第27話 波濤は放たれた

 広瀬が無情にも蓮田さんを打ち据えた時、僕の中で何かしらかのストッパーが弾け飛んだ。

 胸の辺りから堰を切ったように流れ出す魔力を感じた。僕の腕の周りには、空気中の水分から形成されたと思しき水の塊がぐるぐると旋回し始めた。そして手の先に危険なほどの熱が集まり始めているのが分かった。

 錯乱しつつある脳みその中でわずかに動作している思考回路を使い、僕は自分の体に収まれと指令を送る。息を整えて、体全体にぐっと力を入れる。だけど、胸の方からこみ上がってくる熱量が止まることはない。苦しみを紛らわすための深く早い呼吸。喉を通り抜ける空気が擦れて、変な音が出ている。

 駄目だ!もうスクウォートを止めることはできない。

「山沢!すぐにそいつから離れろ!」

「は?お前、一体何をそんなに焦って―――」

「いいから!逃げろ!」

 先程の弛緩しきった楠木から一転、奴は山沢に逼迫した声を飛ばしている。腕を振り上げて僕の近くからすぐさま離れるように大振りなジェスチャーも送っている。

 だが、災厄の大元たる僕には判る。

 僕の能力であるスクウォートが間もなく最大火力で放出されること。

 そして、山沢はもう手遅れであるということ。

「うぉわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 自分でも情けない、それでいて獣のような絶叫が溢れた。

 その瞬間、手の先に溜まりに溜まった魔術エネルギーが一気に放出された。

 僕の周りが、水の塊で埋め尽くされた。今は日もとっぷりと暮れた夜だというのに、視界のほぼ全てが真っ青に染まっている。僕の手から、抑えきれない魔術エネルギーが水撃となって噴射された。両足と地面の摩擦力ではその反動に耐えられず、噴射方向とは逆側に二度三度ともんどり打った。無限に生み出されるとさえ思える水は荒れ狂い、MAPである僕にすら痛みに似た飛沫を打ちつける。

 その中でどうにか体を立ちあがらせる。耳の中には轟音が鳴り響いている。

 青色に支配された視界。その向こうの様子が微かに見えた。

 僕の手から打ち出された水撃は、一瞬のうちに山沢を吹き飛ばした。

 山沢は野球ボールのように、凄まじい速度で何度か地面に胴体を打ちながら空中を転がり続ける。そのままの勢いで、最終的には公園最外縁に設置されている金網に激突した。山沢の体は金網にめり込み、奴の衝突地点を中心に金網をぐにゃりと歪ませた。

 ややあって、山沢の体は重力に従って垂直面から剥がれ、草が生い茂る地面にぼとりと落ちた。まさか殺してしまったのではないか―――冷や汗がどばっと出たが、奴はのろのろと体を起き上がらせ、ゆっくり体を引きずっている。一応、生きてはいるらしい。だが、あれではもうこちらに牙を剥くこともなかろう。

 体に力を込め、魔力を抑え込む。同時に、周囲の様子を見る。

 案の定、そこにいる誰もが呆然と立ち尽くしている。楠木や上村、広瀬は顔面蒼白で何やらぼそぼそと呟いているし、後ろの馬鹿なギャラリーたちは互いに顔を見合わせて事態の把握に努めている。

 敵の中にぺたんと座っている蓮田さんは、両手で口の辺りを押さえつけている。目はまん丸に見開かれている。

 一度魔力を出し切って、僕の中にあった圧倒的な魔力は一旦は無くなった。だが、まだ胸の辺りが熱い。短い周期で呼吸を繰り返してもまったくクールダウンできそうにない。また少ししたら魔術エネルギーが溢れ出てきそうだ。

 今も魔力の放出を我慢しているが、手の先からちょろちょろと水滴が滴り落ちている。先程は、魔力が飛び出す瞬間に東雲さんから教わった抑制術を思い出し、それをやってみた。上手くいったかどうかは不明だが、どうにか殺人を犯すことは避けられた。でも、こんな限界の状態での魔力制御が、いつまでも続くわけがない。それを体の感覚で確信している。

