第17話 はじめてのケンカ

 昼休みの派手な喧嘩は、その場に駆けつけた井原教諭の屈強な肉体と的確な采配によりあっという間に鎮圧された。井原先生が到着した後も錯乱状態の上村綾音は暴れ続け、それを止めると「教師が暴力を振るった!」などとやはり自分都合なことを喚き散らしていたが、増員された教師たちに取り押さえられ、反論する暇も与えられず生徒指導室に叩き込まれた。


 今回の件で、物的被害も人的被害もはほとんどなかった。しかし、なんと言ってもこの前の僕と楠木の騒動の余韻が続く中でのこの騒ぎである。見物にやってきた野次馬の中から「また四組かよ・・・」「いくらなんでも血の気多すぎだよ・・・」という、嘲笑混じりの感想が漏れ聞こえていた。

 今回、僕は直接的に上村たちに被害を与えもしないし被りもしなかったので、生徒指導室には呼ばれなかった。だけど、金森君と蓮田さんはがっつり関わっていたので、五時限目が始まった今も教室を離れている。恐らく、先生たちから事情を聴取されているのだろう。


 教室の中では、英語の授業が淡々と進められている。ここは朝に日本語訳をやっていた部分だ。

 誰かが先生に当てられて、貧酸素水塊のメカニズムについて説明された英文の日本語訳を答える。その答えは大筋は合っていたものの、微妙に認識違いをしているところがあり、その点について板書の説明が入る。

 僕のノートに書かれた日本語訳は、ほぼ狂いなく参考の回答と同じだ。

 だけど、僕の心はしくしくと針で突かれたような微痛が続いており、晴れやかになることはなかった。まるで、この灰色の教室から眺める灰色の曇天のようだ。


「上村さん、停学処分になったらしいよ」

「しかも、凄まじい量の課題を出されたんだって」

 放課後、廊下に出て自分のロッカーを整理していた僕のところへ金森君と蓮田さんがやってきた。上村の落ち目を目の当たりにした彼らは、嬉しそうに僕へ話してきた。

 そりゃあそうだよなぁ―――僕も彼らと同じ偶感を抱いた。前の事件も反省していない上に、校則は無視。おまけに暴力沙汰を引き起こしたのなら、今度こそ先生たちの堪忍袋の緒が切れたというのも得心がいく。

「そうか・・・上村さんは怪我はなかった?」

「うん、まだ頭と体がビリビリしてるけど、怪我とかはしてないよ」

 蓮田さんは苦笑いしながら、形のいい小さな頭をぽんぽん叩いてみせた。

「うーん、そうか!それは良かった良かった」

 安心したように、金森君は頭を縦に振った。そう言う金森君は、この前とは反対の頬に絆創膏が貼られている。今回も怪我をしたらしい。

 あの時、僕が魔法を使っていたならば、あるいはもっと被害が少なかったのでは―――。

 そこまで考えて、大きくかぶりを振った。

 何を馬鹿なことを考えているのだろうか、あんなところで魔術を使うわけにはいかない。


 三人で廊下で話していると、数人の教師に脇を固められた上村綾音がやってきた。僕は思わずはっとした。その姿は女王・上村綾音の傲岸不遜で高飛車な態度とはかけ離れたものだった。背中を丸くして、しょんぼりとした表情を浮かべ、教師たちに引きつられるがまま何も言わず歩いている。

