孤独は温もりを求める
~椿~
日曜の午前。
「あ、須賀さん、秋がいつも、お世話になってます」
茶色の
「あぁ、いえ、とんでもない、世話になってるのはこちらの方です…」
須賀はペコペコし、右手で頭を
「秋は…?」
「よく寝ているの。起きるかしら…」
「あ、いえ、無理に起こさなくても、また
「そんな、せめて、上がっていってください。お茶を飲んでいる間に、起きると思いますから…、いや起こしますから」
かすみはそう言ってニッコリと
「あ、え、あ、はい…お、お
須賀は
「ちょっと待っててくださいね、今、
そう言ってかすみは再び微笑む。須賀がチラッと見たかすみの目は、
「あ、は、はい、お、お
ふふっ…と、軽く
「須賀さんが来たわよ、秋」
「秋、ずっと寝るのもいいけど、それはそれで毒よ。少しは体を動かさないと」
秋は、ピクリとも動かない。かすみは、秋の耳元に顔を近づけた。そして〝
「……はっ…」
「おはよう、秋」
「母さん…?」
「須賀さんが、お
「え……?」
「ほら、起きて、ご
「……わかっ…た…」
そう言って、
「……っ! 虫!!」
秋は、布団を
「なんじゃぁ!」
同じく宙を舞う
全てがスローモーションで動いた。
かすみは両手で
銀次はひっくり返ったまま
忍者のように姿勢を低く、
その頭に掛け布団が
布団は〝
「おはようございます」
銀次はひっくり返ったまま。
秋は〝雪んこ〟の
「お、おはようご…ざいます」
*
「お、おい秋、いつからアフロになったんだよ」
「え…?」
「よく休めたか?」
「あう?」
「まだ、
「え…?」
須賀は、起きたのは
「行くのか?」
「うん」
「行くとしたら、いつがいい?」
「向こうが大丈夫なら、今日」
「今日…か」
「おっさん、
「いや、今日は
そう言って須賀は立ち上がり、
『もしもし…』
電話に出たのは、東子だ。
「あ、急にすいません。
『あぁ、この
「とんでもない。こちらこそ世話になりました。その
『えぇ。
「あぁ、病院に行ってちゃんと
『それなら、よかったです』
「それで、本題なんですが……」
『今日、空いてますよ。彼、来る気あるんですか?』
全てを
秋は真剣な顔で、行くよ…、と言いたげにうなずいた。
「では、午後の1時に、秋を
『はい、お待ちしてます…』
「では、そのように…」
『はい。よろしくお願いします』
ブツッ、プー…プー…と通話が一方的に終了した事を知らせる無感情な音が須賀の耳の中を抜けた。須賀は、耳からスマホを離し、通話終了と
「まぁ、少し話すだけだろ?」
「行く意味、あるのかな…」
「
「それが、父さんの
「そうなの…か?」
「うん。でも、だからこそ、まずは東子に会わないといけない」
「どうしてだ?」
「『
須賀は、直之が
「ねぇ、おっさん。昔、
「あったな。お前が生まれる、1年前だったか」
「その人達、どうなったの?」
「何人かは、半年もたずに亡くなっちまった」
「そう…」
「だが、少しだけなら会話ができるような
「そうなの!? その人達は?」
「ある日を
「
「それは無い。自分で歩いてどっかに行ったわけじゃ…ねぇ」
須賀は、
言いにくそうに、話を続ける。
「俺も、
「なに、それ…」
「
「でも、
「黙ってる…。誰も、何も、言わねぇ」
「なんで…」
「その
「
「いや、全くだ。突然、
つまり、その
「家族がどんな
「俺も当時そう思った。
「何か
「それがな…」
須賀は、軽く歯を食いしばった。
「まるで
秋の表情が固まった。
須賀が話を続ける。
「直感で思うさ。誰だって、思うだろう。『
「まじかよ…」
「正直に言えば、俺は、恐くなった。これ以上、首を突っ込んだら自分の人生が根こそぎ
秋は
「俺も今の
須賀の顔色は、あんな
「なぁ、秋、東子さんとの話が終わって、こっちに戻る時に、ラーメンでも食いに行こう」
秋は、突然の
「なんで、ラーメン?」
「たまにはガツンとしたもん、食ったほうがいいぞ?」
「いいよ、うちで食べるから」
「いいから、いっぺん、行ってみようや。
秋はラーメンを食べたいとは思わなかったが、誰かと外食に行くという楽しみを少しだけ味わってもいいのかも…、と思った。相手が須賀だから安心できると言う理由も大いにある。
「
「お前が塩ラーメンしか食べないことくらい知ってるさ」