 圧倒的な怒りと魔力を、それとはまったく釣り合わない自制心で抑え込む。僕は手の先のエネルギーを大きくしたり小さくしたりしながら、今度は広瀬に近づく。

 それはもちろん、蓮田さんを取り返すためだ。


「お前・・・その子を離せ・・・!」

 ひりついた喉で僕は広瀬に凄んだ。

 我に返った広瀬は、蓮田さんの腕を乱暴に握り、自分の方へ引き寄せようとしているところだった。

「へ、へへへ、離すもんか」

 奴はまたしても蓮田さんの背後に周り、彼女に抱きつくようにして自由を制限した。もしも僕がさっき山沢に殺されていたとしたら、こいつは何度も蓮田さんに隷属を求め、それが拒まれたら殴る、を繰り返していたのだろうか。それを考えただけで虫唾が走る。絶対に許すことはできない。

「早くその手を離せ!さもないと、君を殺すことになる―――!」

「お、お前にそんなことできんのかよ。ヘタレ野郎が」

「駄目・・・駄目だよ酒匂君!もうやめて!」

 広瀬の汚らしい手に手首を強く握られたまま、蓮田さんは僕に叫んだ。

「酒匂君!さっき私達に話してくれたじゃない!魔術は使いたくないって!」

「勝手に喋るんじゃねぇよ!」

 自分の支配下にある蓮田さんが勝手な行動をしているのが気に障ったらしい。広瀬は蓮田さんの手を一層強く、乱暴に自分の方に引き寄せる。蓮田さんは涙目になりながら「痛い・・・止めて・・・」と呟いている。

 魔術なんて使わなくて済むならそれが一番だ。少しでも広瀬のツンツン頭に脳みそが詰まっているならば、先程の強烈な魔術を見ただけで白旗を上げるに違いない。僕としてもそうしてもらえればありがたい。

 広瀬は僕から一歩、また一歩と後ずさる。

 だが、奴は僕への敵意を緩めなかった。まるでそれが抗えぬ性であるかの如く、僕への強い言葉と煽り、そして敵愾心のアピールを止めない。

「・・・お、おい、まだ俺にボコボコにされたいってのか?だが、残念ながらてめぇの相手をしている暇はねぇんだ。今からこの子と朝まで楽しむ予定だからな」

「黙れ!」

 相変わらず減らず口を叩く広瀬に対して、僕の心は一層深い怒りに包まれる。

 それに反応して、抑えていた魔力が漏れ出し、水撃となって辺りに噴出した。数条の水飛沫が闇を割いて、そのうちの一つが木にぶつかった。魔術は幹を抉り、自重に耐えきれなくなった木々が繊維をみしみしと破断させながら倒れていく。

 東雲さんが言っていたことを思い出した。

 魔術の制御能力は、MAPの精神状態に依存する―――。

 いま、それを身をもって感じている。僕が怒りを感じるたび、僕の中の魔力が一気に解放―――もとい、暴発している。

 そんな僕は周囲からすれば脅威なのだろう。少しの間広瀬も圧倒されているようだったが、少しして頭をブルブルと振り、喉を震わせた。

「山沢を倒したからって調子に乗るんじゃねぇぞ!あいつは仕方無しに仲間にしてやっただけの男だ。あんな凡骨と俺は・・・ち、違うぞ!まったく、全然違うんだぞ!わかってんのか?!」

 真っ黄色のエネルギー体が、広瀬の掌には集まる。だが、焦っているせいか上手く集まらないようだ。

「く、くそ!何でエネルギーが上手く集められないんだ!」

 流石の広瀬もがたがたと体が震えている。とっくに蓮田さんへの卑しい思いは消え去っているようで、彼女の手を離していた。

「もういいだろ?魔術を止めろ。僕はお前を殺したくない」

「うるせぇ!ゴミ野郎!お前が俺を殺さないなら、俺がお前を殺すぞ!」

 ほとんど冷静さを失った広瀬だったが、ゆっくりと掌にエネルギーを凝集し始めた。バチバチと何かが弾けるような音を立てながら、エネルギー体は徐々に大きくなっていく。先程までのガルバナイズは途轍もない脅威だったが、今となっては幼児の魔法ごっこ以下に見える。

「へへへ、これでどうだぁ!」

 広瀬は肩を振り上げ、ぎこちない動きでエネルギー体をこちらへ撃ち出した。

 僕はその球筋をじっくりと観察し、体を捻ってそれを避ける。

 今度はこちらの番だ―――僕は再び広瀬に向けて手をかざす。だが、このままでは間違いなく奴を殺してしまう。あんなゴミ野郎でも、命を奪うことは憚れる。

 僕は奴の立ち位置から数メートル離れたところに掌を向ける。ちょうどそのタイミングで僕の意図に従わず掌から鋭く水が迸り、公園の土に衝突して地面を穿った。その衝撃は視界を悪化させるほどの土埃を巻き起こらせ、同時にガタイの良い広瀬の体を宙へ舞い上がらせた