 だけど、僕ら三人を見るにつけ、教師たちに体を押さえつけられながらも上村は吠えた。

「おいこら!何で今回もあんたらには何も罰が無いんだ!こんなの不公平だ!」

 上村はまだ凶暴化した時の名残を残している。みんなのかわいいアイドル綾音ちゃんはどこへやら、真っ赤に腫れた瞼をバチバチ瞬かせながら荒々しく猛っている。

「いや!何もなくはないよ・・・僕は上村さんにタックルしたから、原稿用紙三枚の反省文提出を言いつけられてるのだけど?」

「ふざけるな!反省文なんて罰則のうちに入らないでしょ!」

 自分はさんざん反省文提出をゴネていたくせに、よくもいけしゃあしゃあと言えたものだ。僕は呆れて思わず溜息が出た。

 相変わらず反省の色が見えない上村に対し、蓮田さんは彼女の前に一歩進み出た。

「当たり前でしょ?この前はともかく、今回あなたが先に暴力を振るったのだから」

「覚えてなさい!必ず復讐してやる!その時は首を洗って待ってろ!」

「あのね上村さん。そういう怖い話は、各教科の課題プリント百枚と、写経ドリル百ページを終えてから聞かせてもらってもいいかしらね?」

「くっそぉ!あんたらゴミクズの分際で私を馬鹿にするなんて!マジで覚えてろ!一生後悔させてやる!」

 上村はなおも声を掠れさせながら不平不満を叫んでいたが、学校中に白い目を向けられながらどこかへ連行されていった。

 

 その後、金森君たちがまだまだ上村の事を話したそうだったし、何となくの流れで三人で帰ることになった。どうも、たまたま金森君も蓮田さんも部活動が無いらしい。しかも、話を聞くと全員が途中までは同じ方向だという。

 僕らが校舎を出ると、雨は降やんでいた。だが、空は相変わらず暑い雲に覆われている。またいつ泣き出しても不思議ではないよう空模様だ。

 歩道には水たまりが不規則に点在していたので、僕らはそれを避けながら歩いた。その間も、蓮田さんは繰り返し僕らに感謝の意を示した。

「金森君、酒匂君。今日は本当にありがとう。あのままだったら、多分ひどい怪我をしていたと思う」

 別に僕は何もしてないのにな―――少し僕は思ったけど、あの騒動の後に散乱した掲示物を直すくらいのことは手伝ったから、それについてなのかもしれない。

 ペコペコと頭を下げる蓮田さんを見て、金森君は顔を赤くしながら、あははと快活に笑った。

「いや、蓮田さんが何の怪我もなくて本当に良かった。一時は本当にどうなることかと思ったんだ!だけど、流石に女の子に乱暴したのは良くなかったかなあって反省してるんだ」

「いや、そんなことはないでしょ」

 自責の念を感じてか声が小さくなった金森君を見て、僕は思わず彼の言葉を否定した。

「あの時既に上村綾音はまともに話を聞ける状態じゃなかったし、ああでもしなけりゃもっと酷いことをやらかしていただろう。君の行動は正しい」

「そう・・・そうだね。酒匂君の言う通りかもね」

 ゆっくりと歩みを進めながら、金森君は手に持った傘で地面をコツコツ突いた。そして、フォローに入った僕に向けて、なんとも言えない表情を見せた。語り口は柔らかいのだが、顔が妙に強張っている。

「うん、そうだよ!もちろん乱暴自体は必ずしも褒められることではないかもしれないけど、金森君が身を呈して上村さんたちに立ち向かっていったことは素晴らしいよ!本当に、ありがとう」

 またしても、蓮田さんが頭を垂れた。金森君はその慇懃極まりない彼女の態度を宥めつつも惰性でその思いを受け取った。

「今回、上村さんに灸を据えることができて本当に溜飲が下がったよ。この一件で、彼女も自分の行いを改めてくれるといいんだけど」

「うーん、それは難しいんじゃないかな?」

 水を差すとは思ったものの、僕は率直な感想を述べてみた。

「あいつ、先生たちに連れて行かれる時も散々僕らに吠えてきたじゃないか。ありゃあ、多分全然懲りてないよ」

「まさか・・・停学にもなったのに?流石にその間に自分を顧みることくらいするんじゃい?」

 蓮田さんは元々丸くて大きな目をさらに大きくさせた。どうも、ここまでされて何も変わらないということが信じられないらしい。

「蓮田さん、それは性善説ってもんだよ。いくら罰を与えたって、そうそう人間は変わらないと思うよ。きっと、また僕らに何か嫌がらせをしてくるんじゃないかな」

「確かに、必ず復讐してやる!って息巻いてたしね。一応、気を付けておいた方がいいかもね」

「酒匂君、そんなに言うんだったらさ―――」

 またしても傘で地面を小突きながら、金森君は口を開いた。

「君が魔術を使ってれば、上村たちを二度と立ち上がれないくらい強烈に黙らせることができてたんじゃない?」

「へ?」

 僕は思わず間抜けな声を出してしまった。それはまさかそんなことを言われるだなんて思わなかった、というのももちろんある。だけど一番は、金森君が僕に向ける眼差しが、まるでナイフのように鋭く、それに驚いて上手く声帯に力がいかなかったからというのもある。

