第21話 逢魔時の路傍にて
僕がレベル5であることを告げると、案の定二人は目を丸くして固まった。辺りには多種多様な賑やかさや動きが溢れているというのに、僕らのこの空間だけ時が止まっているかのようだ。
今にも凝固でもしてしまいそうなこの場で、静かに動いたのは蓮田さんだった。
「レベル5って・・・MAPの魔力レベルのことだよね?」
「うん、そうだね」
続けざまに金森君も僕に問うた。
「それって、かなり強い魔力なんじゃ?僕この前動画サイトで見たよ。レベル5ともなれば、一つの災害と同等の力があるって」
「その通り。僕の能力であるスクウォートは、それこそ鉄砲水や津波とおんなじだ。だから普段はこの力を制御して生きているんだ」
二人はやはり、どのような表情を浮かべるべきか、分からない様子だった。困惑しているようにも見えた。まあ、これくらいの反応は大体想定の範囲内だ。MAPの対応に慣れているはずの市役所職員ですら、まるで僕を珍獣か何かのように不思議そうに眺めるのだ。むしろ逃げ出したり、不気味そうに遠ざけないだけ随分とマシだ。
「その・・・どうやって魔力を制御しているの?」
「このリングで魔力が流れる魔道というところに制限を掛けてるんだ。こいつを付けていると、大体レベル4相当の魔力抑制効果がある。つまり、普段の僕はレベル1と同じ程度だということ」
僕はこの前東雲さんから説明された話の内容をそのまま転用して、二人に話した。この魔術制御リングにはサプレスという魔力抑制の能力を持ったMAPの力が封入されており、それによって魔力が下がる。僕も東雲さんから聞かされるまでそういった原理を全く知らなかった。
「へぇ、これが―――」
手首にはまったリングを金森君がとっくりと見つめる。そして、何かを思ったのか手を引っ込める。
「これが、僕の秘密の全てだよ。そのせいで色々と君たちに違和感を感じさせていたかもしれないけど、そういうことなんだ。すまなかった」
何だか神妙な気持ちになって、今一度頭を下げた。僕の支離滅裂な言動は随分と二人を翻弄し困らせた。これくらいの謝罪は必須だと思った。
「そんな!謝ることじゃないよ!むしろすごいことじゃない!日本でも有数のMAPだなんて!」
「そうだよ!それは君の素敵な才能の一つだよ」
蓮田さんも金森君も僕を褒めちぎった。それが上っ面のものじゃなく、心の奥底から湧いて出た感情だということはすぐに分かった。
だけど、僕にはそれが少しだけ辛かった。
「いやぁ、違うんだ。そういうんじゃない」
僕は大きくかぶりを振った。
「確かに、この力自体は国内最高レベルだって言われている。だけど、僕は今この力の制御が完全にできずにいる。僕は、この力が憎い。こんなの消えてしまえば、といつも思っている。とにかくみんなと同じく普通になりたいんだ」
柄にもなく、僕は自分の思いを吐露していた。二人は静かにそれを聞いている。
「ずっと魔術抹消治療も受けているんだけど、力は増していく一方だ。もしもこのまま力が強くなり、それが制御できなくなったら・・・僕は家族や君たちを傷つけるかもしれない。そんな状態で他の人と上手く付き合っていく自信が無い。それが辛いんだ」
初めて、母以外の人間にここまでの思いを話した。今まではそんなこと言うべきではないと固く心に誓っていたのだけど、どういうわけかこの二人にはそういうことを隠さずに言えた。
目が少しだけ潤んできたが、どうにかそれを堪えた。
「そうか、そういうことだったんだね」
金森君がうーんと小さな声で唸った。この金森君の反応は、僕への共感なのか、あるいは―――何だかいたたまれなくなって、逃げるようにカフェオレを口にする。
「うーん、それでも私はやっぱり、あなたには自分の能力を恥じるべきではないと思うなぁ」
「え?」
蓮田さんはあっさりと、だけどしっかりと言い切った。いつものように、僕の揺れる心をしっかりと捕らえる。
「人はそれぞれ生まれた環境や境遇を変えることはできないけど、その中でたった一つでも自分の個性だと思う面を積極的に大事にしていこうとすることが大事なんじゃないかな。確かにあなたのように否定的に捉えたくなるのも分かるけど・・・でも折角他の人にはなかなかない個性を持ってるんだし、もっとポジティブに考えなくちゃ」
蓮田さんの表情は輝いていた。
自分自身を認めてあげること———目の前の女子にはそれが完璧にできているように見えた。何だか目の前にいるのは同級生の女の子なんかじゃなく、もっと年上のお姉さんのようにさえ思えてきた。
「そうだよ!僕だって他の人とは少し違うけど、どっこい生きてる。何とかなるって」
