-2- 不穏
『
『しかし、僕には婚約者が……』
――パタン。
「あれ? 姫様、どうされました?」
「返して来い」
陽も沈みかけた頃、ようやっとリリスが
「でも、まだ五頁だってお読みになられていないのでは?」
「三行も読んでおらん」
「ああぁ、
「
「それ“純・
そうは言うが、このまま読み進められる自信も無い。大体、
「そろそろ夕食の時間であろう。もう良い。下がれ」
頁を開いて何やら説明していたアレンだが、突然表情を
「昨晩から
「しかし! ……不可能では無いのでしょう? 僕はてっきり、お
「この身に
「御自身をそんなに
こちらの一言から一体何を読み取ったのか、
「実はもう、料理長と話は付いておりまして。ふふ、
「何? おいアレン! 勝手な
「失礼致します!」
こちらの抗議を完全に聞き流し、ヤツは逃げるように駆け足で城の裏口へと向かう。
“普通”に
アレンは動じない。それは重々承知の上であった。
「くっ……お前の悪い癖だ!」
言い捨てると、振り向きざまに栗色の目が細められ、
「そうやって
「!」
嫌味とも取れる言葉を残し、走り去るアレン。私はその姿を見送ると、また幹枝の上へ飛び乗り、腰を下ろして
今城内を歩けば、目ざとい
……物心付く前から長き年月を共にしている。それこそ、親族よりも近しく。
……。
アレン……。
「おお、ファルトゥナが食事をしておる……」
久しく肉や野菜を口に運ぶ我が姿に、父上は目を潤ませていた。
自身の手を動かす事すら忘れているその様子に、私は小さく笑み返し、
「陛下には申し訳ありませんが、姫様の好物ばかり並べさせて頂きましたよ」
「
「止めぬか
人口密度が高い為か、
「皆は嬉しいのだよ、ファルトゥナ。私以外の者がこの場でテーブルに着くのは本当に久方振りだ。好きにさせてやりなさい」
「……気が散って味が分かりませぬ」
そう言い、肉の一切れを口に含む。父上は暫し笑んだ
「ここにマリエも……いや、マリエとビアンカも揃う事が出来れば、尚良かったのだがな」
その言葉に、場に居る全ての者が重い影を落とす。
王族が
「母上の御体は私などとは比べ物にならぬ程に繊細。食事は毒にすら成り得ます。……姉上、は……。父上、どうかこの場は
「そうだな。お前がこうして居るだけでも喜ばねばならんものを……。
静かにナイフとフォークを置き、ナプキンで口周りを
「いえ、私も皆で食事がしたかったです」
……我が母にして王国ダルシュアンの
その身分でありながら、昼夜を陽の当たらぬ地下で過ごしている。
陽光に彼女の肌を晒すは、決して許される事では無い。
「もう
「ああ、美味であった。久々の食事も良いものだな。父上、私はこれにて失礼致します」
「明日もおいで。
「十年
「そうか、なら相手ついでに今一度ドレス姿を」
「御
抜け目無く言い放たれたそれを、一礼と共に
……。
姉上。もはやこの地には居らぬであろう第一王女、ビアンカ。
数年前、彼女は私の目前で
兵達の必死の捜索や
もう誰一人として、王女が帰ってくる事など信じてはおらぬであろう。
「ああ、姫様が今時分に城内に
と、ずっと後ろに控えていたアレンが唐突に叫ぶ。
「いつもなら屋外でかくれんぼとか木登りとか
先程の話題で私が
その
「かくれんぼだと? 戯けが。城に居るとお前が煩い。故に森で気を休めているのではないか。木登りも、不必要な小言から逃れる為。沐浴は……最近、侍女達の目が鬱陶しくてな。成長しただのもう少し丁寧に流すだの、浴する時間が長引く。それに、自然に囲まれながらというのも中々に……」
「皆、姫様のお美しい
部屋へ向かう足を留め、ヤツへと向き直る。頬は
私は、頭一つ分程高いその目を
「沐浴の事は侍女にしか言うておらぬはずだが。口止めもした。漏らしたとて、男などにそのような話はせぬだろう。……アレン、何故貴様がその事を?」
問うてやると、暫しの間を置いて青ざめゆく。
「申し訳御座いません!」
見る間に頭を床へ擦り付け、城内に響き渡るであろう悲鳴に近い叫びが上がる。
「丁度がっ、外出なされた時に限って見つけてしまいっ……えっと、追ってみたらあんなコトやそんなコトに!」
まさか、この私が追われていた事に気付かなかったというのか? そして、此奴に沐浴の場を……見ら、れ――
それ以上の考えを
怒りと羞恥で呼吸が乱れる。悲観すら
しかし突如として、景色を
「あああ……もう、なん、実は昨日も見っ……あ、いえ今のは! ひいぃ申し訳御座いません! どうか首だけは……れ? 姫様?」
反応遅く、
「何でも、な……ぐっ……」
やはり久々の事に身体が対応
「姫様! お気を確かに! 医師……いや、とりあえずお部屋へ!」
羽織物を掛け、そのまま肩を支えて立ち上がらせる。けれど、喉が焼け付くように急激に渇き出し、再度膝が折れてしまった。
「が、ぅ……アレン……」
「僕はここに! 如何なさいましたか!」
「熱、い……た、すけて」
口が、意図せぬ言葉を
その指先の、なんと長く鋭い事か。
向こうもその変化に気付いたのであろう。我が目を見るなり、息を
「金色……ひ、姫様、お
「くっ、戯けが! 離れぬか!」
湧き上がる衝動を何とか
――血が半分のあなた達は、常に理性と欲望が背中合わせなの。油断と我慢は
昔聞いた母上の忠告が頭に響いたのは、初めて“大切な人”の前で変貌したからなのか。
尻餅をついて
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