第12話 東雲東吾

 その週の土曜日、僕は母と一緒に出掛けた。

 車は山中の道路を走っている。路傍のほとんどは鬱屈とした山林に覆われており、谷川によって生成されたわずかな土地に、古めかしい民家や小規模な田んぼがパッチワークの様に張り付いている。助手席からぼんやりと外の景色を見ている僕は、その風景に何となく寂しさを覚えた。

「瑞樹、酔ったりしてない?」

「うん・・・大丈夫」

「そう。もうそろそろ着くと思うから」

 そう言って、母は迫りくるカーブに合わせて大きくハンドルを回す。

 インパネ中央のナビには、真っ白な背景の中にオレンジ色の太線が表示されている。それは緩急の差はあれど、左か右のいずれかに微妙にうねっており、さながら大蛇が這いずった跡のようだ。僕らが乗車している車を示す赤い点は、そのオレンジ色の線を忠実になぞる様にして進んでいく。しばしば母がナビを確認しながら走っているところを見ると、どうも母も目的とする場所にはあまり行ったことがないらしい。


 僕らは正午頃にアパートを発ち、今は藍沢市から四十キロ程南に位置する芝町にいる。町の規模としては決して大きいとは言えず、正直これといった観光地もないので、県南の大きな都市へ向かう際に通過する町、くらいの印象しかない。

 先程の暗い森を抜けると、今度は一転して開けたところに出た。今は小さな山脈の等高線をなぞるような道を走っており、眼下には半分以上を田畑に占有された芝町一帯が一望できた。この道路が走っている山脈は、比較的なだらかに標高を増やしている地形らしい。そのせいか、道路の上にも下にも広い裾野があって、段々になった田圃や果樹畑がいたるところにある。芝町はフルーツやワイン、日本酒が有名なのだが、この風景を見るとそれはさもありなん、と思った。

 これまで比較的道なりに行き先を示していたナビだったが、ここまで来て急に幹線から外れるように指示をしてきた。その指示に忠実に従い、大きな道を外れてさっきとは直角に進行方向を変更して車は突き進む。視界が開けたゆえに、今から進まんとしている道がかなりの急勾配であることがよくわかった。実際、がなるようなエンジン音が社内に反芻している。さすがにターボ無しの軽自動車では、この坂は辛いらしい。

「母さん・・・大丈夫なの?この車」

 ハンドルを握る母も苦笑いだ。

「うーん、わかんない。途中で壊れたら歩いていくしかないわねえ」

「え!?それマジで?」

 この急坂を徒歩で登る。考えただけで恐ろしい話だ。

 僕はシートから体を起き上がらせて母に問いただすと、母は短く笑った。

「冗談よ。これくらいじゃ壊れたりしないって」

「ええ、本当かな」

「多分ね」

 僕は改めてシートに自分の身を預けた。

 もちろん、今時の国産車で走行中に故障なんて滅多にないんだろうけど、今僕が苛まれている不安が僕をして悪い方向へ考えを向かわせた。


 母が僕に会わせたいと言っている人物―――東雲さんという人のことを、僕はあまり知らない。

 リビングに飾ってある昔の写真に写っていて、僕の父親よりも幾分かかっちりとした印象の人。そして、父親と同じく高レベルMAPである。せいぜい、僕が把握している情報はそれくらいだ。

 何から何までもやもやとしていた。だけど、もしかしたら東雲さんという人に会えば僕の視界にかかる靄が晴れるのだろうか。


 とりとめのないことを考えていると、小規模な林を抜けた先に、僕たちの目的地と思しき建物が見えてきた。

 それは丸太で組み上げられたログハウスだった。幹線道路からあまり離れていないはずなのに、廃田が連なる山谷の少しだけ開けた場所に佇む家の姿は、どこか別世界の空間の様に感じた。大きな三角屋根から飛び出したレンガ造りの煙突からは、もくもくと灰色の煙が立ち上っていく。家の側面部からは木組みのテラスのようなスペースが飛び出しており、やはり木製のテーブルと椅子が設置されている。僕は家についてはあれこれと考えたことはない。だけど、何となくこういう家はいいなぁ、と漫然と思った。