「ねえ、ちょっと金森君。それはあんまり言わな―――」

「だってそうだよね?君は上村たちの暴力よりも強い力を持っていた。僕も殴られながらもそれを使うようにお願いしたけど、君は使わなかった」

「いや、それは―――」

「あの時にタイミングよく井原先生が駆けつけてくれたから良かったものの、あのまま上村たちが暴れるがままにしていたらどうなっていたかわからないよ。ねぇ酒匂君、君は何故、あの時に魔法を使わなかったのかなあ?」

 いつの間にか、僕らは立ち止まっていた。

 そこはちょうどバス停脇の小さなスペースがあり、僕らが立ち止まったとて人の通行には支障が無さそうだ。道端にはレンガで綺麗に囲まれた色とりどり紫陽花が咲いている。ベンチも何脚か据えられており、プラスチックの座面には無数の水滴がくっついている。

 そんなこと今は関係ないはずなのに、やけに周囲の状況が視覚から飛び込んできた。それは、金森君の雰囲気があまりにも棘ついていたから、無理矢理にそれから目を逸らすための反射的動作なのかもしれない。

 金森君は僕や蓮田さんの言葉を強引に遮りながら僕に詰問してきた。たじろいだ僕に強い視線を注ぎながら、綺麗に舗装されたレンガ敷を手持ちの傘でゴツゴツと打ち付ける。

 僕は頭が真っ白になった。何せ、金森君の質問は僕が触れたくない事実を狂いなく捉えていた。自分自身に内包された強すぎる魔術を恐れ、それを発現することに怯えながら暮らしている惨めな僕という人間の根幹に関わる部分を、金森君は突っついてきたのだ。

 それなりに真面目に答える必要があった。でないと、今にも金森君は感情の高まりによって弾けてしまいそうだった。傍目でもそれがわかる。

「それはさ―――」

 止まらない冷や汗を感じつつも、僕は一つ深呼吸してから話した。

「今朝も言ったじゃないか。確かに僕はMAPだけど、この前の一件以降学校内では魔術についてのイメージが悪くなっている。そんな中で軽率に魔術は使えない。それに、あんなすったもんだの状況で上村たちだけを狙い撃ちにできるほど調整ができないんだ。仮にあそこで魔術を使ったなら、間違いなく君らにも魔術が当たっただろう。誰かを傷つけるかもしれないものを、おいそれと使うわけにはいかないよ」

 これで納得してくれるだろうか―――僕は金森君の顔色を伺ったけど、さっきと同じ調子で彼は話を再開した。

「でもさぁ、あのままだったら僕も蓮田さんももっと酷い目に遭っていたよ?一刻の猶予も無い非常事態だったのは明らかだ。さっき君が話したことは、言っちゃあ悪いけど後付の言い訳だと思うんだけど?」

「・・・そう、なんだけどさ。その・・・MAPによっては、あまりにも感情の揺らぎが大きいと魔術が暴発して制御が効かなくなることがあるんだ。僕は今それを抑える訓練をしていて―――まぁ、そこはMAPじゃない金森君には少し分からないかもしれないよ。僕らが魔力を使うってことがどういうことかはさ」

 僕は途切れ途切れの言葉で弁解を試みた。我ながら何とも焦点の合わない話だと思ったが、幸いなことに隣にいた蓮田さんが加勢してくれた。

「まあまあ金森君。今回は何とか最小限の被害で収まったのだし、これくらいにしておこうよ。ね?」

 明らかに沸騰に近づいている金森君に蓮田さんは歩み寄り、どうにか場を収めようとしているみたいだ。僕も取るに足らない言葉を並べて彼の怒りを抑えようと蓮田さんに加勢した。

