毎午前2時

背の高い小人

 人は、生まれ、ほんの一瞬生き、そして死ぬんだ。ずっとそうだ。 瀬戸内寂聴

 午前2時頃、静寂を身にまとった夜が太陽を隠した時間、迷える旅人を導く北極星のように歩道を照らす街灯たちだけが支配する世界にその男はいた。

 服装は上下黒のアディダスのジャージにぼろぼろなサンダルを着ている。

 完全にラフな格好である。

 そしてほのかにシャンプーのにおいもする。

 名も知らぬ男はうつむいたまま道を迷うこともなくゆうゆうと歩く、一本道をまっすぐに。

 その道は道路を沿うように住宅やアパートが立ち並ぶ住宅地域内の実質的なレールである。

 男は十字路に差し掛かるとやっとその身を右に曲げ、まぶしいほどの光をたきながら営業するコンビニエンスストアに入店した。

 男は冷蔵ショーケースを開け、慣れた手つきでエナジードリンク「G-ZONE」を手に取りレジに向かった。

 レジには茶髪の女性の店員が対応した。

 機械的な店員はテキパキした対応であるが笑顔が素敵で愛想はよかった。

 「ありがとう」

 男は商品を受け取り来た道を戻っていった。




 午前2時頃男はうつむき加減に今日もまた現れた。

 格好も黒を基調としているため腕と裾に流れる白のラインが余計に目立つように感じる。

 昨日も訪れたコンビニに向かっているのだろうか。

 それを裏付けるかのようにまったく同じ道のりをたどっているのだからそう想像できるのは容易だ。

 しかし、今夜には静寂はなかった。

 男の遠い前方からサイレンが聞こえる。

 それも何台も重なった、同じサイレンが混ざっている。

 サイレンの音は次第に近づいていた。

 男は前を向き様子をうかがった。

 サイレンを鳴らしていたのは複数のパトカーだった。

 猛スピードで緊急走行するパトカーが男の真横を通り抜けた

 男は横目にパトカーを一度は追ったがまた足を進め始めた。

 コンビニに入ると男はG-ZONEを手に取りレジに向かうと思いきや陳列棚の端にあった半透明なレインコートを選び2つともかごに入れた。

 そのままレジに向かうと昨日と同じ茶髪の女性店員だった。

 店員が商品をビニール袋に入れているときまた緊急走行中のパトカーが店の前を通過した。

 「さっきからここら辺に警察が集まってきて、なんかここで事件でも起こったんですかねぇ」

 男も気に留めた異常な光景に店員も疑問に思ったのだろう。

 「わからん」

 男は商品の入ったビニール袋の取っ手を持ち

 「ありがとう」

 そういうと男は店をあとにしもと来た道へと帰っていった。


 



 午前2時頃今日の男はジャージのフードをかぶり、右手にはビニール袋が握られていた。

 今宵は雲一つない夜空である、さらにそこらに暗闇が投げ売りされているのにもかかわらずなぜ自ら闇を生産し顔を隠すのだろうか。

 すると男がいつもの一本道に差し掛かると音も出さないパトカーが徐行してきた。

 男の歩幅に合わせるように減速していった。

 窓ガラスを下ろし助手席に乗っていた警察官が男に声をかけた。

「こんばんは。こんな夜分遅くにどちらへ行かれるのですか?」

「近くのコンビニですよ」

 その時男は顔を警官に向けると顔には絆創膏が貼ってあった。

 絆創膏には血の赤い色がにじんでいた。

「大丈夫ですか、顔のケガ。傷が深いようですが」

 男は沈黙した。

「ま、まぁようはここらへんで殺人事件が多発していて厳重警戒ってことで巡回して声かけて行っているんですよ」

「そうなんですか」

 男はまるで興味のないようにそっけなく返答した

「おにいさんも最近物騒だから早めに帰ってください。ご協力お願いします」

 パトカーは男から離れ男はそれを横目で見送った。

 男はコンビニに入る前に外にあるごみ箱に立ち止まった。

 男は手に持っていたビニール袋を燃えるごみのほうに捨て、それから店内に入った。

 男はまたG-ZONEとレインコートを購入し店を出た。

 外にはいつの間にかスーツを着た男性が一服をしていた。

 男が店から出ていくのを確認した時スーツを着た男性は火のついたタバコを灰皿に投げ込み男に声をかけた。

「突然すいません。私は捜査一課の刑事をしております佐藤です」

 佐藤刑事は警察手帳を見せ軽く会釈をした。

 男は突然話しかけられたため動揺していたが、すぐに刑事の話に耳を貸した。

「あなた、昨日連続殺人事件のあったアパートに住んでおられますよね。あの二階建てアパートあなたも含めて4人一部屋ずつ居て、いま2人も殺されています。なんでもいいです、昨晩なにか変わったことはありませんでしたか」