 あの家にしか通じていないであろう細い道を通り、僕らを乗せた車はログハウス前の大きな広場に辿り着いた。そこには二台の車と小さな納屋があり、納屋の庇の下には夥しい量の薪が置かれている。

「さぁ、着いたわよ」

 僕らは車を降りた。

 辺りはとにかく静かだった。せいぜい、鳩の鳴き声、風が木を揺らす音、近くに小川のせせらぎくらいしか聞こえてこない。もしかしたら人の心を癒す効果はあるのかもしれないが、反面人間の文明から遠く離れた場所に来たようで少し心細さも覚えた。

「うぅーん、いいところだねぇ」

 母は運転して体が凝り固まっていたのか、大きく背伸びをした。

「さぁ瑞樹、そろそろ行きましょうか」

「う、うん・・・」

 勝手の分からない僕は、ただただ母の後ろに付いて歩いた。


 文明の及ばぬ地域を連想させるようなログハウスの玄関には、意外なことに、というかこの日本社会では当たり前に、というべきか、ドアホンが付いていた。母がそれを鳴らして名前を言うと、ドアが開かれた。

「あらぁ、いらっしゃい文乃さん、お久しぶりね」

「こんにちは、洋子さん、お久しぶり」

 玄関口には真っ青なワンピースを着た女性が立っており、母に向かって小さく頭を下げた。母も同じようにした。顔を見たところ、年は大体母親と同じくらいだろうか。だけど、ブラウスにチノパンという恰好の母と比べてみると、かなり若々しい感じがした。

 その女性は母の背中にいた僕を見つけ、母の肩越しに笑顔を向けた。

「こんにちは」

「・・・こんにちは」

「あなた瑞樹君?大きくなったわねぇ」

「やだわ洋子さん。瑞樹だってもう高校生なんですよ」

「そっか、そうよね。そりゃあ、私たちがおばさんになるわけねぇ」

 洋子さんという女性と母は甲高い声で笑った。いつもは仕事と家事に忙しく立ち回る母だけど、今日はどことなく楽しそうだ。

「ところで、旦那さんは?」

「えぇ、奥で待ってますよ。こちらへ」


 ログハウスの中に通された僕は、しばらく口が塞がらなかった。

 第一印象としては、とにかく広いということだ。玄関に入った瞬間から、僕の前には大きな間取りの部屋が現われた。ここから、ダイニング、リビング、階段、二階のロフト部分までがほとんど見渡せた。高い天井からは高そうな照明やファンがぶら下がり、見ただけで快適でオシャレな生活ができそうなことを確信できた。内装品に関しても基本的に木製のもので揃えられているようで、どことなく北欧的な雰囲気が漂っている。リビングスペースには、大きなL字型ソファと家電量販店でしか見たことが無いような大型の液晶テレビが備え付けられている。ここでもやっぱり、僕とは違う世界の家だな、ということを漠然と思った。


「あなた、酒匂さんたちがみえましたよ」

 木材のいい匂いがするリビングでは、このログハウスの主人と思しき男性がソファに座って分厚い本を眺めていた。だけど、来訪者があったことを告げられると、くぐもったような声で短く返事をして、開いてあったページを下にしてテーブルの上に伏せ、立ち上がって僕らを笑顔で迎えた。

「こんにちは。お久しぶりですね、文乃さん」

「いえいえ、こちらこそ、なかなかご挨拶にも伺えませんで・・・」

 僕らの前に現れた男性は、母を下の名前で呼んだ。

 その男性は、おおよそ古い写真の中にいる東雲さんのイメージと同じようなものだった。あの写真の時からは少なく見積もっても十数年は経過しているので、皺の刻まれた顔や生え際に少し見え隠れする白髪等、相応に年を重ねていることを感じさせる部分はある。しかし、ラルフローレンのYシャツにスラックスという綺麗めな格好やその中に見える柔和な表情は―――何の根拠を持たぬ僕の勝手な考えなのだけど――写真の中で微笑みを浮かべる折り目正しそうな青年と目の前のおじさんが同一人物であるということを強く証明していた。