 しかし、金森君は何も言わないまま俯いてしまった。いつもであればここまで言われるとあははと笑って明るく話をしてくれるのに、今は全く逆だ。表情がイマイチはっきりと分からないことも相まって、目の前の金森君にほのかな不気味さが漂っている。

 雨上がりの湿っぽい空気の中で、僕らは金森君の顔をまた笑顔に戻そうと奮闘していた。だけど、それは功を奏さなかったらしい。

「———一体何なんだよ・・・」

 金森君はぽつり、そう呟いた。

「え?金森君?」

 僕ははじめ、それが金森君の喉から出たものだとは思わなかった。その声は低く、暗かった。どこか近くに誰か知らない人がいて、その人の声が聞こえたんじゃなかろうか―――そう思った。だけど、周りにそんな人がいないのを確認し、やはりそれは目の前にいる金森君が放った言葉なのだということを改めて認識した。

 蓮田さんを見ると、彼女もまた呆気に取られているようだった。図らず、僕らは顔を見合わせた。

 だけど、次の瞬間金森君は顔を見上げて僕を睨んだ。

 その歪んだ顔に、僕は心臓が強く鼓動した。

「酒匂君!何で君はそうやってあれこれ理由を付けては魔術を使おうとしないんだ?!君は魔術という他の人にはない力がある!それなのに、何でそれを活かそうとしないんだ!」

「あ、えっと・・・」

 金森君に怒鳴られた僕は、頭が真っ白になった。先生や年上の人から怒られたことはあるけど、同年代の比較的親しい人からこうして強い言葉を浴びせられたことがない。

 口から紡がれるのは、言葉として到底組み立てられないような掠れた声だけだった。そんな僕のはっきりとしない態度は金森君の刹那的な怒りに油を注いだらしく、彼は鬼の形相のまま僕に詰め寄り、乱暴に僕の両肩を掴んだ。

「う、ぐっ!」

「ちよっと金森君、乱暴はやめなよ!」

「いいや!蓮田さん、僕はもう彼の態度に我慢ならないんだ!」

 彼は僕の肩を掴んだまま前後に揺さぶった。その鬼気迫るものに、蓮田さんも心配そうな顔を固まらせたまま、何も言わなくなってしまった。

「おい酒匂君!君は今日の朝だって、上村の言いなりだったじゃないか!一体何故、魔術を使わないんだ?!答えてみろよ」

「だから・・・それは・・・」

 金森君は怒りのままに僕を後方へとぐいぐい押しやる。体格的には僕の方が金森君よりも大きいのだけど、それでも二歩三歩の後ずさりを余儀なくされた。周りを見ると、僕らのように下校している北高生たちが怪訝そうな顔でこちらを覗いていくのが見えた。

「最近の君はそうだ!折角魔術を持っているのに、まるでそれを否定して、無いことにして生きているようじゃないか!そればかりか、自信が無さそうにして強い者に立ち向かおうともしない!君、自分がどれだけ恵まれてるか、分かってるのか?!」

「だから、僕は魔術を使う自信が無いんだよ!分かってくれよ!」

「自信が無いだって?おいふざけるなよ!君、何も持っていない人間のこと考えたこととかあるかい?」

 金森君は下を向いて、怒りのせいかブルブルと震えだした。

「僕には自信を待てる要素なんて何もない!どんなに死に物狂いでやったとしても何も守れない!だけど君はそうじゃない。なのにそれをしない!ホント、魔術の出し渋りもいい加減にしろ!」

 服をもみくちゃにされて、唾を飛ばして怒声を浴びせられ、今最も僕が触れたくない魔術を誇るべきことなんだというフザけたことを主張する―――罵声を放つ目の前の金森君に、僕も段々腹が立ってきた。

