第30話 事件の後で

 楠木にリストリングを巻き付けた直後くらいに、県の魔術対策班が到着した。予め事情を知っていたらしく、彼らは楠木に取り合えず付けていた僕のリストリングを外し、返却してくれた。楠木や広瀬、山沢たちのならず者のMAPたちは魔術対策班が然るべき処置を施した後、護送車に格納してどこかへ連れて行った。楠木についてはリミットブレークを引き起こしてしまったので、後々面倒なことになるに違いない。

 その他の楠木・上村合同軍に属する輩は、警察たちによって次々に身柄を拘束され、警察署へ移送されていった。

 僕は辛うじて意識は維持していたものの、著しく衰弱しているという判断が下った。さらに、一度レベル5相当の魔術を連発したということでリミットブレークも疑われた。とはいえ、一応自力で歩くことはできたので、パトカーに乗せられて一旦MAP専門の病院に行き、その後警察署で事情を聞くという流れになった。一応、どうにかこうにか歩けはしたので、左右に金森君と蓮田さんに支えてもらいながら、近くに待機しているパトカーへととぼとぼ歩いて行った。

 その時、ちょっとした事件が起こった。

「あ、来た来た!もう、探したんだから!」

 嫌になるほど聞いた嫌な声。そう、上村綾音だ。

 彼女は僕らの前方へ、転げるように飛び出してきた。さしずめ、僕らを待ち伏せしていたのだろう。一番目立っていた上村が警官たちに捕縛されていないのが不思議だったが、恐らくは事情を聞こうと近づいてきた警官から逃げてきたのだろう。息は過剰なほど弾んでおり、今来た方向へちらちらと視線を飛ばしている。

 上村の顔には、引きつった笑みが張り付いている。それを維持したまま、ボロボロになった僕らのところへやってきた。

「あんた、てっきりボンクラの役立たずかと思ってたけどさ、さっきは上手いことやってくれたじゃない。いつもノロマだからびっくりしちゃったよ。褒めてあげる」

「別に、君のためにやったわけじゃない」

「まぁたまた!別に隠さなくたっていいって。本当は私に気に入られたいからあんだけ頑張ったんだよね?じゃなきゃあんな馬鹿な真似しないもんね」

 乾いた笑いを伴って、上村は僕の行動について言及した。

 上村はうんざりするほどの上から目線で、基本的に自分以外の人間は下位の存在だと思っている節がある。何をしにきたのかよく分からないが、そんな了見だから自分がまずい立場に陥ったとしても人を見下す姿勢が抜けないのだろう。今の二言三言ですらそれを感じ取れる。

 くだらない話を垂れ流す上村に、金森君が毅然とした態度で立ち向かう。

「上村!嫌味を言いに来ただけなら、さっさと消えてくれないかな。酒匂君は今から病院に行くんだ。お前の相手をしている暇はない!」

「うるさい!お前には話してねぇんだよ!」

 どうやら上村は僕にしか用が無いらしい。金森君が口を挟むと、顔を般若のように歪ませて威嚇した。

「上村さん、金森君の言う通りだよ。もしも特別に用事が無いんなら遠慮してもらえないかな?今パトカーが待っているから・・・」

 蓮田さんも正論を明示して上村を追い払おうと試みた。しかし、やはり上村はものすごい剣幕で蓮田さんを睨み、一方で僕には無理矢理顔を捻じ曲げて笑顔をアピールしてくる。僕は僕で上村の顔は色んな意味で見れたものではなかったので無視して進もうとするのだけど、僕らの進路に上村は立ちふさがり、妨害してきた。

