番犬と光線銃

 ケルベロスは、一つの胴体に三つの頭を持つ狼の化物である。

 地獄の番犬をしている、として知る人が多いが、実際に地獄の門まで行った人間は生きて帰ってこれないので、その真実を知る者はいない。


 のちにカモイは

「わし、死んでからのことは全然覚えとらんのよ。気がついたら本の中におったからねえ」

と話した。彼は書物の中に入り込み、現世に声を伝えることのできる貴重な死者だったが、その稀代の経験をもってしても、死後の世界のことは未知のままだ。


 ヤマシロは刀を中段に構えると、ケルベロスに正対して、息を鎮めた。


 ビョウブが狙いをつけようとすると、

「・・ここはオレがやる」

とだけ言った。眼に力が入っている。


 それを感じとってか、ケルベロスもすぐには飛びかかってこず、その場で足を動かしている。


 向かって右の頭は小さく火を吹き出している。左の頭は、雪か氷だろうか、白く細かい粒を吐き出している。正面のやつは、ヤマシロをにらんだまま眼を離さない。


 両者はじりじりと横移動を始めた。

 ケルベロスは常に三方向へ視線を保てるため、横移動をしていてもヤマシロから目線を外すことはない。

 対してヤマシロは相手から目線を外すことはできず、足下を確認することもできない。しかしそれでも、歩みに迷いはなく、危うさも無かった。


「あの足捌あしさばきは並の鍛錬では得られんなあ」

 カモイはすっかり観戦モードに入っている。


 ビョウブは目の前に敵がいるのに、こんな緊張感の無いことでいいのかと思ったが、当のネヒコも同じ心境なのか、自分が召喚したケルベロスをじっと見つめ、時折ニヤついている。

「いいよ、いいよ・・」

 ボソボソ呟いているのが聞こえる。


 と、急にヤマシロらの動きが変わった。

 ケルベロスはスリップするように、足をすべらせながら止まると、右の頭から炎の玉を吐き出した。


 ヤマシロはそれを避けるかと思われたが、中段に構えた太刀を振り下ろし、真っ二つに切り裂いた。

 半分になって霧散する火球。


 そしてヤマシロが、振り下ろした太刀から目線を上げると、ケルベロスが眼前に迫っていた。

 太刀をそのまま切り上げるヤマシロ。しかし、真ん中の頭がそれを歯で受け止めた。鈍い音と共に刀に食らいつくケルベロス。

 ヤマシロが一瞬たじろぐと、左の頭がいくつもの氷の飛礫つぶてを吐き出した。


 ヤマシロは刀をあっさり手放すと、少ししゃがんだかと思うと、ケルベロスの頭を踏み台にして、その後方へと跳躍した。


 左右の頭はすばやく回頭して、ヤマシロの姿を追う。


 ヤマシロは、腰の後ろに手を回すと、ベルトの裏から棒手裏剣二本を抜き取り、手首のスナップだけで素早くはなった。

 棒手裏剣は音もなく、真っ直ぐに飛んでいく。

 そしてそのまま、ケルベロスの左右の頭に突き刺さった。二本とも眼を貫いている。


 ギャインという短い悲鳴とともに左右の頭が暴れる。

 痛みは共有しているのか、真ん中の頭は咥えていた太刀を取り落とした。


 ヤマシロは素早くケルベロスの正面に回りこむと、太刀を拾い上げる動作からそのまま斬り上げて、真ん中の首を落とした。


 それに呼応して、左右の頭がヤマシロに向きを変えたが、その直後には二つとも地面に切り落とされていた。


 三つの頭がぼとりと地面に落ちる。一瞬遅れて胴体も倒れた。


 ヤマシロはふぅと息を吐き出と、太刀の血を拭って、鞘に納めた。


「ブラボーブラボーお強いですねえ」

 ネヒコが手を叩いている。

「でも・・」


 バチンッ

 ネヒコは右手の指を鳴らした。

 目の前に光り輝く魔法陣が現れる。

 パチンっ

 さらにもう一つ。

 パチンっ

 さらにもう一つ。


 ネヒコは計三回、指を鳴らし、自分の周りに三つの魔法陣を描き出した。


 ビョウブは嫌な予感を思い描いたが、すぐに現実になった。


 魔法陣からにじり出てくる三匹のケルベロス。


「さぁ、第2ラウンドですよ。ムヒャヒャヒャヒャ」

 ネヒコは口を大きく開いて、笑っている。

 口の中は血のように赤い。


「・・少し多いな・・」

 ヤマシロはぼやきながら、再度柄つかに手をかけた。


 その時、一番右のケルベロスの頭部に矢が突き刺さった。

 しかも、三つの頭同時にだ。


 突然射抜かれたケルベロスは、酔っぱらいのようにフラつくと、その場にどさりと倒れた。


 そして同時に三つの頭が同時にぜた。


 ける熱風。


 ビョウブは腕で熱から顔をかばった。すると、


「あら、爆発は余計だったかしら」

 ビョウブの後ろ、上の方から声がした。


 また屋根の上に誰か立っている。

 シルエットからして今度は女性か。


 暗くてよく見えなかったが、一瞬月明かりが差した。

 特徴的な赤い髪。年季の入った皮の胸当て。左手には大きな弓を持って、こちらを見下ろしている。


 ビョウブは見覚えのあるその姿の持ち主の名を思い起こそうとしたが、

「コーエンの嬢ちゃんか」

 カモイが先に、その弓使いの名を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る