「何だよ!さっきから言わせておけば好き勝手言って!」

「え?!何だって?」

「君こそ僕のことを馬鹿にしているのか!僕の気持ちなんて、僕が魔術を使うことことがどういうことかなんかなんて一つも知らないくせに、勝手なことを言うな!」

「あぁ分からないさ!そんなもの分かるもんか!」

「おい!今なんて言った?!」

 自分でも、感情のタガが吹き飛んだのが分かった。金森君がそうしたように、気付いたら僕も本能のままに言葉をぶつけていた。

「君のことなんて分からないって言ったんだ!なぜなら、君はいつだって全部を話してくれないからさ!自分だけで全てを抱え込んで、上っ面の部分しか見せないようにしているからだ!そんなんで君のことなんか分かるもんか!」

「何だと!」

「二人とも!やめなさい」

 ぴしゃりと僕らを止める蓮田さんの厳しい声。

 蓮田さんは絡み合っていた僕らの間に無理矢理隙間を作り出し、体を滑り込ませた。蓮田さんを挟んで、僕は金森君を睨んだ。金森君も僕を睨んでいた。彼は肩で息をしながら、地面に落ちている自分の傘を拾い上げた。

「・・・僕、帰る。さよなら!」

 金森君は今一度僕を睨みつけてから、乱暴な足取りでさっさと立ち去っていった。最後に見た金森君の顔は、真っ赤になっていた。それは怒りのせいだけじゃなく、涙で腫れていたからだというのはすぐに分かった。

 ケンカが終わった後、僕と蓮田さんは何も言えず、その場に立ち尽くしていた。さっきの立ち位置から何も変わっていないので、彼女の小さい体が僕の目の前にあった。それに気付いたのか、蓮田さんは静かに僕から距離を取った。

 このバス停の横の取るに足らないような小さなスペースがこの町のエアポケット以外の何物でもないのと同様に、醜い罵声の浴びせ合いが終わった後のこの空気は僕と金森君と蓮田さんの関係性のぽっかりと空いた空白のように思えた。

「酒匂君、その―――」

 蓮田さんが何か言いかけていた。だけど、何か場を繋ぐ言葉を言おうとして、そのとっかかりが見当たらなくて言葉が途切れた。

「・・・ごめん、蓮田さん。僕のせいだ」

 目に映るアジサイの紫が、だんだん滲んでいくのが分かった。

「僕が魔術を使わないばっかりに、金森君まで傷つけていたなんて・・・知らなかった」

「いや、あなたがあの時魔術を使わないという判断を下したのは間違いじゃない」

 ぼやけた視界の中で、ぼやけた像を結んだ蓮田さんが僕の方ではないどこかを向いてはっきりした言葉で語った。

「あなたが言った通り、教室の中の、あんな人が密集した中で魔術なんか使ったら、この前の比じゃない被害が出たと思う。あなたが魔術の調整が出来ないと言うのであればなおさらだよ。楠木君の一件で金森君も君の魔力の強さを知っているはずなのに軽々しく魔術を使ってくれだなんて言うのは、無責任だと思う」

「そう、そうなんだ、だから―――」

「だけどね、一方で私は金森君の言っていたことにも一部賛同できるところがあると思ってる」

 僕が何か言おうとする前に、蓮田さんは言葉を繋げた。

「あなたは魔術という力を持っているのに、それを秘匿して生活している。それこそ楠木君なんかはむしろそれを見せつけているのに、逆に君はこの前まで魔術を持ってることすら誰も知らないほど、完全に魔術を無いものにして生活していた。それは傍から見ていてもすごく感じるの」

 まともに正面を向けない僕の元へ蓮田さんがやってきた。彼女の茶色のローファーが、視界に入る。

「ねぇ酒匂君・・・あなたが魔術を使わない理由は何?あなたが自信を持って楽しく生活できないように見えるのは、一体何故?」

 まともに彼女の顔を見られなかった。

 それは顔を上げたら彼女に情けない姿を見せるかもしれないという思いもあったし、何より彼女の真摯な態度に僕は答えられる自信がなかったからだ。

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