきた男は、卑しく舌舐めずりなんぞを浮かべ、腰に
僅か息を吸い込み、掴まれていた男の腕を逆手に
「……
次いで向かってきた男の突進を避け、前のめりの体勢となったその腹へ強く膝を打ち付ける。
急所にでも入ったのか、
「何だ、その
「ぁんだとコラァ! チビが調子付いてんじゃねぇぞ!」
情けで放ったこちらの言葉に、残る男は逆上したらしく、ようやっとナイフを抜き、構える。
得物を閃かせる隙すら与えず
最後に、その戦いとも呼べぬ場を深呼吸で締める。新前の兵にすら匹敵せぬなと、余りの呆気無さに思わず鼻で
「ふ、貴様らがヒトである限り、この身は下せぬ」
既に意識の無い男共に一瞥を与え、群青色のマントを
……賊。世に害なす
私が去った後も、此奴らは何事も無かったかのように次なる獲物へと襲い掛かるのであろう。ならば、回避として今“どうにか”するのが得策ではなかろうか。
男たちへと向き直り、その首根を見つめる。
此奴らとて、外れてしまった人生へのやり直しが利く。……またヒトに生まれる事が出来ればの話だが。
「暫らくは飲めそうに無いのでな。己の不運を悔いて眠るが良い」
襟を下げ、
「ちょっと待ったぁ!」
「!」
しかし、突如響き渡った声により、驚き立ち上がってしまう。
僅か後退り、
鼓動と呼吸が酷く乱れる。気配も悟れぬ程油断していた身を、心底呪った。
「頼む! そいつら、こっちに
今
声の主と思われるそれは、突然降ってきたかと思うと、両の手を顔の前で合わせて
密かに呼吸を鎮める傍ら、目が瞬いた。
「…………は?」
頭を垂れ、手で隠れているので顔は見えない。しかし、束ねる程に長い
その人間が同じ“男”を譲れと
「手配者数、今回で激減しただろ? 前の獲物も取られたし……もうそいつらが最後なの、知ってるよな?」
「手配者……」
そう言えば、酒場にそのような張り紙がされていたようにも思える。
「
こちらの顔色を
「んぁ? おーい、どこ行くんだよ」
この妙な長髪男と会話する間さえ惜しみ、踵を返す。
これでは世話係の小言を聞くより疲れる。……
「その者共、欲しければくれてやる」
「へ? ホントに?」
余り相手にするべきでは無い。先程からどうも嫌な予感がしてならぬ。
「でも、それじゃやっぱ悪いって! 一割……いや、二割は返すよ」
「金銭に不自由はしておらぬ。絡まれただけで、賞金首と思うて
「いやいや、金は幾らあっても困らないだろ。いいから受け取っとけって!」
歩むこちらの背に、大地に響くような大声が打つけられる。盗賊より
「……ならば代わりに、こちらの質問にでも答えて貰おうか」
このまま
「どうぞどうぞ、何なりと!」
見た所幾分か歳は上のようだ。……アレンよりも身長が高く、濃い色合いのマントが更に威圧感を増している。
加えてその
……
「此処は何処だ」
まるで
「え」
それほど可笑しな事を問うたのであろうか、何故か男は次いで顔を引き
それでも数秒の時を要し、気を取り直すように頬を掻いた。
「えっと、あんた旅人?」
「いや、ダルシュアンの者だが」
「この裏じゃねぇかよっ!」
「……」
突然の剣幕に、思わずたじろぐ。不覚にも身が
「しかも何か?
「……やはり返してらおうか、その賞金首共」
「あ、いや悪いっ、
機嫌を
「此処がトトの森中部だという事は分かっておる。知りたいのは詳細だ」
認めたくはないが、男の言う通り、どうやら迷っているらしい。一晩掛けて尚、森を抜けられぬのは流石に妙だ。
「んー、詳細かぁ。説明し辛いなぁ」
「では質問を変えよう。キキルの港は何処にある?」
「ああもう! 目的がそこなら何で街道使わないかなあーっと、すまん失言失言! えっと、キキルなら……
「断る。一刻の時も要すのでな。道順だけ教えてもらおう」
そうでなくともこのような怪しい男、早く遠ざけたい。
「ふーん。なあ、あんた名前は?」
「
嫌悪にも似た表情を浮かべ、低く言い放つ。
「名前くらい良いんじゃね?」
「……。不審者に名乗る気など無い」
やや考えあぐね、再び小さく溢す。すると、突然男が回り込み、眉を跳ね上げてこちらの目前へと立った。
大きく見上げる有様となる目線に僅か後退しそうになり、慌てて睨め付けへと転化する。
「この道進んで突き当たりの大岩を右! 更に進んで大樹の道を右! そしたら川があるから渡って左! で、壊れた小屋が見えたら右! 後はひたすら太陽左側に置いて直進してりゃ建物が見えてくらぁこん
名を断っただけで
「……御苦労、流石は魔道士。その
少々面食らってしまったが、私とて暗記は苦手では無い。この森にもそのような特徴があったとは。
「えー、何で覚えられんだよ。大体、素直にアリガトウも言えねぇの?」
……。
不意に発せられたその言葉に、背筋が凍り付く。身の強張り様は、先程の怒鳴り声に対するものとは全く比較にならない。
「感謝する」
「……あんた、
その理由を知らず、覆面でこちらの口元も見えぬ男は、小さく
特に気に留めず、私は言われた道を沿い始めた。
「おいっ……チッ……じゃあこっちも名乗るから、そっちも名乗れよ!」
先程否定の意を表したにも
此奴め、知る必要の無い名など交してどうするつもりだ。今この身に名乗る名など無い。……母上の御
歩みは止めぬまま、笑みとも泣き顔とも言えぬ表情が浮かぶ。
「俺、キッド。アレキッド=ラバングース」
「…………何だと?」
突如起こった奇妙な偶然が、この身を男へと振り向かせる。
アレキッド……アレンと同じ名だと?
……ふと最後の、あの切ない言葉が脳裏を駆け
愛していると言った、彼の声。その気持ちに……本当は応えたかった。
「はっ、爽快だな!」
けれど、視線の先の人物とそれが全く重ならず、吹っ切るように声を張り上げた。
「呼び名が
「ぐみ……?」
「だが邪魔をされた代わりに、その名は我が心の浅い箇所にでも留めて置いてやろう! 光栄に思え! その軽薄な
言葉とは裏腹に、言い表せぬ想いが胸に流れ
向こうは呆気に取られていたが、間も置かぬ内に怒りを露わにしていた。
「名乗っただけで何でンな言い方されなきゃなんねぇんだよ! この非常識者! 礼儀知らず! 鬼! もういい、さっさと行っちまえ!」
こちらに
そして、赤い顔で
いつまでそうしていたか、不意に我に返ると、その背に小さく
一つ、食事をしそびれたが故にヒトを殺めず済んだ事。
一つ、城に残してきた彼奴を思い出せた事。
城を出てから約半日、少なからず
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