 奴はごろごろと無様に転がり、最後は仰向けになって止まった。

「ぐあっ・・・げほっ・・・げほ・・・」

 広瀬は幾度か咳をしてから立ち上がった。

 ふらふらと広瀬が立ち上がるのと同時くらいに、外野から上村の声が飛び出した。

「広瀬!立て!立って私のために戦え!」

 彼女は彼女でこの状況をまずいと思っているらしく、声を上ずらせながら広瀬をまくし立てる。

 自分は何もしないのに上から目線で偉そうだ。僕だったらあんな奴の為に何かしようとは思えない。だが、広瀬はまだ戦うつもりらしい。魔力を集めるような仕草をしている。

 恐るべき忠誠心だ。惜しむらくは、捧げる相手を間違っている。

 僕にはそんなことどうでもいい。とにかくこの内側から湧き出るエネルギーをどう処理していくか―――それが切迫した問題として僕に付きまとう。

 怒りに支配された僕は、手の先から制御能力を超えた分の魔術を迸らせながら広瀬に近づいた。地面や木々に放出された水撃は、いとも簡単にその周辺の地形を変形せしめた。地面は大きく抉れ、木々は仰々しい音を立てて倒れていく。

「酒匂君・・・止めて、もう止めて」

 地面にぺたりと座った蓮田さんは、小さな声で僕に呼び掛けている。

「このままだとあなた・・・もう戻ってこられなくなる・・・!」

 彼女の言葉は少なからず僕の心に刺さった。

 僕は周囲にある物を破壊に導きながら広瀬へ近づく。もしかしたらもうとっくにリミットブレークが起こっているのやもしれない。だけど、僕はもうどうでもいい気がした。どうせこのままでは僕はもとより、金森君や蓮田さんだってむざむざと殺されるんだ。こんな野蛮な連中に命を狩られるくらいならば、いっそ父と同じ犯罪者のレッテルを張られたとてリミットブレークに陥った方がマシだ。

 だが一方で、本能的にそんなことはいけないんだと押し留めようとする思いも併存している。

 僕の心は、怒りと冷静さとでぐらぐらと揺れている。

 広瀬は恐怖の極致に達したらしい。もう先程のように啖呵を切ることも無くなった。

 僕が一歩、一歩と近づいていくと、広瀬は情けない声を漏らして後ずさっていく。そして遂にはまともに立ち上がることができず、地面にどんと尻餅を付いた。

 腰砕けになった広瀬を見下ろす。肩を大きく揺らしながら短周期で息を吸ったり吐いたりしている。

「もういいだろ?降参しろよ」

「うるせぇうるせぇうるせぇ!うぉぉぉぉ死ねやぁぁぁぁ!!」

 広瀬は遂に魔術の行使を諦めた。奴は四足歩行の獣のように手と足で地面を引っかきながら推進力を得た。その勢いのまま、口から涎、目からは涙を迸らせながら、僕に向けて思い切り拳を突き出してきた。

 僕は思わず奴の前に掌を掲げる。その瞬間、魔術エネルギーが放出され、奴の渾身の拳はいとも簡単に威力を失った。

「うぐわぁ!」

 それでも減衰しきれないエネルギーは弱っていた広瀬を弄んだ。奴は僕の魔術により再度数メートル上の虚空に投げ出された。自分で自分の体の制動も利かぬままに何度か縦方向に回転した後、顔を下にして地面に落下した。幸い、落下地点が噴水の池だったらしく、奴の体はバシャンという水を打つ大きな音を上げて暗い水の中に消えた。

 二度三度咳をしながら池の外縁に横たわる広瀬に近寄った。

「もう諦めろよ。安静にしておいた方がいい」

「お・・・お前は一体・・・」

 広瀬の顔は血だらけであった。さっきまで僕の方が傷だらけだったのに、今となっては広瀬の方が余程瀕死状態に近い。だけど、弱々しいながらも僕を睨めつける黒い瞳が光った。なるほどこんな大がかりで馬鹿馬鹿しい襲撃に加担するだけのことはある。身の程知らずな自信と攻撃性だけは一級品だ。

「う、ぐ、くそっ・・・こんな奴に・・・俺は・・・」

 広瀬自身、まだまだ戦う気力は残っているらしいが、肝心の体がどうにもならないらしい。ここで広瀬が戦闘不能となるのは僥倖だった。またしても体の奥から膨大な魔術エネルギーが手の先へと流れ込んできた。