 この人が高レベルMAP―――見かけからは判断できないのは当たり前だけど、そのような絶大な魔力を秘めているようには全く見えなかった。

 東雲さんは何往復かの会話で簡単に母と挨拶をすると、眼鏡の奥から僕を見た。

「瑞樹君、いらっしゃい」

「はじめまして、酒匂瑞樹です。こんにちは」

「うん、こんにちは。私のこと覚えてるかな?小さい頃、よく遊んだんだよ」

 この人のことは母から聞いている。

 僕がまだ赤子の時、よく家にやってきて僕の面倒を見てくれていたらしい。それについては恐らく嘘じゃないのだろうけど、だからといって明確に恩義を自覚するほど記憶があるわけではない。何だか僕はどのように返答をすればいいか、わからなくなってどもった。

 僕が返事できないのを見て、心情を察したのだろうか。東雲さんはあははと小さく笑った後、大きな手を差し出してきた。

「まぁ、覚えているわけないよな。君の父親の友人だった、東雲東吾だ。よろしく頼む」

 これは握手をして友好を示したいと思っているのだろうか?

 僕もまた手を差し出すと、東雲さんはがっしりと手を握り返してきた。普通であれば一秒か二秒程度で握手というのは終わる。だけど、東雲さんは僕の手をしばらく離さなかった。

 そして、少し経ってから少し神妙な顔になって唸った。

「うーん・・・そうか、なるほど」

「え?なんですか?」

「いやぁ何でもない」

 東雲さんは顔を逸らし、空いている方の手をばさばさと左右に振った。

「瑞樹君、君が最近レベル5に上がったとお母さんから話があってね。是非私に見せてもらえないかとお願いしたんだ」

 僕は母を見た。要領を得ていないと判断したのか、母は東雲さんについて簡単に説明をしてくれた。

「瑞樹。東雲さんはね、高レベルMAPであると同時に、魔術能力の研究をされている学者さんなのよ。確か、前は県の魔術研究センターで働いてましたよね?」

「えぇ。ですが、今は大学で魔術を研究しているのですよ」

 東雲さんは眼鏡越しに僕を見据えた。

「瑞樹君、私に君を助けさせてくれないか?君の父親への償いのために」


 僕は母と一旦別れ、僕は東雲さんのランドクルーザーに乗り込むように指示された。母は東雲さんの奥さんに誘われ、イオンに買い物に行くらしい。知らなかったことだが、どうも母と東雲さんの奥さんは仲がいいらしい。あまり友人とどうのこうのという話を聞いたことがなかったので、少し意外だった。

 ランクルはばたばたと黒煙を吐きながらアイドリングを続けている。東雲さんの話では、ここから少し場所を変えるらしい。幹線道路から東雲邸を接続する細い道の先にはまだ道が続いているらしく、そこを奥へと進んでいくという。見ると、東雲邸の広場によって一度は線形を断ち切られはしているものの、打ち捨てられて長い時間が経過したであろう田畑の間に、薄っすらとだが凹凸やうねりの強い轍があるのがわかった。それはずっと先の森の中へと続いており、森から先は一切見通せない。普通の乗用車ではあっという間に走行不能になるだろうが、この四輪駆動車であれば余裕で突き進めそうだ。

「それじゃあ、出発進行だ」

 東雲さんは歌うようにそう言ったあと、シフトノブを1速に入れてゆっくりと走り出した。

 ランドクルーザーは確かに悪路にはうってつけの車だが、だからといって乗り心地が良好だとは限らない。このランドクルーザーは最近再販された復刻モデルで、ファンの間で話題だとネットニュースが告げているのを見た覚えがある。再び販売を始めたとはいえ、メカニズム的には数十年前のオリジナルモデルと大差が無い。旧式の足回りは衝撃を十分に吸収せず、地面からの突き上げを忠実に乗員へ伝達する。よって、車内は常に振動に支配されている。