「あのさぁ・・・本当に、どいてくれないかな。僕らは早いとこ病院や警察に行きたいんだよ」

「いいから!私の話をちょっと聞きなさいよ」

 傷だらけかつ疲れ切っている僕らに対し、上村は腹が立つくらいに元気だった。

 一体何なんだこいつは―――僕らの誰もがそれを思っていたけれど、上村が継いだ言葉は吃驚すべきものだった。

「私、あなたが命を懸けて私を守ってくれる姿に惚れちゃったの。だから、私と付き合おうよ?ね?」

 上村はあからさまにしなを作り、上目遣いで僕に色目を使った。それだけでなく、僕に対してとんでもない提案をぶち込んできた。 

 これには金森君も蓮田さんも呆気に取られていた。普通の男子生徒であれば、学年一の美少女からこんな打診があったならば舞い上がるのだろうが、もちろん僕の答えは決まっている。

「・・・はぁ?君と交際する?頭でも打ったの?絶対に嫌なんだけど」

「えぇ!何でそんなこと酷い事言うの?信じられない!私みたいな美少女と交際できるなんてもっと感謝感激しなくちゃ!ノリが悪いなぁ!だからさぁ、その代わりとして、今回の事件は駿哉が勝手に始めたことで、ギャラリーたちは駿哉の味方。私だけはそこにたまたま居合わせて、一切何も関係がないって警察に話してよ!ね?悪くない話でしょ?」

 またご都合主義か―――僕は得心が入った。

 とことん僕を見下していた上村がそんなぶっ飛んだ提案をしてくるなんておかしいと思った。つまり、被害者である僕らの口から警察に対して自分には罪がないことを弁明してもらおうとしているのだ。そして、ゆくゆくは高レベルMAP・酒匂瑞樹の魔術を後ろ盾にして、藍沢北高校に自分の帝政を敷き直す―――浅はかで自分勝手な上村綾音復活へのロードマップがありありと想像できた。

 楠木が使えないから、次は僕。そういうことだ。

 一気に気分が悪くなった。吐き気すら催した。何でこの段に至っても僕らが献身的に上村のために動くと勘違いできるのだろうか。

 僕らは上村を徹頭徹尾適当にあしらった。だけど、上村は僕ら三人にくっついてどこまでもくだらない話を続けている。これだけの騒ぎを引き起こした張本人なのに、自分だけは何としても助かろうという魂胆を隠そうともしない。まったくもってあさましい。

 あまりにもしつこいので、立ち止まって意思表明を試みた。

「上村。君は僕らに自分の無実を訴えてほしいようだけど、悪いが今回の事はありのままを全部話す。君と楠木たちが全部悪いってことをぶちまけてやるし、何だったら厳罰を求む旨を切に懇願してくる」

 僕らが毅然たる態度を取ると、上村は明らかにそわそわし始めた。

「ちょっと!止めてよ!私、今停学中なんだよ?そんな時にこんな事件起こしたらマジで退学なんだって!あんた、私が退学になってもいいわけ?」

「どうして君が退学になるのを僕らが止めないといけないんだ?意味わからん。少なくとも僕は、君が北高からいなくなると清々するけどね」

「そんな酷いこと言うんだ・・・だったら!私だってあんたがレベル5の魔術を使ったことを警察に話してやる!これであんたはおしまいだ!」

「言えば?経緯がどうであれ、レベル5の魔術を使ったことは事実なんだんだ。どっちみち何かしら罰を喰らうことになるんだろう。だけど、僕はそれに向き合うつもりだ。君もそうしたほうがいいよ」

 あぁ言えばこう言う―――今の上村はまさにその言葉が相応しい。

 だけど、いくら僕らに取り入ろうとしたところで、結局上村はプライドが高く、僕らを下の存在だと見下している。下出に出るなんてことは人生で一度もやったことがないだろうから、上村はイライラし始めているようだった。

「おい!酒匂瑞樹!」

 はいはい、いつもの逆切れですか・・・僕は呆れた。

「お前一体何様のつもりだよ!私がやれといったら誰であってもそうしなくちゃいけないんだ!それをあんたらは私を無下にして、調子に乗ってるんじゃ―――」

「上村!いい加減にしろ!」

「え・・・?」

 あまりにもしつこい上に自分勝手なので、思わずキレた。

 僕は痛む体を引きずるようにして呆然と立ち尽くす上村へ近づく。

「君さぁ、いつも自分は悪くない悪くないって言ってるけど、どんだけ頭がお花畑なの?!学校での騒ぎも、停学も、この公園の事件も、全部全部君のせいだ!それを分かっているのか?!」