 僕は体を強張らせ、それを押さえつける―――大丈夫、まだ何とか我慢できる。

 それを自分の中で認識し、僕は周囲を取り囲むギャラリーたちを睨んだ。


「おいおい、一体あいつ何者なんだ?!」

「あっという間に二人がやられたじゃん・・・」

「やべぇよ、やべぇよ!俺まだ死にたくない!」

 楠木や上村の部下たちは顔面蒼白だった。

 彼らは、先程まで虎の威を借る狐の大群であった。彼らとしては、レベル3の魔術を撃てる人間が三人もいるということで、僕らを打ち負かし、自分達の中に渦巻く嗜虐心や刺激を欲する思いを好きなだけ満足させることができると考えていたのだろう。実際のところ、彼らには勝利が転がり込みつつあった。

 だが、その目論見の要であるMAPが相次いで無力化されてしまった。それを受けて、明らかに気もそぞろな様子だ。

 そんな中、上村と同じグループの女子が踵を返す。

「・・・私たちはこれで帰らせてもらうわよ?後はあんたたちで処理しといてよ」 

 確かあれは上村のグループのナンバー2くらいの女子だったはず。比較的力の強い彼女が、声を震わせながらもグループ全体へ自分たちの離脱を宣言する。彼女たちはこちらに顔を向けながらも、足だけはじりじりと公園出入り口へ動いていく。

 これはあまりにも勝手ではないか―――仄かな怒りが込み上げてきたが、やはり他の人間にとってもその感情は同じだったらしい。

「お、おいお前ら、逃げる気かよ!だったら俺だって逃げさせてもらうぜ!命は惜しいからな」

「ふざけんな!そもそもはお前らが言い出した話だろうが!責任取れや!」

 遂に奴らは崩れ始めた。

 ギャラリー達は公園の出口に向かいながら醜い口喧嘩をやり始めた。そもそも、この大所帯は楠木や上村の配下にある複数のグループを機械的に集めて結成されたものなのだろう。もちろん、到底一枚岩では無い烏合の衆であるのは間違いない。調子の良い時はいいが、危険が迫れば瓦解するのは早い。即席の組織というのは得てしてそんなもんだ。

 予想だにしない崩壊に歯止めを掛けるべく、楠木と上村は逃げ出す連中に向けて怒声を飛ばす。

「おいお前らどこに行く?!さっさと戻れよ!」

「逃げるな!私を守れ!あいつを殺せ!」

 しかし彼らの動きは相変わらずだった。二人の統率力は、もはや彼らの動揺しきった心には一切及んでいない。ただただ誰もが身の保身の為に逃げを打つことばかり優先している。自分たちのしでかしたことの責任を取ろうともせずにだ。

 彼らの薄情な振る舞いに我慢ならない―――この騒動の首謀者である二人は、そう考えているようだった。

 だが、彼らに許しがたい怒りを覚えていたのは、何も楠木や上村に限った話ではない。

「楠木、上村。僕もお前らに同感だ」

「え?」

 二人は怪訝そうな顔をして僕を見た。

「僕だって、奴らを逃がすつもりはない」

 僕は拳を握り、放射状に散ったクズ共に向かって弧を描くなぞるように腕を動かす。すると、逃げ出した連中の体は、その体以上の大きさの水の塊に包み込まれた。その水の塊は"ゴミ"を内在させたまま、ぷかぷかと夜の闇に浮かび上がる。水に囚われた人間が、苦しそうに無茶苦茶にもがいたり、口の辺りを手で押さえて肺の酸素が逃げないようにしている。

 奴らの姿を見ていると何とも滑稽だ。

 先程まで僕らを打ちのめす事に快楽を見出していた最低な連中が、今はこうして僕が打ちのめしている。彼らの命を潰そうが生かそうが、今や僕の判断次第だ。何だったら、このままあいつら全員溺死にさせたっていいくらいだ。自然と、薄ら笑いが漏れた。

 だけど―――僕はその高揚感に疑念を感じた。

 僕は今、魔術を使って敵対する人間を屈服させ、潰走させることも許さずに打ち倒そうとしている。それに対して、認めたくはないことだが、少なからず悦に入っている。先程までは魔術を使わぬよう、魔術で人に危害を加えぬよう、と常に心掛けていた。だけど今やどうだ。僕は魔術を使って人を苦しめているのだ。

 それは、結局こいつらがやっていたことと同じではないのか?