 僕が助手席でゴムまりのように跳ねていると、東雲さんが大声を投げかける。

「悪いけど、もう少し我慢してくれよ。目的地はそんなに遠くはないからね」

「今からどこへ行くんです?」

「君と私の魔術を存分に発揮できる場所さ」

「え、そんな場所があるんですか?」

「この先に砂防ダムと小さな堰き止め湖がある。大丈夫、バサーも寄り付かない寂れた場所だから」

 なるほど、それなら確かに丁度いい。高レベルの魔術を最大限使うには、人里はあまりにも危険だ。だが、誰も来ないダムであれば、十分なスペースを確保できるだろう。人的被害を考える必要もない。


 車は鬱蒼とした森に突入し、後ろを見ても東雲邸は見えなくなった。細い轍はさらに細くなり、徐々に傾斜もきつくなってきた。それでも、車は難なく突き進んでいく。フロントウィンドウから頭上を見ると、木々が覆いかぶさって空の光を隠している。何だか今にも路傍から山姥か化けダヌキでも飛び出してきそうだった。

 しかし、森を進むと少ししてから急に視界が開けた。そこには東雲さんの言う通り、未舗装路の下方にコンクリートの堰堤とそれに流れを止められた湖が現れた。旧式の重力式ダムは相当古いものらしく、堰堤の壁面は苔むしている。路傍には管理用の掘っ立て小屋があるが、今にも崩れ落ちそうだ。湖は深い青藍色に染まっており、周囲を取り囲む深い木々の連なりも相まって、言いしれぬ不気味さが漂っている。東雲さんは湖と呼んでいたが、そんな優雅な呼び方よりもむしろ沼という暗さを想起させる呼び方の方がよっぽどしっくりくる気がした。

 薄気味悪い湖と激しい植生のせめぎ合い隙間を進んでいくと、ちょっとした広場があった。東雲さんは車をそこに停車させた。

「到着だ。降りよう」


 湖の淵に降り立ち、東雲さんの背中を見つつ立っていると、より一層の薄気味悪さを感じた。それはさっきから見ている陰鬱さしか感じない風景もさることながら、水が澱んだ時の独特な臭気や水底から湧いてくる得体の知れない泡がそう感じせしめたのやもしれない。

 東雲さんは湖面を見たまま話を続ける。

「私のことはさっき話したのだが・・・今は大学で魔術工学を研究している」

「魔術工学・・・?」

「そう。魔術工学というのは、MAPが持っている魔力を工業や産業の方面に活かすことができないか、またそうするために我々はどのような基礎理論を携えるべきか、ということに特化して学び、研究する学問だ」

 魔術工学―――そんな学問があるだなんて知らなかった。しかし、これまで政府としては魔術を封印する方向で動いていたはず。このような学問が大っぴらに広がることができる裾野は存在するのだろうか。

 僕がそんな疑念を浮かべていると、それを察したらしく東雲さんは補足する。

「もちろん、個々人の強すぎる魔力は抑制したいというのが政府の公式の見解だ。だが、エネルギーや国防の問題が未だに有効な解決を見ない中で、お上も魔術の絶大な力というものは無視できないらしくてね。最近は魔術を上手く取り出して使うことはできないか、という考え方が広まりつつあるんだ。魔術工学が一学問として市民権を得られているというのも、そういう事情があるんだ」

「なるほど・・・そうですか」

 僕は分かったような、分からないような気がして取り合えず相槌を打った。

「さて瑞樹君。今の話を聞いて、魔術と付き合っていく上で最も必要なことは何だと思うかな?」

 突然、東雲さんは僕に問いを投げてきた。先生の話を上の空で聞いていて、突然問題集の回答を求められたような感じがして、僕は少し焦ってしまった。

「えぇと・・・何でしょうか。正直言って、よくわからないです」

 東雲さんは僕を見て、くすりと笑った。適当とも言える僕の回答を聞いて特に感情の揺らぎが無いところを見ると、どうやら僕に的確な回答が返ってくることは初めから望んでいなかったらしい。

