カーテンコール
春嵐
第1話
私の人生は機械。基本的な動作を繰り返すことに長けた性質。それが私。
人よりも不馴れなものごとが多すぎる。不器用。才能がない。運動が下手。頭も器量もよくない。
だから、人に訊く。誰かに頼る。
これだけは誰よりも優れていた。自分ひとりではできないことを知っているから、だれかにやりかたを訊くか、一緒に手伝ってもらうしかない。
だから、友達は多い。生きるのに不自由もしない。
それでも、私の人生は機械だった。人との出会いが人間を豊かにすると本に書いてあったけど、他者は自分を優しく助けてくれるだけ。人間が豊かになることはない。わずかに、自分が惨めになっていくだけ。できない自分。機械のような人生。
そして、機械と惨めが極限に達した。
朝。
何の脈絡もなく、しを決意した自分がいる。
外に出る。
朝日。
「まぶしい」
そう。
太陽。
この太陽が登るから、私はしぬ。
「さて」
一緒に住んでいる友人たちと朝食を作り、友達に連絡をして、仕事に休みの電話をいれて。
しのう。
ここで、私の人生は終わり。終わっていいんだ。しねば、機械とも惨めとも無縁。
食事以外の、全てが滞りなく終わった。
いまからしぬのに、食事は必要ない。
自分の部屋。友達の誰も心配することはないし、仕事先も大丈夫。よるごはんは作って冷蔵庫に入れておいた。
「やっぱり首かな」
手頃なロープを探す。
ない。
一度下に降り、誰かにロープを借りる。手渡されたのは縄跳び用か何かのロープ。お礼を言う、惨めな機械の私。
階段を上がり、自分の部屋。
カーテンワイヤーにロープを繋げる。不器用なので、何重にもぐるぐる巻きにした。
椅子に乗って首にロープを繋げ、またぐるぐる巻き。
「準備完了」
不思議。何も感じない。
椅子を蹴れば、私はしぬ。
「あれ」
椅子が蹴れない。運動ができないからか。不器用だからか。
違う。
足が、震えている。
「なにこれ」
右手。ロープを掴む。私の意志ではない。
「やめて」
声にならない。
こわい。
ぐるぐる巻きにしたロープを、ほどいていく。異常なほどに、器用。
「やめて。わたしはしぬの。しぬんだから」
こわがらないで私。
もう惨めなのはいやでしょ。機械みたいな人生に飽きたんでしょ。
生きようとしないでよ。潔くしんでよ。
カーテンの端から、太陽。
やめて。私を照らすな。
カーテンを閉めた。ロープを手から離し、さっきまで立っていた椅子に座り込む。
「私は」
気付いた。
「私はどうぶつなのか」
生きている。機械じゃなかった。
「だからこそやはり」
しなねば。機械がスイッチを切ると動かなくなるように、簡単に人生をあきらめねば。
そう思っても、身体が椅子から動かなかった。
誰かが、入ってきた。ひとり。ふたり。一緒に住んでいる、全員。仕事先のひとまでいる。
抱きしめられる。
みんな口々に、よかった、まだ大丈夫、間に合う、と言っている。
「なにがよかったの」
自然と、口から言葉が出る。
「なにが、まだ大丈夫なの」
意味が分からない。
「なにが、間に合ったの」
薄暗い部屋。誰か。カーテンに手を掛ける。
「カーテンを開くなっ」
叫び。誰かに何かを訊く以外で言葉を繰り出したのは、はじめてかもしれない。
みんな。
嗚咽。
涙。
「ありがとう。はじめてだね。声。大きな声出したの」
開けられるカーテン。開けた人間にとびかかる。無抵抗。覆い被さる。
「いいぞ。たくさん殴れ」
でも、覆い被さっても、人の叩き方が分からない。
「お前は我慢しすぎている。分からないことは人に訊いて、みんなと一緒に何かをして、友達もたくさんいる」
私のことを言われているのか。気付くのが、変に遅い。みんな、口々に喋り始める。
「いつかこういう日が来ると思っていた。来たら、止めずに見守ってやろうとみんなで話してたんだ」
見ていたのか。私がしねないのを。
「しねないよな」
「なにを」
「しねないんだ。わたしたちはみんなそう。ここにいるのは、言い方は悪いけどあなたよりもたくさん物事ができるし、あなたよりもすぐれている人間ばかり」
そういう人間とだけ仲良くなったから、当然のこと。
「でもみんな、しねないの。わたしもあなたも同じ。あなたは人より劣ってるけど、わたしたちと仲良くしてくれた。だから、あなたがしぬためにロープをほしがるなら、つらいけど、貸してあげる」
「お前は自分を惨めだと思っているかもしれない。できないことは、つらい」
つらい。
つらいからしぬ。
「それでも、お前に声をかけられたり、お前を手伝って一緒に何かをするのが、たのしかったんだ」
たのしい。
私が。
私と。
なにかをするのが。
「でも、たのしくても、あなたがたのしくなければ、それはなんというか、せつないことだから。あなたがしのうとしたら、なるべく邪魔をしないように、あなたの望む通りにしようと思ったの」
せつない。
「でも、もし、わずかな可能性だけど、お前が生き残ってくれたら、しなないほうに傾いてくれたら、それは、うれしい。うれしいんだ。みんな、お前と話すのがたのしくてしかたない」
たのしい。
うれしい。
「どうだ。まだ、しにたいか」
「わからない」
「大丈夫。俺たちとお前、そんなに差があるわけでもないし」
「わたしたちも、しにたくなってもしねないんだから。もしこれであなたがわたしたちよりも先に自分でしんだら、あなたはわたしたちよりも優れていたことになるわ」
「そういうもんだ。優れてるとか優れてないとか。友達の多さならお前がナンバーワンだろ」
わからない。
本当にわからない。
「またしにたくなるまで、とりあえずごはんをたべよう?」
カーテンコール 春嵐 @aiot3110
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