月光と光線銃

 その日はビョウブも「真白亭」に泊まることにした。

 特に急ぐ理由が無かったということもあるが、カモイがヤマシロと話し込んでいたので、気がつけば昼過ぎだったということが、主な理由だ。


 ビョウブからすれば、あんなに無口なヤマシロとどうしてそんなに会話が弾むのかと頭をかしげるほどだったが、カモイはうまくヤマシロの話を引き出していた。

 前回の仕事を終えて、ヤマシロには特に次の仕事はなかったこと。ビョウブの都行きの料金は格安にしてくれる、ということ。最初に出会ったとき、刀を折ってしまったことは何とも思っておらず、むしろ人生で初めての経験だったので驚きがまさったということ。

 などなど、カモイが話し相手になると、意外なほどヤマシロは饒舌じょうぜつだった。


 夜、ビョウブは部屋で、これからの旅についてカモイと話していた。

 部屋はヤマシロの隣を借りた。

 窓からは、山の中腹にある寺院の石仏がよく見える。

 高さ十メートル以上もある石仏が、岩肌をくり抜いて彫られている。信仰の対象であると同時に、ここの観光名所のひとつだ。

 今晩の石仏は、月明かりに照らされて、一際美しい。見上げると、今日は満月だった。


 ビョウブは視線を石仏から満月にうつし、その情景を楽しんでいたが、急に月の光が陰った。


 黒雲が伸び、丸い月を覆い隠している。

 たちまち暗闇に溶けるコマイの街。オオカミの遠吠えが聞こえる。


 ビョウブが胸のざわめきを感じていると、今度は悲鳴が聞こえた。女性の声だ。

 窓から身を乗り出して、声のした方を見やると、同じように隣室からもヤマシロが身を乗り出していた。


「・・ただならぬ陰りと悲鳴」

 ヤマシロはそれだけ言うと、窓の内に引っ込んでいった。どうやら外へ出るつもりのようだ。

「わしらも、行くぞい」

 部屋の中からカモイが声をかけてきた。


 召喚書から窓の外は見えないはずなのに、どうやってこの状況を把握しているのかは謎だったが、いつものことなので、ビョウブは追及しないでおいた。


 代わりに、ワードローブにかけていた外套をさっと羽織ると、召喚書を左手に持って、急いで部屋を出た。

 一階にいた宿屋の主人は、立て続けに人が出ていったので、何事かと目を白黒させている。

 宿を出ると、ヤマシロが西へ向けて走っていくのが見えたので、ビョウブも西へと駆け出した。


 そしてレンガ造りの街並みを二ブロックほど走ったところで、に出会った。


 身長はビョウブと同じくらい。短髪だがボサボサ、上半身は裸で、所々穴のあいたズボンを履いている。靴はなく裸足だ。

 そして、顔はというと、左の目が飛び出て頬のあたりまで垂れ下がっている。口は半開きで何事かうめいていた。


 そして、なにより、くさいい。


 死臭がする。それも強烈に、だ。


「グールじゃ」

 表紙からカモイが喋った。

「なぜ街中にグールなぞ・・」


 食人鬼グールは魂の抜け殻となった人間の死体に別のモノが入り込んで、鬼となった化け物だ。

 通常は、墓場などの人がたくさん死んだ場所に現れて、人を襲う。

 街中など、清浄な空間では死体になにかが憑くことはないし、そもそもそれに適した死体がほとんど生じない。だから、街中にこいつらがいること自体が異常だった。

 ビョウブは大学で得た知識を頭で反芻していたが、気がつくと、目の前のグールは三体に増えていた。いや、四体に。


 見る間にグールが増えていく。

 二人はもう囲まれていた。


 グールが、その鈍い足を一歩ずつこちらへ進めてくる。中には、足の腐食が相当に進んだ者もおり、今にも千切れそうだ。

 しかし、それでも歩みを止める気配はない。


「・・やるぞ」

 ヤマシロは抜刀すると下段に構えた。

 ビョウブは黙ってうなづくと、光線銃を召喚した。

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