氷との対峙
~駅~
「今すぐに、
「大丈夫だから」
秋は、須賀をさえぎって体を起こした。なんとか自分の力で立ち上がる。すこしよろめきながら道に転がっている刀に近づく。
「ちょっと、欠けたかな……」
刀身をじっと見つめる。
「お、おい! 大丈夫か!?」須賀の顔面が、心配のあまりこわばる。「言わんこっちゃない、やっぱりすぐに救急車を……」
「おっさん、車乗せてくれる? うちに帰る」
「か、帰るって、立てもしねえのに、なに言ってるんだよ……」
「だから、帰る」
「まずは病院に行かないと」
「うちに帰った方が、いいんだよ。本当に大丈夫だから」
秋はいたって真面目に、強がりでもない様子で言っている。どうやら、自宅に救急車や病院よりも効果的な治療法があるらしい。
「そもそも怪我、そんなにしてない。ちょっと疲れただけだよ」
「アザとすり傷がひどいが……。本当に大丈夫なんだな?」
「アザとすり傷しかないから、これくらいすぐに治る」
「わかった。まあ、直之もよく怪我をしてたが、自宅に帰れば一晩でケロッと元気になってたからな……。アレを飲むんだろ?」
「そう、アレを飲む」
二人は、フロントガラスにヒビが入った車に戻った。須賀は、車に備えつけの警察無線で、
「なぁ……」運転中の須賀が、後部座席に声をやる。「お前すごいよな。あんなに軽々と飛んだと思ったら、こんどは岩みたいに落ちたりして。風の能力ってのは、なんでもできるんだな」
秋はこたえない。目をつむって、居眠りをしているようにも見える。
「あ、あれか? 魔法みたいなもんなのか? ほら、シャバだとよく、い、異世界ナントカってのが流行ってるだろ? うちのガキもそうゆうのが好きでな」
「流行りは知らない」めんどくさそうな秋の口調だ。「俺、メディアはなにもみないから」
「そうか」
「この
「かすみさんの、母としての想い。それと、火守りとしての祈りの強さ。加えて、お前の剣術に、風の異能力……。向かうところ敵なしだな」
「学校にはいけないけど」
「んなもの」須賀は、心地よく笑う。「行かなきゃ行かないでいい。自分らしい生き方をしてりゃいい。自分らしく、誰かを幸せにできりゃそれでいい。誰がなんと言おうと、お前はお前さ。学校以外に居場所があるなら、そこを大事にすればいい」
秋は黙ってしまった。須賀は心配して、バックミラー越しに顔色をうかがう。ほんの少し口角が持ち上がっていたから、機嫌を
「火が消えなかったら」秋が静かに口をひらく。「父さん、あんな負け方はしなかった」
「直之、剣術の覚えが早いって、よく言ってたぞ。将来が楽しみだって。現に今、相当に強いじゃないか」
「十年前に今くらい強かったら良かったよ」
車は、しばらく田舎の山道を走った。たまに少しの住宅街とコンビニや、明かりの消えたガソリンスタンドなどを過ぎる。
「おっさん、止めて、駅」無人駅を見ながら、秋が急に言う。
「なんだ?」
「いる」
「悪魔か?」
「悪魔と、悪魔祓いがひとりずついる」
「わかった、今行く」
秋は悪魔の気配を感じた。それと、自分と同じ人種の気配も。須賀は無人駅の駐車場に車を止めた。駐車場には一台の青いスクーターと、やたらゴツくて真っ黒なSUVしか止まっていない。
刀を手に秋は車から降りた。須賀もねんのため、車のダッシュボードから拳銃を取り出し、腰のホルスターにしまう。クールビズのラフな格好には、拳銃の装備はすこし浮いている。
無人駅の明かりは、どうも気味がわるい。須賀はそう思いながら、虫が
「あっちだ」気配を察したらしい。
「おう……」須賀は銃を顔の横に持ちあげる。
秋も刀に手をかけ、すぐに抜けるように構えながら歩いた。微かな声が聞こえる。男の苦しそうな声。トイレの裏、明かりが届かない暗い場所から聞こえる。それと、何か、肉を包丁で何度も突き刺すような音も。
「なんか……、寒くないか」須賀が言う。
夏の夜に、冷凍庫のそれに似た冷気を、二人は肌で感じている。
歩を進める度に冷気の
「おい、何してる!」
懐中電灯の明かりは、二人の人物を照らした。一人は、黒髪のロングストレート。高校の制服姿で膝丈のスカート。丈長の白ソックス。通学用の黒い革靴。切れ長の目。優等生らしいメガネ。スッと高い鼻。
いかにも真面目で
女子高生の刀は、動けない男の胸を何度も、何度も突き刺していた。その男は両膝を地面につけ、手はトイレの外壁に固定されている。手足を拘束しているのは、白霧をただよわせる氷の塊だ。女子高生が振り返る。冷徹無比な
刀闘記
~駅~
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