刀闘記

燈羽美空

~始~


 夏の深夜、コンビニ。

 人気ひとけのない駐車場。

 向かい合う男が二人。


 うち、一人は黒いパーカー。

 紺色のジーンズを履く。

 無造作むぞうさにはねた、やや長めの黒髪。

 その前髪の隙間から覗く青い瞳。

 七メートル先に立つ男を睨み続ける。


 手には一振りの刀。

 まだ鞘の中。

 抜いてはいない。

 直立不動。

 姿勢は良い。

 微動だにしない。

 ただ、立っている。


 もう一人の男。白いワイシャツ、解けたネクタイ。黒いパンツスーツ。さしずめ、仕事帰りに酒を呑んだ、その帰りともとれる。しかしその男、頭から漆黒の角を二本生やし、瞳は上を向いてうつろだ。


 なにか体に悪い毒でも飲んだように異様に全身を震わせ、くねらせ、手はブラブラと脱力し、その肌は薄い紫色をしている。その手を見ただけでもほとんどの人間は、気味が悪いと思うだろう。または、危ない人と察するに十分。


 深夜のコンビニ、ちなむところ店内は滅茶苦茶に荒らされ、店員は怯えている。店のすみで膝を抱え、震えている。どちらが荒らしたのだろうか。


 刀を持ち、若々しい格好をした方が、未成年らしく何らかの癇癪かんしゃくをおこして暴れたともとれる。酔っぱらいのサラリーマンが、酒に呑まれて暴れたとも見れる。


 頭から角を生やし、地肌を紫に変色させ、人間らしい眼光を失った、見るからにおかしいたたずまい。人から離れたその者が、店内を荒らしたと見るのが自然であろう。刀を持った方はそれを退治しようとしていると見るのも、それまた自然な感覚である。


しまいには、「んふ、ハハハァ……! ナンダソレ、ナンダソノボウッキレ!」と笑い出したのだから、救いようがない。無論、笑い出したのは若者ではない。角を生やしたサラリーマンの方だ。

 

 パーカーを着た、刀を持った若者は黙っている。


「オマエ……、コロしたいなぁ。コロシタイナァ……!」サラリーマンの男は体をくねらせ、よじらせる。定まらない姿勢と視線と足元。不気味な声。その声は幾つもの声が混ざっているように聞こえ、単声ではまず有り得ない不協和音ふきょうわおんを発している。「アァ! ナンダヨ、ハラタツ、ハラタツなぁ。なんにもいわないハラタツなぁ……!」罵声を浴びさせられている若者は、依然として黙っている。


「コロソーか……、そろそろコロスかナァッ!」サラリーマンのシャツが破れる音がした。その音と同時に、背中から黒い翼のような物が生えてきた。コウモリの翼によく似ている。


 酒気をおびた息を撒き散らし、叫ぶ。先ほど生やした翼を大きくひとあおぎする。紫の肉体は真っ直ぐに若者に向かって飛翔した。まるで矢を放ったかのように、一直線に若者へと飛びかかる。若者とサラリーマンの体がちょうど重なった時。金属と金属を打ちつけ合ったような、甲高い音があたりに響いた。


 金属音と共に一度、重なった体と体はすぐに離れた。サラリーマンの方がすぐに後ろに飛び退いた。刀を持った若者の方は今まで立っていた場所から一歩も動いていない。違いがあるとすれば、刀を抜いたこと、それのみ。


 サラリーマンは苦しそうにしている。


 若者に体を当てた際、厳密げんみつには、爪で若者の首筋を引っ掻こうとした際。若者は刀を抜き、抜かれた刀はサラリーマンの右手の爪を一度、受け止めた。金属と同じくらいまでに硬化した爪の勢いを殺し、若者はすぐさま紫色の手首に刀を当てた。刀身とうしんはサラリーマンの手首から先を切り落とした。手を切り落とされたらそれは、生き物ならば苦しむのは当然のことで。


「アァァ! オマエ! シヌカ! 死ぬヨナアァ!!」


 サラリーマンだった生き物は叫び、もう一度若者に向かって飛翔し、今度はまだ残っている左手の爪を若者の首筋に突き立てようとする。その爪は、指からもう一つ指が生えたくらいに長く、鋭く伸び、軽く湾曲し、鉤爪かぎづめの形を成して若者の首筋を狙う。


 若者は左足を一歩後ろに下げて、右足を前屈させると刀を胸の前へ、横に水平に構えた。自らに飛びかかる生き物が再び自分の体に重なるまでに、刀を一度、天に向かって突き刺すように振り上げる。生き物が若者の間近まぢかまで飛びついてきた矢先、刀は地に向かって綺麗なを描いた。


 その弧は生き物の体を。縦、真二まふたつに斬り裂いた。


 身体の中心を、縦に二分割された生き物の半身はそれぞれ、若者の後方へと勢い余って転がる。どこからともなく声が聞こえた。それは斬られた生き物の口から出てくるのではなく、いわば、たましいが発する音のようなものであった。


「ナンダ……、オマエ……、コロした、オレヲ?」


 そう言い遺し、真二つに斬られた体はちりになった。 


 灰だとう人もいる。


 埃だと云う人もいる。


 粉々になり地面に積もったそれは、一つの生命いのちが終わったことを意味する。生き物を斬った若者は刀についた塵を一振ひとふりして落とし、鞘に刀を納める。きんと鳴った心地良い納刀の音でよどんだ空気を澄ましてみせ、先ほどまでわめき散らしていた生き物の亡骸なきがらを背中に感じながら、静かに、こう云った。


「近所迷惑だ」




 刀闘記


 ~始~

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