第1話 ウラ

《やれやれ……》


「うっわぁ」


 声でちゃうよ。


 歳かしら。最近独り言が増えた気がするんだよね。


 いやいや、まだまだ若いでしょ、あたし。


 まだ適齢期でしょ。あたし。


 そもそも男と付き合った事ないけど、大丈夫でしょ。あたし。




 目の前の水晶玉にはあたしが担当している男が映っている。また格好つけてるよ。この人……。


 でたよ。やれやれ。


 ……それ、言ってて恥ずかしくないのかな。


 あたしが適当に作ってけしかけたオーク・ケッコウツヨイが雄叫びをあげ斧を振り上げた。


 声、うるさっ。ヘッドホン越しから響いてくる。


 ボリューム下げとこ。


 水晶に触れ、指をツーっと横にスライドする。うん、ちょうどいい音量。


 次モンスター作るときはボリュームを調節しなきゃね。


 モンスター製作もあたしたち管理員の仕事だ。


そうして水晶に目を移すと。


 ああ、またこの人なんか心で語ってるわ……。


 目の前の水晶玉には男の心語りが長々と表示されている。こういうときは、邪魔しないようにケッコウツヨイの動きを止めてあげる。


 一人語りは止めちゃいけないと、このマニュアルに載っているのだ。


 しっかし長げぇな。語り。


 いつまでやってるんだか。てかこのタイミングで回想よくできるなこの人。余裕かよ。


 まぁそりゃレベルやらステータスやらが初期の設定からどれも最高位だから余裕だよねぇ。




 はぁ……ようやく終わった。


 水晶を押し、斧が振り下ろさせる。


 案の定飛ぶ。この男はすぐ飛ぶ。


 横にさっとよければいいんじゃないかな。無駄じゃん、その動き。


 でも、この男はこんな感じの格好いい動きが好きなのだ。だんだんこの男のことがわかってきた。


 まぁこちらとしても格好つけてくれたほうがマニュアルにそって色々できるので都合がいいんだけどね。



 ああ、そうだ忘れてた。


 こいうい時は風でスカートの中を見せるんですよね。


 パラパラと手元のマニュアル本をめくる。ええとたしか28ページだったかな?


 パラリと開くと。


 《突風によるパンツの見せ方〜戦闘編〜》


 あったあった。これこれ。


 こういったエロはどうしても必要な事なんだそうだ。マニュアルにも記されている。これは必要エロ。


 水晶を触って必要以上の風を起こす。ちょっとしたタイミングと力加減が大事。よし、見えた。


 おい、あいつも今チラッとパンツ見たな。


 うん、こっちはバッチリあんたのこと見てるからな。ばれてるぞ。


 言っておくけど、これはあんたのためにやっているわけじゃないんだからね。上の方々が望んでるんだから仕方なくよ?


 なんだろう。この人よりケッコウツヨイを応援したくなる。


 そしてあたしが適当につけた名前の伝説の剣が振り下ろされる。


「うっわぁ」


 また呟いてしまった。この技は男が勝手につけた名前。ようは普通の斬撃。


 なんなんだ、紅蓮なんちゃらかんちゃら斬。恥ずかしくないのかな。そして普段喋らないくせによく噛まずに言えるなこの人。


 あと八ノ型ってそれ以外見たことないんだけど。


 文句しか出ない。


 ……まぁ、本人が気に入ってるからいいか。


 仕事、仕事。これはあくまでお仕事。


 こうして華麗に着地。とはいかず足がもつれる。勘弁してよ。この男はホントにツメがあまい。いつもいつもこれだ。


 慌てて先程の突風を巻き起こして無事に立たせる。


 すると男がキメながら女の子たちを見ている。


 よし、今だ。


 長い黒髪を急いでまとめ、少しの気合いをいれる。腕の見せ所だ。


 格好良くなるよう、水晶操作で月照明をいじる。これもマニュアル通り。


 しかし、この操作がちょっと難しい。二つの月がキュッとやつを照らす。


「よし」


 やっぱり歳かな。つい出ちゃうよね。


 でもいい照明が男にしっかりと当たり歯が光る。光と影のコントラスト、これで二割り増し。


 女の子の目にはこの男が今、カッコよく映りすぎているはずだ。あたしには見えないが。


 こんなちょっとした仕事での達成感は、残念ながら男の次のドヤ顔によって打ち消される。


 少し鼻毛が出てるので再び風を起こし、毛をうまくおさめる。


 とりあえず今日の仕事は終わりかな。あとは報告書のまとめと……。


 すっかり湯気の出なくなったコーヒーをすする。


 電源を落とした水晶玉にあたしの色白の顔が疲れでより色白になってぼんやりと浮かぶ。


 はぁ……。さっさと帰って、この真っ白の仕事技を脱ぎたい。


 地球のギリシャだかなんだの神話をもとにしたこの服は、夏は暑けりゃ冬は寒い。


 形から入りすぎなんだよ。この部署は。まったく。


 胸元のコーヒーのシミ、洗っても全然落ちてねぇし。


 これがあたし管理員、山田の異世界部転生課での業務。


「ああ……腹立つ……」

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