 この強大な魔力を使って、奴らを打ちのめしたいだけなのではないか?

 僕は我に返った。僕は急いで手を開いた。水塊は次々に地面に落下した。そこから水が溢れ出て、中にいた人間たちも吐瀉物のように押し流される。意識が剥離する寸前だったのか、皆ぐったりしている。時折、弱々しく咳をする声が聞こえてくるばかりだ。あれならばしばらく反撃に転ずることはできなさそうだ。


 後は残り二人―――楠木と上村の馬鹿カップルを成敗するだけだ。

 魔力がこみ上げてくるのを必死で抑え込み、僕は二人の近くへ歩み寄る。

 馬鹿共が逃げるのを魔術で阻止してからかなりのタイムラグがあったと思う。だけど、楠木も上村もその間に僕に反撃をすることはなかった。二人は茫然としたまま口をあんぐりと開けていた。

 だけど、僕が近づいてきたのを見て、上村が我に返ったように楠木を睨み、怒声を浴びせた。

「ちょっとあんた!これはどういうこと?!三人がかりで酒匂瑞樹も倒せないわけ?ホントにあんたは何をやらせても役立たずなんだから!」

「ちょっと、落ち着いてよ綾音ちゃん・・・」

「これが落ち着いていられるか!私に今すぐ対応策を示せ!あんたは役立たずのブ男なんだから、せめてそれくらいのことをして私の役に立とうっていう気概は無いわけ?!!こんなだから酒匂瑞樹ごときに遅れを取るんじゃな―――」

「うるせぇ!何も知らないくせに勝手なことを抜かすな!」

 珍しく、楠木が上村にブチ切れた。楠木は上村よりも上背がある。その位置関係を利用し、楠木は上村に可能な限り詰め寄り、上からありったけの圧を加えた。

 上村は異常とも思えるほどの上から目線だ。もちろん傍から見ればそんなことは明らかだったのだが、楠木にはそれが分からないのか、これまで上村の指示や思想に異を唱えることはなかった。

 奴の尋常ならざる強い態度を示され、上村も若干及び腰のようだ。

「・・・は、はぁ?ちょっと、何でそんなに怒ってるのさ?やめてよ」

「お前はわかんねぇかもしれねぇけどなぁ!あいつは、レベル5のMAPなんだ!」

「な、何よそれは!意味わかんないんだけど!」

 楠木の強い言葉を受けて、1立方ミリメートルもないであろう上村の忍耐の心は破裂した。腕をぶんぶん振り回し、靴で荒々しく足踏みをしながら楠木に言葉をぶつける。

「めっちゃ強いMAPってこと!それも桁違いのな!俺らが何人・・・いや何百人集まっても敵わないだろうよ」

「はぁ?!バッカじゃないの?!酒匂瑞樹がそんなわけないでしょ」

 口元だけ笑みを浮かべながら、上村は顔を向けずに僕を指さした。

「現に、あいつはリストリングを使ってあの程度だったわけでしょ?」

「いんや、それがそもそもの間違いだ。ありゃあ、魔力を抑制するためのもんなんだ。魔力を増強するためのもんじゃあない」

「だから、さっき山沢がリングを付けた時に魔術を撃てなかったんだ・・・」

 二人は明らかにトーンダウンしていた。大きな声量の減らず口も、今となっては何も聞こえない。自分たちは敗北したこと、そして痛い目を見ることは避けられないという事実が、二人を押し黙らせた。


 既に僕の中の魔術エネルギーは爆発寸前まで溜め込まれている。

 やはりこの二人は抹消するより仕方ない。

 ここで情けを掛けて生かしたところで、こいつらは僕らを悪者に仕立て上げるだろう。そして何の罪も感じることもなく、人様を傷つけたり貶めたりしながら、これからもつつがなく暮らしていくのかもしれない。

 こんなことが許されていいのか―――そう考えると、僕は一つ結論を導き出した。

 殺さない理由が無い。

 自分の中で暴れまわる怒りに促されるまま、奴ら二人に手を向ける。

 これでこんな茶番はおしまいだ。

 あいつらのバカげた計画もご破算、そして僕の人生もめでたく終了だ。


「次は・・・お前らの番だ!」

 これで終わらせる―――そのつもりだった。

 だけど、今まさに魔力が開放されようというタイミングで、僕の背中に暖かい感触を感じた。

「酒匂君・・・もう止めて!止めてよ!」

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