膨れる光線銃

 ヒサヒデは、その巨体に似合わない素早さで接近してきた。


 単に肉が膨れただけではなく、筋肉量が増えているようだ。増えた体重を補ってあまりある量の筋肉を手に入れて、さしずめ出力は十倍といったところだろうか。


 ヒサヒデは文字通り肉薄すると、コーエンにその巨腕をふるった。

「お前の弓がいけないんだよおおおお」

 ケモノのような声をあげて、周囲にあった本棚ごとコーエンをなぎ倒そうとする。


 すんでのところでコーエンが跳躍し、空中から矢を放つ。


 矢はまっすぐにヒサヒデの右腕に飛んだが、腕に突き刺さらず弾かれてしまった。


「そんな!?」

 後方に着地したコーエンが声を漏らす。


「そんなへっぴり矢が、この美しい肉体に通じるはずがないんだああ」

 ヒサヒデは右腕をそのまま突き出した。

 それ以上伸びるはずのない腕が、肘関節のあたりからにゅるりと延伸して、コーエンに拳を見舞った。


 思わぬ事態に、防御もままならないコーエンはそのまま数メートル吹っ飛ばされた。

 崩れた本の山に突っ込むコーエン。気を失ったようだ。


「くひゃひゃひゃひゃ」

 ヒサヒデの声が響きわたる。


「・・右へ行く。左を頼む」

 ヤマシロが短く発すると、コーエンを殴ったばかりの右腕へ突進した。


 ビョウブは指示のとおり、ヒサヒデの左手に回り込むと、散弾撃ショットガンを数発お見舞いした。

 さすがに光線銃の衝撃は効果があるらしく、腕で頭や胴体をかばう仕草が見られる。


 右側面ではヤマシロが斬りかかっていたが、打ち合うごとにヒサヒデの腕に変化が見られた。

 ヤマシロの太刀を防いでいる箇所が段々と硬質化し鋭利になっていく。

 十合ほど太刀を合わせたのち、ヒサヒデの右腕外側は刃物のような鋭さになっていた。


「・・ちっ」ヤマシロが舌打ちした。

 戦うごとに変化していく敵の身体に、理解が追いつかない。


「なんという奴じゃ」

 カモイも召喚書の表紙から声を漏らした。


「ヒサヒデだよおお」

 カモイのぼやきにヒサヒデが答えた。元から天然なのか、この身体になっておかしくなってしまったのか、答えが斜め上だった。


 ビョウブが狙い続けている左腕は、段々と打ち据えられたフライパンのように、面積が広くなってきている。

 散弾撃ショットガンの衝撃も、平面上に広く分散されているようで、もはや有効打とはなっていないようだ。


「どおう?すごいでしょうボクの身体は。戦いながらどんどん強くなるんだよぉ。あ、でも、本当はサンジョウくんにやってらもおうと思ってたんだけどねえ。だって、超絶醜いんだもん」

 戦闘中とは思えないほど間延びした声でヒサヒデが話す。


「あれ?そういえば、ボクの身体がこうなったのって、なんでだっけ???・・・あ、そうだ!キミタチのせいじゃないかあああああ」

 つい数分前に起こったことを、今更反芻して怒りを増長させている。

 やはり脳に影響が及んでいるのかもしれない。


「これは危ないのう。自我が完全に崩壊してもおかしくない。そうなれば、人を襲うただの肉塊になりよるわい」

 カモイの言葉に、考えるだにおそろしい想像だとビョウブは思った。


 その時、

「・・・力をためろ。俺が稼ぐ」

というヤマシロの声が聞こえた。ビョウブが返事をする前にヤマシロはヒサヒデの正面へと出た。


「来い、肉じゃが野郎」

「に、に、に、肉じゃがあああああっ!?」

 ヒサヒデが顔を紅潮させている。食べたことあるのだろうか、肉じゃが。


 ビョウブはヤマシロの言う通り、一歩下がった。

(力をためるって?)

 ビョウブはヤマシロの言葉を理解しようとしたが、考えがまとまらない。


 ヒサヒデはヤマシロの相手をする傍ら、こちらに向けて唾を吐きかけてきている。

 しかも、その唾は単なる唾液ではなく、地面に落ちた瞬間に「ジュウ」という音とともに白い煙が上がる。強酸のようだ。

 吐き出されてくる唾液をビョウブはステップで回避し続けていた。


 その時、

「そうか、そういうことか」

 カモイが合点がいったかのように言った。

「引き金をひききらず、銃口にエネルギーを溜め続けるのじゃ、ビョウブよ」

 カモイの言葉に思いを巡らし、ビョウブは

「溜める・・・そうか!」と閃きを得た。


 ビョウブは引き金を優しく絞った。

 光線銃の先端に赤い光の塊が溜まり始めていた。

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