「やめてやめてよ。勝手に逆切れしないで。私だって―――」

「逆切れじゃない!いつまで自分は悪くないと思ってんだ!頭大丈夫?!」

 いつも上村に罵倒されたり間接的に暴力を加えられていた僕だが、この時ばかりは全く立場が逆転していた。

 僕は日頃溜まっていた上村への怒りをありったけぶちまけた。上村はすっかり弱気になって目線をあちこちに飛ばして動揺している。僕は追い詰めるように彼女の顔の前に自分の顔を持っていき、考え得る限りの強い罵声を浴びせた。学年一の美少女に対しここまで顔を寄せるなんて、いくら上村が性悪でも多少はドキドキするのだろう。だが、今は怒りに憎しみに満ちており、そんな感情は微塵もなかった。もはやぐちゃぐちゃに顔が乱れた上村に美少女の面影はない。ただただ、自分の都合の良い言い訳を並べて何とか過失を逃れようとする、卑しい存在だ。そんな奴に手加減する道理はない。

「今までは、どんなわがままを言っても、それがどんな騒ぎになったとしても、周りの連中が全部後始末してきたんだろ?だけど、僕らは絶対に君を許さないぞ!人の事を見下して傷つけることを何とも思わない君に、情けを掛けるつもりは一切ない!」

「ちょっと、怒らないで・・・恐いって・・・やめて」

 ここまで来ると、上村には当初の勢いは全くなかった。立っているのもやっとという感じで、ふらふらとしている。もう二言三言怒鳴っただけで、パタリと力なく倒れるのではないかと思ったほどだ。だけど、僕の怒りは到底収まらない。

「さっきも言った通り、全部君らが悪いんだと主張するつもりだ。何をされてもそれは変わらない!君が自分の罪を悔い改めて償うまで、僕らはどこまでも君を追い回して徹底的に追い詰めるから、そのつもりでいろ!」

「やめて・・・やめて・・・」

 上村の目からはぼろぼろと涙が溢れ出た。そのせいでまた顔面が酷い有様に形態変化しつつあった。

「以上!二度と僕らの前に現れるな。さっさと消え失せろ!もしもまたふざけたことを抜かすのであれば・・・どうなっても知らないからな」

 言うだけ言った。僕は僕で過呼吸が酷かった。どうしても上村を見ると怒りが抑えきれなかった。何か手を出さないうちに、とっとと病院に行った方が良かった。

「ねぇ、ちょっと待ってよ!私を助けてよ!クラスメイトでしょ私達!」

「いたぞ!君!待ちなさい!」

 そのうちに、上村は追いかけてきた警官に見つかり、逃げを打つ前に拘束された。

「離せ!私は悪くない!悪いのは魔術を使った連中だ!私は無実だ!」

「静かにしなさい!話は警察で聞くから!」

 上村は警官に怒られながらどこかへ連行されていった。

 僕は金森君と蓮田さんのところへ戻った。

「随分とぶちかましたねぇ。酒匂君」

 金森君はにやにやしながら、僕を抱えている手で体を軽く叩いた。

「酒匂君、ちょっと言い過ぎだと思うけど・・・すっきりした。ありがとう」

 蓮田さんもにこりと僕に笑みを見せた。


 元々満身創痍だった僕だったが、上村とのくだらないやり取りをしたせいでさらに塩梅が悪くなった。朦朧としたまま、パトカーの後部座席に乗せられたのは覚えている。その後は意識の喪失と奪取を繰り返しているうちに病院に到着した。

