#05 旅の光線銃

旅の疲れと光線銃

 その晩、ビョウブは山猫亭に宿泊した。


 騎士団長との決闘後に、そのまま街に留まるのもどうかと思ったが、ビョウブの体力は限界を迎えており、これから街を出ることなど不可能なことのように思えた。


 それに、山猫亭の主人は暖かく迎えてくれた。

 街で起きた戦いのことをすべて理解したうえで、特に何も聞かず、ビョウブをそっとしておいてくれた。

 ただ、夕食に出てきた肉料理は、前回食べた時よりもボリュームが多くなっていた気がした。


 翌朝、山猫亭のやわらかいベッドで目を覚ましたビョウブは、体のあちこちに痛みを感じた。

 筋肉痛かしらと思って、ベッドから降りると、脚に力が入らず、思わず膝をついてしまった。


「かなり足腰にきとるようじゃのう。いや腕もか」

 ベッドに手をつこうとしたが、力が入らず、片手では体を支えることができなかった。


「一日で筋肉痛が来るなんぞ、若い証拠じゃ。わしなんか一週間後じゃぞ。しかも、単に痛めるだけじゃからの」

 カモイはなんだか楽しそうだ。

 これまでも戦いの翌日は筋肉痛になっていたが、ここまでひどいのは初めてだった。


 それほどまでに、昨日の戦いは緊張を強いられていたということだろうか。

 筋肉痛が収まるまで、もう一日くらいは山猫亭でゆっくしりたいところだが、どうしたものだろうか。


 ビョウブがベッドでぼーっと考えていると、部屋の扉がノックされた。


 ビョウブは瞬時に召喚書を掴むと声をかけた。

「・・どなたですか」


「そんな怖い声出さないとくれよ」

 山猫亭の女主人だった。


「あんたにお客さんだよ。頼みたいことがあるんだってさ。下に待たせてあるからね」

 女主人はドア越しにそれだけ伝えると、その場から離れていった。


「はて、誰かのう」

 ビョウブは急いで着替えると召喚書片手に、宿の一階へと降りていった。


 宿のカウンターには、茶色い巻髪をした女性が立っており、女主人と何事か話している。

 半袖のリネンシャツに黒い綿の短パン。肌は健康的に焼けており、革のブーツの土汚れは、それなりの旅を経験してきたことを示していた。


 ビョウブが女性をじっと観察していると、それに気付いた様子で

「あ、ヒーローさん、おはよう」と言った。


(ヒーロー?)

 ビョウブはきょとんとした顔をしていたのだろう。女性は

「あはは。初対面でからかっちゃだめか。ちょっとこっちで話しましょ」

 女性はカウンターの前に並んでいた丸テーブルの一つを指さした。


 ビョウブがテーブルにつくと、

「私はタマテ。あなたに護衛をお願いしたくって、女将に頼んでもらってたの」

「護衛?」


 ビョウブがオウム返しに尋ねると

「私はちゃんと自己紹介をしたつもりよ?」

と言われてしまった。


 ビョウブは自分が名乗っていなかったことに気づき

「ビョウブです。ええと、魔道大学の学生、ですが、今は行ってなくてその・・」


 そういえば、今の自分は何者なんだろうと、ビョウブは自問した。

 つい数ヶ月前までは魔道大学の学生というのが自分の立ち位置だったはずだが、召喚書と光線銃を手に入れてからの自分は以前の自分とは大きく違っている。


 はじめは祖父の仇を取るのが目的だったはず。でも、相手が王国兵士だったから状況がややこしくなって・・今や王国の敵?犯罪者?


 そして今から護衛の話を聞こうとしている。傭兵、という身分になるのだろうか。


 ビョウブが黙っているのを見かねてタマテは話を続けた。

「私たち、旅の音楽一座なの。街から街へ興行をしてまわっていて、今日この街を発つんだけど、道中の用心棒が欲しくって。ほら、このあたりって、兵士崩れの野盗やら、魔獣やらがまだまだ多いじゃない?」


 たしかに街道沿いでの被害がたまに起きていると聞いていた。これまではいかにも金をもっていなさそうな貧乏学生だったため、危ない目にも遭わなかったのかもしれないが、旅の興行一座となれば、状況も違うのかもしれない。


「昨日の戦い、見ててすーっとしたわ」

 タマテが話を続けている。

「ほら、先代の領主様が亡くなられてから、王国兵が増長してきてるじゃない?税以外にも余計な賦役や徴収をしていくのもいるって言うし。正直腹が立ってたのよ。そこで昨日のアレ。最高に格好よかったよ」


 ビョウブは身を守るために必死に戦っただけだったが、そのように考えた人もいたのかと思うと、新鮮だった。

 思ったよりもずっと、自分の行動は他者に影響を与えているらしい。


「だから、あなたなら安心じゃないかって。みんなと話してたのよ。どう来てくれない?北のコマイの街まででいいから。お礼はちゃんとするわ!」

 一気にまくし立てられた。北へ進むというなら、ビョウブと方向は同じだ。


「お礼までくれるというんじゃ。一緒に行ったらどうじゃ。ビョウブ」

 膝の上に置いていた召喚書から、カモイが急にしゃべり出した。


「え?なになに?誰の声?」

 ビョウブは説明をするかしまいか一瞬悩んだが、どうせわかることだと思い、テーブルの上に召喚書を置いた。


 召喚書の表紙には、モーニング姿のカモイがうやうやしくお辞儀をしていた。


「うっそー、動いてる!?なにこれ魔法?」

「そうです。話すと長くなりますが、一応、私の祖父がこの書物に入ってます」

「すっごーい。見せて見せて」


 ビョウブが止める前に、タマテは召喚書を自分の方に引き寄せると、表紙をまじまじと観察した。


「どうもお嬢さん、カモイと申しますじゃ。わしらでよければ、ご一緒致しますぞ」

 カモイが決めてしまった。

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