「魔術を使う上で大事なもの―――それは、魔術を完全に支配下に置くことだ。いくら強い力を持ち合わせているとしても、それをコントロールできなくてはただただ邪魔な存在にしか成り得ないだろう。それを意のままに操ることができるようになってこそ、魔術は初めて社会に溶け込んでいくことができる。その点、私は魔術工学を通じて多少の見聞や知恵を持ち合わせているつもりだ」

 そう言うと、東雲さんはYシャツの袖ボタンを外し、肘の辺りまでまくり上げた。手首には、僕のと同じ色の魔術抑制リングが見える。

「今、君はこれと同じ色のリングを付けていると聞いたが・・・そうなのか?」

「あ、はい。そうです。それです」

 僕もまた、自分の腕をあげて東雲さんにリングをみせた。湖の恐ろしいほど濃い青色が、リングのバックルに映り込む。

 東雲さんは一度、うーんと唸ってから話を続けた。

「なるほど。だが、それでも君は自分の内なる魔術を持て余している、違うかい?」

 図星だった。直近では、学校の帰りに突如として魔力の暴発が起きそうになり、コンビニへわざわざ駆け込んだくらいだ。

 僕は縦に首を振った。

「はい、そうです。いつも不意に魔力が漏れそうになって、それを抑えるので精いっぱいなんです」

「そうか・・・なるほど」

 東雲さんは顎のラインを人差し指と親指で挟むように何度かなぞった。その表情は険しく、眉間に縦皺が寄っている。

「瑞樹君・・・そのリングは、普通の生活で携帯して使える魔術抑制器械の中では最も抑制の強いリングなんだ。それがどういうことを意味してるか、わかるかい?」

 僕が答えに迷っていると、東雲さんはそのまま話を続けた。

「少なくとも今のままでは、魔術を抑え込むのはこれが限界だ、ということだ」

 はっきりとした言葉。

 僕は雷にでも撃たれたように身動きが取れなかった。それだけじゃない。東雲さんの言葉の意味を咀嚼すら能力も大幅に低下している。それくらいの衝撃だった。

「そんな・・・何か手は無いのですか?」

「魔術工学という分野でやれることは、残念ながらこれ以上は無理だろうね」

 僕は目の前が真っ暗になった気がした。

 折角こんな山奥へ赴いたというのに、打つ手はないのだろうか。

 僕の中で巻き起こる不安をよそに、東雲さんは話を続ける。

「一般社会に出て普通の生活が許されるのは、せいぜいレベル5程度まで。それ以上の高レベルとなると、委員会からの厳しい監視は避けられないだろう。少なくとも、今までの暮らしの中で大なり小なり犠牲を強いられる」

 暮らしを捨てる。その曖昧な言葉の中には、高校に通ったり、母と暮らすことも含まれるだろう。

 少しの間が差し挟まれ、僕らは森のどこかで鳥が鳴いたのを聞いた。

 その後、東雲さんは湖に背を向け、僕をしっかりとした視線で見据えた。

「だがね、もちろん私は断じて君にそんな人生を歩んでほしくはないと思っているんだ。いくら君の父がリミットブレークが原因で死んたからと言って、そんな不憫な生き方を息子の君までご丁寧に踏襲する必要はないんだ」

 そう言いながら、東雲さんはおもむろに手首のリングを外し、Yシャツの胸ポケットに放り込んだ。

「これから見ることは、私と君の男の秘密だ」

「あ、それは・・・」

「今から君に私の魔術を披露しようと思う」

 僕は思わず声が漏れた。高レベルMAPにとって、いってみればあれは免罪符だ。あれで魔術を抑制し、世間様に対して無害であることを証明し続けないといけない。それを怠れば、普通の生活を送ることができない。そして、その着用義務は二十四時間三百六十五日ずっとだ。

 こんな状態で、常識的な範囲で魔術を使うことなどできるのだろうか?

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