金森君も笑顔で拳を握った。
「だけど、少しでも酒匂君が辛くならないようにするためにも、今後はあまり魔術を使わないようにしないとだね。この前は仕方ないにしても、ああやって多かれ少なかれ被害は出るのだし」
「うん、分かってるよ」
「確かに蓮田さんの言うとおり。まぁ、そうは言っても魔術を乱発してた楠木もそれを煽る上村もしばらくはいないわけだし、別に大丈夫でしょ!」
結局、その後僕の魔術の事を交えつつ、三人で色々な話をした。何だかんだで、僕らは学年の実力者だった楠木や上村たちと因縁がある者同士で奇妙な結束で結ばれていた。あまり品行方正とは言えないかもしれないが、彼らの凋落した様を三人で語り合うのは少し愉快だ。
帰り際、僕はコーヒー店のトイレに向かった。水物をがぶがぶ飲んだので、急に尿意がやってきた。もちろん、初めての店なのでトイレの場所が分からない。取り敢えず天井からぶら下がっているピクトグラムを参考にしながら店の中をずんずん進んだ。
看板に従って店の奥の方に行くと、男女一つずつトイレのドアがあるのが見えた。ドアの脇には洗面台が設えてある。本当にトイレに行くためだけの通路らしく、店内の瀟洒な雰囲気とは打って変わって、のっぺりとした壁や天井が取り囲んでいる。
そこで、僕は女子トイレから思わぬ人物が出てきたのを視認した。
「あれ、君は・・・畑中さん?」
間違いなく、女子トイレの扉の前にいたのは先程蓮田さんと何やら話をしていた畑中さんだった。藍沢北高校の制服、真面目という言葉を見事に体現したかのような出で立ちは、間違いようがない。
一体ここで何をしてるのだろうか―――そんなことを考えているうちに、畠山さんは小さく礼をして足早に僕の横を通り過ぎていった。
僕と彼女は全くといってよいほど接点がない。それなのに、学校内ならまだしも校外で出会うなんてものすごい確率だ。奇跡だと言ってもいい。珍しいこともあるもんだな―――その時の僕はそんな風に思った。
僕が用を済まして席に戻ると、ガラス張りの外の世界ではとっぷりと日が暮れていた。バイパスの車が、ヘッドライトで闇を切り裂いたり橙色の意思表示をしながら次々通り過ぎていく。
僕が戻ってきたのを契機に、僕ら三人はコーヒー店を後にした。辺りはすっかり暗くなっており、もうそろそろ高校生がほっつき歩いていると大人たちがあんまり良い顔をしない時間帯だ。僕らは蓮田さんの家を経由しつつ、それぞれの家に帰ることにした。男たるもの、ご婦人が夜道を一人きりで帰るのを見て見ぬ振りはできない―――金森君がやたらと鼻息を荒くしてそうのたまったからだ。
帰りの道すがら、僕らはコーヒー店の勢いそのままに話をした。
「えぇ!蓮田さん、また県大会に行くことになったんだあ!」
「うん。だけど、なかなか一回戦が突破できないんだよねぇ」
「すごいじゃないか!僕なんか、地区大会ですらまだ一度も勝てたことが無いんだよ」
数メートル先を歩く金森君と蓮田さんが部活動の話をしている。僕は部活動未加入なので、一時的に話の輪から外れることになった。
二人の背中を見て、やっぱりちゃんと礼を言わなきゃな、という気持ちになった。
「あ、あのさぁ!」
バイパス通りから少し脇道に入ったところで、金森君と蓮田さんの背中に声を掛けた。二人はこちらを見た。
「二人とも、今日はありがとう。僕、自分の能力に悩んでばかりいる毎日だったんだけど・・・もしかしたら受けいれられるようになるかもしれない」
突然の謝礼に二人はぽかんとしていたけど、すぐに僕に笑顔を見せてくれた。
「うん!その意気だよ!」
「何かあったら相談しなよ。僕じゃ何の役にも立たないかもしれないけどね」
僕はここ数ヶ月、いや数年で最も心が晴れやかになった気がした。
レベル5の魔術なんて、そうそういるものではない。本当なら厄介がられてもいいはずなのに、
二人とも受け入れてくれた。僕は本当に涙が出てきそうだった。
だけど、僕らが向かう先にいたある人物の姿を見て、すぐにそんな気は失せた。
「よぉ、久しぶりだな」
そいつは道の角目に立っていて、僕らを見るなり進路に立ち塞がった。どう見ても、待ち伏せである。
ダメージ加工のGパンに、アメリカの国旗が刺繍されたジャケット。スタイルが良いというよりは、ガタイが良いと言いたくなるような大柄な体。そして、骨ばった顔に浮かぶ不敵な笑み。
間違いない―――数メートル先にいるのは、あの楠木俊哉だ。
「コーヒー店で一服なんて、イケてるねえ。流石は聖なる三人組!まるで後光が射しているかのようですな」
嫌味な口調で、楠木は僕らを小馬鹿にした。