 その後は猛烈に眠くなり、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 真っ白な病室には、僕以外誰もいない。どうやら個室のようだ。真っ白な蛍光灯の下には、木目調の棚や必要最低限のサイズのテレビが設置されていた。壁面に取り付けられている時計を見ると、午後10時の少し前程であった。窓にはカーテンが引かれ、外の様子を伺い知ることはできなかった。

 ようやく自分の所在が明らかになり、体に目を落とす。僕はいつの間にか患者用の淡い緑色の服に着替えさせられていた。ズタボロになった制服はビニール袋に詰められ、ベッド脇の小さなテーブルの上に置かれていた。ビニール袋の内側には泥や血がべっとりと付着しており、先程までの戦闘がいかに苛烈であったかを物語っていた。体から露出している体の8割程度は包帯でぐるぐる巻きにされていた。服の裾を掴んで内側を覗き込むと、その中も包帯で手当てがされている。まるで自分がミイラにでもなったかのようだ。だが、ミイラではなく僕は生きている。その証拠に、ほんの数ミリ体を動かしただけでも、骨と筋肉を直接痛めつけるような激しい痛みに襲われた。歯を食いしばってその痛みに耐える。正直しんどいが、これも高火力の魔術をバンバン撃ちまくった代償だ。自業自得なので仕方がない。

 僕が目を覚ました十数分後、病室のドアが勢いよく開いた。

 入り口に立っていたのは、看護師さんと母だった。

「瑞樹・・・瑞樹・・・!」

 母はグレーのパンツスーツ姿だった。きっと、帰宅して家に帰るも僕が不在で、そのまま連絡が無い状態でいる時に僕が病院に運び込まれた連絡を受けて、急いでやってきたのだろう。母の顔は険しく、青白い。

「あぁ、母さん。ごめんね、心配かけちゃって・・・」

「瑞樹!」

 強い語勢で僕の名前を呼んだ。直後、走り寄ってきてベッド上の僕を抱きすくめた。耳元では、母の嗚咽が聞こえてきた。

「母さん、ずっと心配で心配で、気がおかしくなりそうだったんだから」

「・・・ごめん」

「ここに来る途中、気が動転して3回も追突しそうになったのよ?」

「えっと・・・それは大変だったね。だけど大丈夫、僕は―――」

「大丈夫じゃないでしょ!」

 突如、母が僕を見据えて言った。これは母が僕を叱る時の雰囲気と似ている。背中から汗がどぱっと滲み出た。

「あなた、何で魔術なんて使ったの?母さんと魔術は使わないって約束したじゃない!リミットブレーク寸前で収まったから良かったけれど、もしかしたらあなた死んでたのかもしれないのよ?!分かってる?」

「分かってるよ。だけどそれは―――」

「だったら!もっと自分を大事にしなさい。相手や周りがどうかなんて関係ない。あなたはもっとあなたのことを大切にしなさい。母さんは・・・母さんは、あなたにお父さんのようになってほしくない・・・!」

 為す術もなく言われるままにしていると、遂に母さんはその場で泣き崩れてしまった。

「あなたがいなくなったら、母さんは一人ぼっちになるんだよ?」

 とどめのように、両手で顔を覆った母が言った。

 本当は言い返したい気持ちだった。魔術を使ったのは確かに良くない。だけどあの時は殺されかけていたわけだし、リミットブレークを起こした楠木を鎮めるためにも仕方がなかった。そのように弁解し、母にも納得してもらいたかった。

 だけど、母を不安の極致に陥れ、悲しみに満たしたのは否定できない。僕の無謀な行動がそうしたのだ。

 きっと、母さんは僕と父さんを重ねて見ている。父さんのようにリミットブレークを起こして悲惨な末路を辿ってほしくない―――きっとそう思ったのだろう。

 早くに愛する人を亡くした母。そして、女手一つで僕をここまで育ててくれた母。

 その気持ちを思うと、僕は何も言い返せなくなってしまったのだった。

「ごめん、母さん・・・これからはもう、無理はしないよ。約束する」


                  


 

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