氷との対峙

~駅~


「今すぐに、救急車きゅうきゅうしゃ呼ばねえと」須賀の心配そうな口調だ。「あんなに飛んだり跳ねたりしてたんだ。どこか骨が折れてるかも……」

「大丈夫だから」


 秋は、須賀をさえぎって体を起こした。なんとか自分の力で立ち上がる。すこしよろめきながら道に転がっている刀に近づく。


「ちょっと、欠けたかな……」


 刀身をじっと見つめる。骨董品こっとうひん鑑定士かんていしに似た目つきだ。しかし秋はめまいに襲われ、その場に座り込んでしまう。


「お、おい! 大丈夫か!?」須賀の顔面が、心配のあまりこわばる。「言わんこっちゃない、やっぱりすぐに救急車を……」

「おっさん、車乗せてくれる? うちに帰る」

「か、帰るって、立てもしねえのに、なに言ってるんだよ……」

「だから、帰る」

「まずは病院に行かないと」

「うちに帰った方が、いいんだよ。本当に大丈夫だから」


 秋はいたって真面目に、強がりでもない様子で言っている。どうやら、自宅に救急車や病院よりも効果的な治療法があるらしい。


「そもそも怪我、そんなにしてない。ちょっと疲れただけだよ」

「アザとすり傷がひどいが……。本当に大丈夫なんだな?」

「アザとすり傷しかないから、これくらいすぐに治る」

「わかった。まあ、直之もよく怪我をしてたが、自宅に帰れば一晩でケロッと元気になってたからな……。アレを飲むんだろ?」

「そう、アレを飲む」


 二人は、フロントガラスにヒビが入った車に戻った。須賀は、車に備えつけの警察無線で、後片付あとかたづけの要請をした。この峠から、秋の自宅までは三十分さんじっぷんの距離だ。


「なぁ……」運転中の須賀が、後部座席に声をやる。「お前すごいよな。あんなに軽々と飛んだと思ったら、こんどは岩みたいに落ちたりして。風の能力ってのは、なんでもできるんだな」


 秋はこたえない。目をつむって、居眠りをしているようにも見える。


「あ、あれか? 魔法みたいなもんなのか? ほら、シャバだとよく、い、異世界ナントカってのが流行ってるだろ? うちのガキもそうゆうのが好きでな」

「流行りは知らない」めんどくさそうな秋の口調だ。「俺、メディアはなにもみないから」

「そうか」

「この能力ちからは、母さんがいるから使えるんだよ。俺一人だと何もできない」

「かすみさんの、母としての想い。それと、火守りとしての祈りの強さ。加えて、お前の剣術に、風の異能力……。向かうところ敵なしだな」

「学校にはいけないけど」

「んなもの」須賀は、心地よく笑う。「行かなきゃ行かないでいい。自分らしい生き方をしてりゃいい。自分らしく、誰かを幸せにできりゃそれでいい。誰がなんと言おうと、お前はお前さ。学校以外に居場所があるなら、そこを大事にすればいい」


 秋は黙ってしまった。須賀は心配して、バックミラー越しに顔色をうかがう。ほんの少し口角が持ち上がっていたから、機嫌をそこねたわけではなさそうだ。


「火が消えなかったら」秋が静かに口をひらく。「父さん、あんな負け方はしなかった」

「直之、剣術の覚えが早いって、よく言ってたぞ。将来が楽しみだって。現に今、相当に強いじゃないか」

「十年前に今くらい強かったら良かったよ」

 

 車は、しばらく田舎の山道を走った。たまに少しの住宅街とコンビニや、明かりの消えたガソリンスタンドなどを過ぎる。線路沿せんろぞいの道に出てしばらく行くと、左手に無人駅が見えた。


「おっさん、止めて、駅」無人駅を見ながら、秋が急に言う。

「なんだ?」

「いる」

「悪魔か?」

「悪魔と、悪魔祓いがひとりずついる」

「わかった、今行く」


 秋は悪魔の気配を感じた。それと、自分と同じ人種の気配も。須賀は無人駅の駐車場に車を止めた。駐車場には一台の青いスクーターと、やたらゴツくて真っ黒なSUVしか止まっていない。


 刀を手に秋は車から降りた。須賀もねんのため、車のダッシュボードから拳銃を取り出し、腰のホルスターにしまう。クールビズのラフな格好には、拳銃の装備はすこし浮いている。


 無人駅の明かりは、どうも気味がわるい。須賀はそう思いながら、虫がう待合室の中を確認。しかし、誰もいない。線路沿いのホームを確認。ここにも誰もいない。秋が離れの場所にあるトイレを見た。


「あっちだ」気配を察したらしい。

「おう……」須賀は銃を顔の横に持ちあげる。


 秋も刀に手をかけ、すぐに抜けるように構えながら歩いた。微かな声が聞こえる。男の苦しそうな声。トイレの裏、明かりが届かない暗い場所から聞こえる。それと、何か、肉を包丁で何度も突き刺すような音も。


「なんか……、寒くないか」須賀が言う。


 夏の夜に、冷凍庫のそれに似た冷気を、二人は肌で感じている。


 歩を進める度に冷気のみなもとに近づいてゆく。弱った男の声と、肉を突き刺す音。須賀は、腰から小さな懐中電灯かいちゅうでんとうを取り出す。もうすぐそこだ、かなり近い。秋の前に左腕を伸ばした。俺が先に行く、とポーズをする。右手に拳銃を構え、それを左の手首で支えながら懐中電灯で前を照らす。


「おい、何してる!」


 懐中電灯の明かりは、二人の人物を照らした。一人は、黒髪のロングストレート。高校の制服姿で膝丈のスカート。丈長の白ソックス。通学用の黒い革靴。切れ長の目。優等生らしいメガネ。スッと高い鼻。


 いかにも真面目で清楚せいそな女子高生だ。腰には二刀のさやが見える。二刀流の使い手だろうか。しかし刀は、右手でしか抜いていない。

 

 女子高生の刀は、動けない男の胸を何度も、何度も突き刺していた。その男は両膝を地面につけ、手はトイレの外壁に固定されている。手足を拘束しているのは、白霧をただよわせる氷の塊だ。女子高生が振り返る。冷徹無比な眼差まなざしは、須賀の背筋までも凍らせた。




 刀闘記


 ~駅~




 

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