「おいおい、君はまだ停学中のはずだろ?こんなところほっつき歩いてるのはマズイんじゃないの?」
「関係ねぇよ。こちとら家に籠もって毎日毎日問題集と写経ばっかりだ。少しくらい息抜きでもしとかねぇと苔が生えてきそうなんだよ」
楠木は明らかに苛立っている。
奴の顔はそれこそ石像のようにやたらと角ばっているから、苔がこびりついたら逆に下品さが薄れて、和風庭園の庭石よろしく奥ゆかしさすら漂ってきそうだが。
「仕方ないだろ?それなりのことを君はしたんだ。てっきり反省してるもんだと思ったら、相変わらずみたいだな」
「お説教は結構!俺は魔術を持ってるんだ!何の能力も持っていねぇ下民風情が指図するなんておこがましいにも程があるぜ」
「下民って・・・他の人のことをそんな風に言うなんて!」
「おい怒るなよ蓮田陽菜。俺は事実を淡々と述べているだけなんだから、おとなしく聞いとけよ」
楠木は僕を見た。
「なぁ酒匂。お前だって本当はそう思ってんだろ?優等生ぶるなよ」
「なんのこと?」
「とぼけんなよ。そうやって仲良しグループごっこしてるが、本当は魔力を持たない金森や蓮田のことを劣等種だと思ってんだろ?まあ融和をアピールするのもいいけどさ、あんま無理してるとストレス貯まるぞ?」
楠木は声を上げて笑った。低く、しかし後を引くねっとりとした嫌な笑い方だった。
僕はカチンと来た。金森君や蓮田さんが、もとい非MAPが人種として劣っているだなんて一度だって考えたことはない。驕りがあまりにも酷すぎる。
「お前と一緒にするな」
「あ?今なんて?」
「魔術があるかないかで人間に優劣が付くのか?僕はそう思わないな。同じMAPにそんな考えを持っている輩がいると思うと、吐き気がしてくる」
そう、確かに魔術を毛嫌いして差別する人がいる一方で、魔力を内包する人間はそれ以外の人間とは違うより高位な存在だと唱える思想も存在している。どうやら楠木はそういう思想を持っているらしい。
「けっ、俺に意見するとかマジで浮ついてるな。優等生ぶるのも体外にしとかねぇとぶちのめすぞ」
楠木はぶっきらぼうな口調で脅しをかけた後、拳を振り上げて僕らを威嚇した。しかし、実際に暴力に移行しようという雰囲気はまだない。
しかし、一体どの口が浮ついてるなどと言っているのだ。向こうは謹慎期間中にふらふら外に出歩いているというのに。
僕らの小さな鍔迫り合いが落ち着いたのを見て、蓮田さんが楠木に呼びかけた。
「楠木君。私達に何か用があるのかな?もしも無いなら、お互いに家路を急ぎましょう?もう大分暗くなってきてるし、特にあなたは外出してるのが知られるとまずいんじゃない?」
蓮田さんがまっとうなことを話した。確かに薄暮というにはいささか無理があるほどの闇が辺りを包み始めている。高校生が夜に出歩いているのはあまり好ましいことではない。まして、こちらには蓮田さんという女子だっている。
しかし、楠木は彼女の提案を鼻で笑った。
「家路を急ぐ、か。流石は学級委員蓮田陽菜だ!形式ばったご忠告をどうも。だがな、残念ながら君らは家に帰ることはできないのよ」
楠木が下品な笑いを零す。
僕は奴の狙いが掴みきれずにいた。それは金森君もだし、テストの成績がいい蓮田さんもらしい。わざわざ下校の時間を狙って現れるなんて、どういうことなんだろうか?
「楠木、それは一体どういうことだよ?」
「わかんないかなぁ、つまり―――こういうことだよ!」
楠木はやおら鋭い目つきに変わり、足を肩幅程度に広げると、掌に火球を生み出した。手首には、あのラストウィザードのリングが炎の揺らめきに合わせ、生命を得ているかのように妖しく光る。
突然魔術を繰り出した楠木を前に、僕らは小さな悲鳴を上げて一歩二歩と後退した。
「お、おい!こんな街の中で何を考えてるんだ!」
「そうだよ!あなたこの段階になってもまだ懲りていないの?!」
「うるせぇうるせぇ!喚くな!」
楠木の怒声が炸裂した。奴が唾を飛ばして叫ぶのに呼応して、掌に浮かべた魔術エネルギーの凝集体は危険な輝きを帯びていく。
「一体、目的は何なんだよ?」
「決まってんだろ。お前らを殺す。それだけだ」
目の前のガラの悪い男は、あまりにもあっさりと僕らを殺害する意思を露わにした。まるでゲームの中の取るに足らない敵対モンスターを屠殺するかのように。
「ちょ、ちょっと待って、!考え直してよ楠木君!」
「そんなことして何になるんだよ!頭を冷やせ!」
「うるせぇうるせぇ!俺に指図するな!お前らウザい、ぶち殺す!」
楠木は、浮かべた球体を僕らに向かって投擲した。
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