 刑事はスーツの胸ポケットからペンの刺さったメモ帳を取り出し、いつでも書けるようにペンを構えた。

男は首をかしげながら答えた。

「・・・ほかの刑事さんにも言いましたがわかりません」

 刑事はメモ帳をぱたんと閉じ、元に戻した。

「はぁ・・・そうですか。何か思い出しましたらこちらまで連絡しください」

 刑事は男に名刺を差し出した。

 名刺には役職、名前、電話番号が記載されていた。

 刑事はコンビニの駐車場に止めてあった車に乗り込み走り去った。




 男はついに姿を見せなくなった。

 いつも対応しているコンビニ店員は店内にかけられている時計を確認しても午前2時過ぎであることに変わりはなかった。

 しかし、一日中変わりはないわけではなかった。

 日中佐藤という刑事がここ一週間の午前2時頃の監視カメラを映像を確認したいと訪ねてきいたのだ。

 誰もいない店内には冷蔵関係の機械音だけが聞こえる。

 すると駐車場に一台の車が入ってきた。

 車は車同士を仕切る白線をまたいだ状態で乱暴な駐車をした。

 店員が様子を見ていると見たことのあるスーツを着た男性が車から飛び出してきた。

 刑事が店内に入るや否や店員めがけて詰め寄った。

「おい!あの男を今日見てないか?」

「見て・・・ないですけど・・・」

「見てないのか?見てないんだな!よし!わかった」

 そう吐き捨てると刑事はすぐさま車に戻り住宅街のほうへ走らせていった。

 店員の額からはじっとりとにじみ出たあぶら汗が出ていた。

 一瞬の会話がまるですべて妄想だったのではなかったのかと思うほど動揺が止まらないようであった。

 もう午前3時になりそうだ。

 店員はバックヤードに戻り制服を脱いだ。

 シフトがそろそろ終わりなのだろう。

 その時、入店音が聞こえた。

 シフト交代の店員がまだ来ていなかったため制服を着なおして接客しなければならない。

 急いで身なりを整え、店内へ戻った。

「いらっしゃ・・・い・・・ませ」

 そこにいたのはいつものお客さん、男であった。

 いつものラフな服装ではなく、びしょぬれのレインコートを羽織っている。

 しかもそのレインコートは店頭で扱っているものだ。

 店員がレジの入ると男はG-ZONE2本を置いた。

「404円になります・・・」

 男が財布から小銭を取り出す、そのとき店員は生身の腕とレインコートの間から赤色の滴が見えた気がした。

 商品をビニール袋に入れるとき男は初めて声を出した。

「袋・・・もう一枚もらえますか?」

 店員ははいとも声が出せなかった。

 商品の隣に織り込んだ袋を入れ男に渡した。

「いままでありがとう」

 そういうと男は出口に向かっていった。

 その間男は来ていたレインコートを脱ぎ、余分にもらった袋に無理やり入れ込んだ。

 そのまま外のごみ箱に袋ごと捨て、男はコンビニを後にした。

 



 レインコートの下はいつものアディダスのジャージ上下であった。

 外は雨が降っていて、黒のジャージも水が吸い込むことによりより一層黒色になってゆく。

 顔の絆創膏が雨により剥がれ、2本のひっかき傷があらわになった。

 雨だけがこだまする夜も冷酷に感じるがいろいろな思いを洗い流してくれそうである。

 アパートの帰路である一本道を進むと次第に雨の音に介入する騒音が聞こえてきた。

 自然現象の優美さを壊すのはいつも人間が関係している。

 そしていまは人の声である。

 悲鳴や叫び声が鮮明になっていく。

 男は自分は住んでいるアパートが見える歩道に腰掛け、袋からG-ZONEを一本取り出し一口飲んだ。

 今日の夜はやたらと明るい。

 男はごうごうと燃え盛るアパート、それに騒ぐ近隣住民を見ながら飲む感覚はまるで一仕事を終えたかのように清々しかった。



 


 


 

 


 

 

 

 

 

 

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毎午前2時 背の高い小人 @senotakaikobito

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