風銀立神 篇
~秋~
「突然、酔った男が入ってきて……」
コンビニ内の従業員用の控え室。人が三、四人、一度に中に入れるかどうかの狭い部屋。監視カメラの映像を映しながら、怯えた様子でコンビニ店員が誰かに喋っている。会話の相手は、いかにも刑事らしい男だ。
「店の中を
店員は、更に映像を早送りさせる。若い男の子が入店するところが画面に映った。
「その男の子、酔っ払いを背中から蹴ったんです。そしたら酔っ払いが吹っ飛んで……」
監視カメラの映像は、若い男の子が酔っ払いを背中から蹴った様子を映し出す。蹴られた方は、大型の
店員が別の監視カメラの映像に切り替えると、ドリンクを冷蔵しているガラス張りの冷蔵庫に頭から突っ込んでいる酔っ払いが映った。若い男の子の蹴りは、大の男を
「そのあと駐車場に男の子が出て行きました。酔っ払いもすぐに起き上がったと思ったら、物に八つ当たりをしながら、その子を追いました」
酔っ払いの男は、頭をガラス張りの冷蔵庫から引っこ抜くと、体に触れるもの、進路を
さながらブルトーザーとか。
重機に例えた方が早いかもしれない。
「あとは」コンビニの店員がそう言いかけたとき、監視カメラの映像を食い入って見つめていた刑事が、「刀……?」と言った。
「はい……、あっという間に、サラリーマンが倒されました」
刑事は、その後に駐車場で起きた出来事を
「わかりました。ご協力感謝します」刑事は、店員に向かって軽く敬礼をした。「ひとまず、店員さんに怪我がなくて良かった。店のこと、しばらく大変かと思いますが、こちらも警備を置いておきますんで。とにかく命があることが何よりです」
「
「おう、ちょっと待ってくれ」
「あ……、す、すいません」コンビニ店員は恐縮した。
「
*
午後四時。夕方と言ってもまだ陽は高い。月に場所をゆずる気は全く無いと言わんばかりに、
庭は、
庭の裏口から、
その踏まれた砂利を、熊手で直す一人の女性がいる。彼女は足下まである深い紺色の和装に身を包んでおり、彼女の頭髪は
「秋は、昨日も闘ったのですね」女性が誰かに話しかけた。しかし、秋は寝ているし、他に人の姿は見えない。
「あれくらいの
白く、綺麗な手にひょこっと乗ったのは一匹のハムスターだ。全身、
「おぉおぉ、すまんの。つい居心地がよくてな」
おじいさんと言われたハムスターは、坊主の女性の手に運ばれ、秋が寝ている
「昨日は、どんな悪魔だったのでしょう」
「さしずめ酔っ払いに毛が生えた悪魔じゃろうて」
「酔っ払いですか」
「そうだよ。秋、全く動いとらんかったようじゃ」
老人ハムスターは、秋の服や靴が全く汚れていない事に気付いていた。もし激しい戦闘をしていたのなら、衣服が少なからず痛んでいるはず。
「さすが先輩は違いますね」
「なぁに、わしなぞ先輩でもなんでも、ないよ」
「おじいさんもお酒、よく飲まれていましたね」
「よう飲んだ。一生分は飲んだの」
「この子もいずれ、お酒を飲むのですかね」
「どうじゃろな、血は争えんと言うからの」
秋の頭の左右。
左耳からは、坊主の女性の声。
右耳からは老人ハムスターの声。
「うるさいな…」
「秋、おはよう」庭の女性が声をかける。
「今……、なんじ?」秋は寝ぼけている。
「四時じゃよ」老人ハムスターが言った。
「朝の?」秋は真顔だ。
「夕方よ」と女性が応える。
「夕方?」
「うん」
「夏だから、どっちかわからない」
「夏と言っても、朝はこんなに暑くないわよ」
「そっか……」
「ごはんたべな? そうめん
「まだいいよ。ありがと」
親と子の会話のように聞こえる。
坊主の姿をした女性は、秋の母。
名を〝
「母さん」
「ん?」
「火は?」
「大丈夫よ」
「そっか…」
秋は安心したような、しかしどこか不安そうな顔で少し
秋の自宅である寺院の
「秋……」
かすみが小さな声で名前を呼ぶ。三人は全く同じ景色を思い出していた。十年前、秋がまだ七歳の時。一度だけ寺院を守る緑色の火が消え、秋の父が、その命を落とした日のことだ。
刀闘記
~秋~
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