「母さんに、
「それは、俺から話しておく。お前は…、まずその〝アフロ〟をなんとかしないと、出かけらんねぇぞ?」
秋は、頭をワサワサと
いつもより
「シャワー…、入ってくる」
*
午後、1時。
「普通の、家だね」
「ここで間違いないな」
「はぁ……、おっさん、ついて来れないの?」
「ダメだろ。『あなたがいるなら話しません』とか、冷たーく言われそうだ」
「…行ってくる」
「1時間くらいしたら、戻ればいいか?」
「1時間!? 30分でいい。30分でカタをつける…」
「おい、
「俺にとってはある意味、悪魔だよ…」
そう言って秋は車から
「………よし…」
360度、どこから見ても
ドアが、開いた。
「どうぞ」
「おじゃま…、します」
秋は玄関に入った。
「あなた、なに、そんなに
「
秋はスリッパを履いた。「こっち、来て」と、東子に言われるままに玄関からすぐの
「入って、どうぞ」
「は…はい…」
秋はドアの前でスリッパを脱いで揃えた。
その部屋はどう見ても東子の部屋だった。
青を中心に
ベッドカバー、カーペット、カーテン——。
全てが海の色のような、濃い青空のような。
綺麗な蒼色で
「ここ、座って」
東子は
「今、お茶を持ってくるから。足、
そう言って一度、東子は部屋を出た。
壁がけ時計の音が秋の耳にやけに
「お待たせ」
東子は、麦茶のポットとグラスを白いテーブルに並べた。
グラスにお茶を注ぎ、秋に差し出す。
「あり…がとう」
東子はテーブルを
座布団カバーには、氷の力を使うアニメのヒロインが
「結構、新しい家なんだな…」
「お兄ちゃんが、
「
「そう。『
秋は、あの
「まぁ…もう、人間では、ないけれど…」
窓の外を見て、遠い目をする、東子。
メガネに、
「メガネ、直ったんな…」
「レンズ以外は、なんとか無事だったから」
「お前、どうしてあんなにキレたんだ?」
東子が
「そう、だったのか…ごめん」
「いいの。気にしないで」
秋はなんとか話題を変えようとする。「あ、あの……」しかし
「読んだんだ。遺書…父さんの…」
「あら、そうなの?」
「そこに書いてあった」
「私の父が、
秋は身体をびくっとさせる。
「書いて…、あった」
「なんだ、知ってたのね」
「それで…」
「…ん?」
「俺は、
東子は少し
「私、
「…え?」
「あなたのお父さんが『悪魔を人に戻す』だなんて、
「どう…して?」
秋は顔をあげる。
東子はその目を真っ直ぐに見た。
「私とお兄ちゃん、
秋は
今日、初めて二人の目が合った。
「つまり母親が違う…のか?」
「そう。私は、父が
「どうして
「悪魔になったのよ。父の、
「まさか…! ありえない!」
「金に目がくらんだのよ。
「金……?」
「『
「禁忌を犯した火守りは、
秋は、かすみの顔を思い浮かべた。
かすみは、そんなことは絶対にしない。
「考え方次第では自分を犠牲にして家族に楽をさせようとしたとも取れる。だけど
東子はふぅ…と軽いため息をついた。
「それで昔住んでいた地を追われて、この
「その甘言は誰が?」
「全く、不明」
「…前妻を、斬ったのは?」
「…わかるでしょ」
訊くべきではなかった。
秋は、後悔した。
「…ごめん」
「気にしないで。私、自分の母親しか、好きじゃないから」
「それで、賢二さんが
「もしあの時、斬らずに人に戻せたら、って。思ったのかもね」
深く、長い、
海の底に沈むような
時間にして5分は経った。
カチ…カチ…と鳴る
先ほどに増して、
自分の心臓の音すらもよく聴こえる。
東子は、
自分の足の爪を触っている。
「あ…その…
「いいわよ。連絡、とってあげる」
あっさり、OKがもらえた。
「いいのか…? 早ければ今日にも、おっさんに連れて行ってもらえるけど…」
目を泳がせ、秋はモゴモゴと話す。しかし東子は突然、
「…っ! なん…! なにして…!」
座ったまま後ろに逃げる。
すぐに、
東子は、そのまま——
Tシャツの肩がはだけて、
行き場を失った秋の、顔の真横に自分の顔を
東子の髪から、
口元を秋の左耳に近づける。
そっと——
女らしい声で、言った。
「ねぇ…その前に、教えて。私の事、好き?」
刀闘記
~椿~
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