妃と光線銃

 コーエンによれば、王の様子がおかしくなったのは約一年前。妃を亡くしてからだという。


 妃は市井しせいの出で、その美貌を王に見初められての輿入れであった。

 王は妃を愛し、また妃もその愛に応えていた。市井の出であることから、周囲からのやっかみも多かったが、妃はそれを気に病むようすも恨む様子もなく、自然体で接していたため、いつしかそうした声も無くなった。


 それが一年前、妃は流行病はやりやまいであっさり逝ってしまった。

 慣例であれば、三ヶ月の喪に服すところであるが、王はそれをしなかった。

 それどころか、妃の葬儀が終わるや、盛大な宴を何度も催し、周りの人間を驚かせた。


 さらには、魔道研究に熱中しはじめ、王の周囲には魔道学者や術師、妖しげな占い師などが侍るようになった。ネヒコもその内の一人だったという。

 そうして、王は国政を省みなくなり、軍にも口を出さなくなった。

 家臣や将軍連中は好き勝手をするようになり、私利私欲を満たし、公の忠誠心というものを失ってしまった。

 ただ、騎士団長サンジョウを除いては。


 サンジョウは、混乱する王国中枢部において、可能な限りにおいて軍の統制をとり、王に政治への関与を諫言し続けた。

 しかし、ついぞその言が受け入られることはなく、サンジョウの死をもって、永遠に王へ忠告をする者はいなくなってしまった。

 コーエンは騎士団長側近として、その様子をつぶさに見てきたのである。


「しかし、王の奇行など歴史上いくらでもあることであろ。わしらが協力したとて、どうにもなるまいて」

 カモイが言った。表紙で紅茶を飲んでいる。朝食はいつもミルクティーと決めているらしい。

「王宮ではもう何人も行方不明がでているの」

「・・それはどういうことか」

 ヤマシロが口を開いた。

「王が召し上げた人間が、王宮に行ったきり帰ってこないの。サンジョウ様は『恐ろしいことが起きている』と言っていたわ」

「・・ふむ」

「ただの人攫ひとさらいではないの。ネヒコのような人間を侍らせていることいい、何らかの魔道が行われておるのかの」

「ええ。私もそう思うわ。帰ってこないことからして、その者達はそれで命を奪われている。それも王に」

「そうじゃな」

 カモイはカップをテーブルに置くと、腕組みをして難しい顔をしだした。

「それでサンジョウ殿が外部に助けを求めたのも合点がいくというものじゃ。王宮内には、もはや力を貸してくれる者はおらんかったというわけか」

「皆、王を恐れているわ。なんとかしようとしていたのはサンジョウ様だけだった」

 だが、そのサンジョウはもういない。

 重い沈黙が一瞬、その場を貫いた。


 しかし、

「まぁ折角じゃし、王の顔を見てやろうじゃないか、のう?ビョウブ」

 カモイが打って変わって明るい顔で言った。

「え、ええ、はい。ここまできたら、僕は行くつもりでした」

 急に話を振られてビョウブは少し驚いたが、率直に答えた。

 この回答にはコーエンもヤマシロも意外だったようだ。


「・・肝が据わっている」ヤマシロは感心している。

「高飛車に命令しておいてなんだけど、ほんと頼りになるわ。ごめんなさいね、巻き込んで」

「いいえ、そりゃ命令だって言われた時は呆れましたけど、こんな話を聞いたら僕も行かずにはいれません」

 ビョウブは食べる手を止めている。

「王がどうとかってことは正直、会ったこともない人なんでよくわかりません。でも、この国が少しでも善くなるなら、僕の力で善くなるなら、やりますよ」

 カモイはうんうんうなづいている。

「ありがとう。そう言ってくれるとうれしいわ。貴方たちに頼んだのは間違いじゃなかったみたいね」

 コーエンは嬉しそうだ。柔らかな笑顔を浮かべている。


「じゃあ、早速だけど、城への潜入方法を・・」

 コーエンが話しかけたとき、闘犬亭の扉が開いた。


「こちらに、ビョウブ殿はおられるか」

 王国制式装備に身を包んだ兵士が二人入ってきた。


「はい、僕ですが」

 ビョウブが名乗り出ると


「よろしい。王のお召しだ。今すぐ登城するように」

と言った。

 どうやら小細工は必要無いらしかった。

 ビョウブは王と直接対面することとなった。

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