~冷~

 

 男の胸を行ったり来たりする刀のきっ先は血に塗れている。刺して、抜くたび、鮮血がしろがねからしたたる。男は悪魔だ。夜遊び、女遊びをしそうな服装をしている。


「お……、おい」須賀が、おそるおそる話かける「なにやってんだ」

「なにって私、悪魔祓いです」


 女子高生は、真面目まじめそうな見た目そのままの雰囲気で喋った。


「それは、わかるんだが……」

「ええ。下位魔ですから。三七秒でかたが付きました」

「その刀は、普通の刀だろ?」須賀が話す。「妖刀だったら、そこの悪魔はとっくに塵になっているはずだ」

「そうです。よくご存知ですね」

「何がしたいんだ」

「なにって、お仕置きです」

「おしおき……?」須賀は返答に困る。

「はい」

「こいつが……、よっぽど何かしたってのか」

「悪魔ですもの。悪いことしかしません」

「勝負がついたんなら、はやく終わらせればいいだろう!」

「私、嫌いなんです。下位魔の中でも、こうゆうのが特に」

「こうゆうの?」

「えぇ。女性を肉体としかみていない、こうゆうのが。だから、お仕置きです。死んでからも後悔しないと、意味ないですからね」


 捨てるように言ってから、刀を突き刺す反復行動を再開する。ついに秋がしびれをきらした。刀を抜き、悪魔に近づく。


「お、おい秋!」


 須賀は秋を止めようとした。秋はそのまま悪魔に向かって歩く。終わらせるつもりだ。しかし、数歩すすんで、彼はぴたりと止まった。


 今まで悪魔を突き刺していた刀が、秋に向けられたのだ。ちょうど、目線の高さまで持ち上げられた赤黒いきっ先が、血のしずくを落とす。


立神たちがみさんちの。秋くんです?」女子高生は、悪魔から目線をそらさずに、秋に話しかける。

「ああ」

「何の用です?」

「そいつを斬る」

「あなたが?」

「ああ。俺が斬る」

「そうですか。もう少し待っていただけませんか」

「待てない」

「なぜ?」

「趣味の悪い遊びを、ながめる趣味はない」

「それなら、黙ってここから立ち去ったらいかがです?」

「断る」

「では、この悪魔が死んだら、代わりに遊んでくれますか?」

「断る」

「なぜ?」

「趣味が合いそうにない」

「そうですか」

「どけ」

「ここはあなたの土地ですか?」

「どけ」

「あなたに従う理由がありません」

「どけ!」


 秋は刀を悪魔に向けて振り上げる。しかし、秋はすぐに防御の体勢たいせいを取らねばならなかった。女子高生が秋に向かって刀を振ったのだ。袈裟斬けさぎりを受け止めた秋の刀と、女子高生の刀が鍔迫つばせり合う。秋は両手で、女子高生は片手で、それぞれ相手の刀を押さえつける。


「おい、よせ!」須賀が銃を構えた。銃口は女子高生に向けられている。「なんのつもりだ。お前らがやりあったら、どっちも怪我じゃすまないだろう!」


 女子高生は至って無表情。

 その身体から冷気がただよってくる。


「二人とも、刀をおろせ!」


 須賀がもう一度、強めになだめる。


「なにを考えてやがる……」秋は奥歯を噛んだ。視線は強く、にらみを効かせる。

「なにって、悪魔が嫌いなんです。それだけです」

「こんなの意味がない、終わらせろ」

「私が先に見つけたんです。終わらせるタイミングも、私が決めます」

「命は誰かの所有物じゃない!」

「何匹もの悪魔を自分の意思で狩っておいて、よく言えますね」


 女子高生の身体から、より一層強い冷気があふれ、男二人の体温をみるみる奪ってゆく。血液が凍りはじめる。


「くっ……」秋の奥歯が震える。

「寒そうですね、夏なのに。私は暑いくらいです。立神さんと言えば、風の能力ちからでしたっけ。うらやましい力ですね」


 軽い金属音が鳴る。女子高生の方が秋の刀を払った。鍔迫り合いを終わらせたのだ。


 秋の身体は冷えきっている。しばらく冷凍庫に閉じ込められていたみたいに。須賀も、歯を振動させながら、構えていた銃を下ろす。


 女子高生は、なにくわぬ顔で悪魔の所に戻った。左手でもう一本の刀を抜いて、刀身を悪魔の首に一振りをあびせる。悪魔は塵となった。その体を拘束していた氷だけが、その場にむなしく残る。


きょうが冷めたとでも言うんですかね、こうゆう時」女子高生は無表情で言った。二刀をそれぞれ、腰のさやに納める。「邪魔をされたとは言え、同職どうしょくに刀を向けてすみませんでした。ところで、あなた、誰です?」


 女子高生は、須賀の方を見た。

 まるで、野生の動物を観察するような目で。


「須賀、刑事だ。あんた、どこの?」

三代東子みしろとうこ花明応高校ばなめいおうこうこう二年。三代家七代目悪魔祓い」


 東子は淡々と自己紹介をする。


「三代……」秋は心当たりがあるようだ。

「立神さんちの、秋くんですよね。お父さん残念でしたね」


 秋の逆鱗げきりんに触れかねない言葉がとびだす。


「おい! やめろ!」須賀が声を上げる。

「今度は火、消えないといいですね」

「お前……!」秋は左手に拳を作った。

「よせ、秋! 落ち着け、ただの挑発だ!」須賀が二人の間に割って入る。

「あんたも、仕事が終わったんなら早く帰ってくれ!」須賀の口調が強くなる。「ここからは警察の仕事だ」


 東子は、視線を横に流した。鼻で深呼吸をして、逆立った神経を平らにする。


「ええ、そうします。夜分やぶんにお騒がせを致しました。あぁ、そういえば、悪魔に襲われそうになった女の子、助けましたから。無人駅とはいえ、監視カメラくらいつけて下さい。そう、刑事さんから鉄道会社にお伝え下さい。それでは」


 東子は心のこもっていないお辞儀をした。すたすたと姿勢よく、淡白な歩き方で、あっという間に二人の視界から消えた。それから駐車場に止めていた青いスクーターにまたがり、颯爽さっそう帰路きろにつく。


「なんなんだよ……」秋は刀を納める。

「長袖を着てくりゃよかった…」須賀は寒そうに両腕を組み、上腕じょうわんを手でこすった。


 壁と地面に張り付いた氷が溶けて、水溜りができた。真っ赤な血と、灰色の塵が、冷たい水に混同こんどうしてゆく。その様子を、秋と須賀が見つめる。そこに妖怪でもいたかのような、そんな顔で。


「なあ秋、雪女って、この世にいると思うか」

「ついさっきまで、ここにいた」

「だな……」

「夏なのに、湯船につかりたくなった」

「お、同じこと考えたな。どうだ、一緒に入るか?」

前言撤回ぜんげんてっかい。シャワーでいい」




 刀闘記


 ~冷~


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